35 / 158
日々の積み重ねは誰のためか
しおりを挟む
昨日はしっかり投げ込む間もなく丸山と勝負させられてしまった。その分を取り返す必要はないが、調子が良ければその感触を忘れないようそれなりの球数を投げておきたい。
そんな僕の気持ちを無視するかのように、投げ込みは二十球くらいで中断することになった。昨日の勝負を見ていた部員たちが同じように勝負させろと木戸へ詰め寄ってきたのだ。
やれやれ、明日以降はグラウンド全部が使えるんだからシートバッティングでもやればいいのに、それを待てないほど子供でもなかろう。
木戸も同じような意見で部員たちを説得する。珍しく最後まで食い下がっている池田先輩を何とか説得しピッチングを再開した。
ようは今日も調子は抜群で、遠目から見てもボールがキレているのだろう。
「ホントどうしちゃったのかねえ、調子が良すぎて恐いくらいだな」
「チビベンも受けて見ろよ」
「いいのか? 興味はあるんだよな、横で聞いていてもボールの回転音がすごいんだ」
「捕ってみたらよくわかるよ、そろそろ変化球も混ぜていくか」
「カズ! キャッチャー交代だ、カーブもいけるかー?」
「オッケー、肩は温まってるから大丈夫だー」
隣で投げている木尾とプレート位置を交代し、僕はゆっくりと振りかぶってからチビベンへ向かってストレートを投げこんだ。
スパーンといい音を立ててボールがミットへ吸い込まれる。木戸には敵わないがチビベンの捕球も悪いものではない。
「ヒョー、こいつはすごいな、一球で手が痛いわ」
「よーし、次はカーブを投げてくれー、サインでいくかー」
チビベンがミットの下からサインを出し、僕はそれを見てカーブを投げた。一瞬上ずって見えたボールが、大きな弧を描いて低めに構えられたミットのさらにその下へ落ちていき、ショートバウンドになったボールをチビベンが慌てて抑えた。
「あれ? 悪い悪い! 思ったよりも低かったなー」
「いつもと同じに投げたつもりなんだけど、おっかしいなあ」
「いや、ストライクゾーンには入ってるから問題ないぞー、すげえキレてるよ」
「木戸よお、こいつはやばいな、キャッチング磨かないと捕り損ねるかもしれんぜ」
「そんなかよ、マジで今年はいいとこまで行けるかもな」
続いてもう一度同じボールのサイン、今度はインコースの要求だった。
さっきの感じからすつともう少し高めに投げないといけないかもと意識して投げ込んだカーブは、右バッターの頭のあたりへ進んでいく。もし曲がらなかったら危険投球になりかねないほどだ。
しかし途中で急に曲がり始めたボールは、先ほどと同じように大きな弧を描いてインコース低目のミットへ収まった。今度はバウンドしなかったがチビベンは一瞬立ち上がりかけていた。
「うほっ、すげえなこのカーブ、すっぽ抜けかと思って思わず一瞬立っちまったよ」
「こりゃ今度の練習試合が楽しみだな」
そこからさらに十五球程度、真っ直ぐとカーブ、スライダーを、チビベンのサインで投げ分けた僕はかなりの好感触を得て練習を終えることにした。
真っ直ぐだけじゃなく変化球のキレも明らかに増している。これもすべて咲のおかげなのだろう。どういう仕組なのかわからないが、咲とあんなことになる前と違うことは間違いない。
しかし、咲の言い方だとあくまで潜在的な力を引き出すことができるだけとのことだから、調子に乗って練習の手を緩めてはならないのだ。それだけは肝に銘じておかないといけないだろう。
今後どれくらいの力が発揮できるのかわからないが、全ては日々の積み重ねの結果なはずだ。その修練こそが僕のためであり咲のためにもなるのが本当ならなおさら手は抜けない。
自分のためにしていることが誰かのためにもなる。それはまるで夫婦二人三脚で歩んできた両親を思い出させ、それを自分と咲に当てはめるとなんだか照れくさくなってくる。
いつの間にか、野球のことよりも咲のことを考える時間が増えてきているように感じるが、今日はまだやることがある。きっちり頭を切り替えないといけない。グラウンドにトンボをかけながら僕はそんなことを考えていた。
グラウンド整備と用具の片付けを終えた後、一年生と三年生が先にシャワーを浴び着替えて引き揚げていった。昨日言っておいたため今日は一年生たちが僕らを待っていることもなかった。
練習中に木戸が言っていたように二年生は居残りだ。そのため一番最後に全員でシャワーを浴びていた。
シャワーの前に、水道で手を冷やしているチビベンに向かって木戸が話しかけた。
「今日もカズのは調子よかったな、うちのチームであれ打てるやついないかもしれん」
「そういやチビベン、手は大丈夫だったか? 手袋してなかったろ」
「大丈夫だ、全部真っ直ぐだったらやばかったかもな」
「次からカズの球受けるときは試合用のミット使わないとダメだわ」
「そうか、チビベンの練習用ミットは中抜きでペラペラだったっけな」
「あれだといい音がしてピッチャーは気分いいんだよ」
それを聞いた僕は思わず口を挟んだ。
「それマジか? そんなことして怪我でもしたら大変じゃないか」
「いやあ木尾みたいに自信持てないやつには効果あるんだよ」
「今日もカズの投球見て落ち込んでたみたいだから少し心配だな」
「そっか、意外に頭つかってるんだな、見直したよ」
思わず本音が出た僕に木戸が横から突っ込んできた。
「なあに言ってんだ、キャッチャーはチームの頭脳だぜ? 一番頭いいやつがやってんだよ、なあチビベン」
「え? 木戸は頭つかってないだろ、どう見ても野生の勘だけでキャッチャーやってるようにしか思えん」
「んなことねえよ! 俺の頭の中は八割がた野球のことを考えるようにできてんだからよ」
「まったく失礼しちゃうぜ」
木戸が笑いながらチビベンの突っ込みをいなした。木戸の頭の中が八割がた野球だとしたら僕はどれくらいだろう。以前は九割以上が野球のことだったが、今は七割、いや六割くらいに減っているかもしれない。
しかしこんなバカ話をしていてはきりがない。僕は頭の中の三割か四割、もしかしたらそれ以上に考えている人のためにも時間が遅くなるのは避けたいのだ。
「おいおい、ミーティングやるんだろ? さっさと着替えようぜ」
「マネージャーも残したってことはスタメン考えるんだろ?」
「おう、そうだな、詳しくは後で話そう」
僕達はシャワーを手早く切り上げ制服に着替えた。僕は今日も汗のにおいが残らないように石鹸で丁寧に体を洗っていた。
練習も大事だけど、僕にはこの後大切な予定がある。それは誰にも言えないことだが、何よりも大切で楽しみな時間なのだ。
全員を先にシャワー室から追い出した僕は、一人にやけながらシャワー室の掃除をするのだった。
そんな僕の気持ちを無視するかのように、投げ込みは二十球くらいで中断することになった。昨日の勝負を見ていた部員たちが同じように勝負させろと木戸へ詰め寄ってきたのだ。
やれやれ、明日以降はグラウンド全部が使えるんだからシートバッティングでもやればいいのに、それを待てないほど子供でもなかろう。
木戸も同じような意見で部員たちを説得する。珍しく最後まで食い下がっている池田先輩を何とか説得しピッチングを再開した。
ようは今日も調子は抜群で、遠目から見てもボールがキレているのだろう。
「ホントどうしちゃったのかねえ、調子が良すぎて恐いくらいだな」
「チビベンも受けて見ろよ」
「いいのか? 興味はあるんだよな、横で聞いていてもボールの回転音がすごいんだ」
「捕ってみたらよくわかるよ、そろそろ変化球も混ぜていくか」
「カズ! キャッチャー交代だ、カーブもいけるかー?」
「オッケー、肩は温まってるから大丈夫だー」
隣で投げている木尾とプレート位置を交代し、僕はゆっくりと振りかぶってからチビベンへ向かってストレートを投げこんだ。
スパーンといい音を立ててボールがミットへ吸い込まれる。木戸には敵わないがチビベンの捕球も悪いものではない。
「ヒョー、こいつはすごいな、一球で手が痛いわ」
「よーし、次はカーブを投げてくれー、サインでいくかー」
チビベンがミットの下からサインを出し、僕はそれを見てカーブを投げた。一瞬上ずって見えたボールが、大きな弧を描いて低めに構えられたミットのさらにその下へ落ちていき、ショートバウンドになったボールをチビベンが慌てて抑えた。
「あれ? 悪い悪い! 思ったよりも低かったなー」
「いつもと同じに投げたつもりなんだけど、おっかしいなあ」
「いや、ストライクゾーンには入ってるから問題ないぞー、すげえキレてるよ」
「木戸よお、こいつはやばいな、キャッチング磨かないと捕り損ねるかもしれんぜ」
「そんなかよ、マジで今年はいいとこまで行けるかもな」
続いてもう一度同じボールのサイン、今度はインコースの要求だった。
さっきの感じからすつともう少し高めに投げないといけないかもと意識して投げ込んだカーブは、右バッターの頭のあたりへ進んでいく。もし曲がらなかったら危険投球になりかねないほどだ。
しかし途中で急に曲がり始めたボールは、先ほどと同じように大きな弧を描いてインコース低目のミットへ収まった。今度はバウンドしなかったがチビベンは一瞬立ち上がりかけていた。
「うほっ、すげえなこのカーブ、すっぽ抜けかと思って思わず一瞬立っちまったよ」
「こりゃ今度の練習試合が楽しみだな」
そこからさらに十五球程度、真っ直ぐとカーブ、スライダーを、チビベンのサインで投げ分けた僕はかなりの好感触を得て練習を終えることにした。
真っ直ぐだけじゃなく変化球のキレも明らかに増している。これもすべて咲のおかげなのだろう。どういう仕組なのかわからないが、咲とあんなことになる前と違うことは間違いない。
しかし、咲の言い方だとあくまで潜在的な力を引き出すことができるだけとのことだから、調子に乗って練習の手を緩めてはならないのだ。それだけは肝に銘じておかないといけないだろう。
今後どれくらいの力が発揮できるのかわからないが、全ては日々の積み重ねの結果なはずだ。その修練こそが僕のためであり咲のためにもなるのが本当ならなおさら手は抜けない。
自分のためにしていることが誰かのためにもなる。それはまるで夫婦二人三脚で歩んできた両親を思い出させ、それを自分と咲に当てはめるとなんだか照れくさくなってくる。
いつの間にか、野球のことよりも咲のことを考える時間が増えてきているように感じるが、今日はまだやることがある。きっちり頭を切り替えないといけない。グラウンドにトンボをかけながら僕はそんなことを考えていた。
グラウンド整備と用具の片付けを終えた後、一年生と三年生が先にシャワーを浴び着替えて引き揚げていった。昨日言っておいたため今日は一年生たちが僕らを待っていることもなかった。
練習中に木戸が言っていたように二年生は居残りだ。そのため一番最後に全員でシャワーを浴びていた。
シャワーの前に、水道で手を冷やしているチビベンに向かって木戸が話しかけた。
「今日もカズのは調子よかったな、うちのチームであれ打てるやついないかもしれん」
「そういやチビベン、手は大丈夫だったか? 手袋してなかったろ」
「大丈夫だ、全部真っ直ぐだったらやばかったかもな」
「次からカズの球受けるときは試合用のミット使わないとダメだわ」
「そうか、チビベンの練習用ミットは中抜きでペラペラだったっけな」
「あれだといい音がしてピッチャーは気分いいんだよ」
それを聞いた僕は思わず口を挟んだ。
「それマジか? そんなことして怪我でもしたら大変じゃないか」
「いやあ木尾みたいに自信持てないやつには効果あるんだよ」
「今日もカズの投球見て落ち込んでたみたいだから少し心配だな」
「そっか、意外に頭つかってるんだな、見直したよ」
思わず本音が出た僕に木戸が横から突っ込んできた。
「なあに言ってんだ、キャッチャーはチームの頭脳だぜ? 一番頭いいやつがやってんだよ、なあチビベン」
「え? 木戸は頭つかってないだろ、どう見ても野生の勘だけでキャッチャーやってるようにしか思えん」
「んなことねえよ! 俺の頭の中は八割がた野球のことを考えるようにできてんだからよ」
「まったく失礼しちゃうぜ」
木戸が笑いながらチビベンの突っ込みをいなした。木戸の頭の中が八割がた野球だとしたら僕はどれくらいだろう。以前は九割以上が野球のことだったが、今は七割、いや六割くらいに減っているかもしれない。
しかしこんなバカ話をしていてはきりがない。僕は頭の中の三割か四割、もしかしたらそれ以上に考えている人のためにも時間が遅くなるのは避けたいのだ。
「おいおい、ミーティングやるんだろ? さっさと着替えようぜ」
「マネージャーも残したってことはスタメン考えるんだろ?」
「おう、そうだな、詳しくは後で話そう」
僕達はシャワーを手早く切り上げ制服に着替えた。僕は今日も汗のにおいが残らないように石鹸で丁寧に体を洗っていた。
練習も大事だけど、僕にはこの後大切な予定がある。それは誰にも言えないことだが、何よりも大切で楽しみな時間なのだ。
全員を先にシャワー室から追い出した僕は、一人にやけながらシャワー室の掃除をするのだった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
青春
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
漫才部っ!!
育九
青春
漫才部、それは私立木芽高校に存在しない部活である。
正しく言えば、存在はしているけど学校側から認められていない部活だ。
部員数は二名。
部長
超絶美少女系ぼっち、南郷楓
副部長
超絶美少年系ぼっち、北城多々良
これは、ちょっと元ヤンの入っている漫才部メンバーとその回りが織り成す日常を描いただけの物語。
俺に婚約者?!
ながしょー
青春
今年の春、高校生になった優希はある一人の美少女に出会う。その娘はなんと自分の婚約者といった。だが、優希には今好きな子がいるため、婚約は無効だ!そんなの子どものころの口約束だろ!というが彼女が差し出してきたのは自分の名前が書かれた婚姻届。よくよく見ると、筆跡が自分のとそっくり!このことがきっかけに、次々と自分の婚約者という女の子が出てくるハーレム系ラブコメ!…になるかも?
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない
七星点灯
青春
雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。
彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。
しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。
彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる