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夢見の悪い午後

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 午後の授業が始まってから教室へようやく戻ることができた僕は、ぐったりしながら自席へつき机に突っ伏した。まったくあの一年生と関わるとろくなことにならない。

 それなのにこれからは毎日部活へ出てくるというんだから堪らない。これが咲の言っている試練なのかもしれないが、そうだとしたらとんでもない試練ということになる。

 女子に迫られるだけでも困ってしまうのに、それがさらに感情の起伏が激しい泣き虫と来てる。しかも声がめちゃくちゃデカい。

 大体こういうことを考えているときには背後から咲の声が聞こえてくるのだが、今のところその気配はなく、カリカリとノートをとっている音が聞こえるのみだ。

 あまり考え込んでも仕方ないし、そろそろ板書くらいはしないといけない。僕はそう思い立ってノートを広げ、意味も分からないままに黒板に書いてあることをそのまま書き写していく。

 勉強が無駄なことだとは思わないが、どうあがいてもつまらないことは事実なわけで、つまらないということはまた眠気が襲ってくるということになる。

 ノートに書いている文字がだんだんと怪しい象形文字のようになり、最後は園児の落書きのようなぐにゃぐにゃの線を引いてノートからはみ出ていった。

 満腹で迎えた昼下がりは睡眠に最適な時間であり、僕は図々しくも夢の中への旅立っていったのだった。

 夢の中で僕は咲に会った。少し離れたところで両手を広げ僕を迎え入れようと待っていてくれる。しかしそこへ向かおうとしてもちっとも近づいていかずむしろ離れていく。

 足を速めて追いかける僕の前に誰かが立ちふさがる。それはあの一年生女子、掛川由布だった。

 何とかよけて前へ進もうとするが、掛川由布は僕の足に絡みついて邪魔をしてくる。蹴飛ばすわけにもいかないのでそのまま引きずる僕の前にまた人影が現れる。

 次に立ちふさがったのは神戸園子だった。両手に抱えたパンを僕の口へ押し込もうと追いかけてくる。

 僕は神戸園子をも振り切って咲を追いかけようとするが、やはり僕の足にまとわりついてきて歩みの邪魔をしてくる。

 それをものともせずに進む僕の前にはまた誰かが現れたが、今度は真っ黒でどこの誰なのかわからないただの影のような姿だった。しかも一人ではなく次々に現れる黒い影が次々に僕の足へしがみついてきて僕の歩みは亀よりも遅くなってしまった。

「咲…… 今行くよ……」

 心の中の叫びは誰にも届くことなく、僕はさらに大量に表れた黒い影たちに圧し掛かられてその場に足止めされてしまった。

「うう…… 動けない…… 足が重い……」

「だく、しだくん、吉田君、吉田君?」

「うう…… 助けて……」

「こら! 吉田カズ! 寝ぼけてんじゃないの!」

 突然大声をかけられた僕は慌てて飛び起きた。ふと周りを見るとこっちを見て笑っているクラスメートの間に堂々と仁王立ちしている真弓先生の姿が見えた。

「あ、真弓先生…… どうも……」

「どうもじゃないわよ、授業始まったわよ」
「まさか前の授業からずっと寝てたんじゃないでしょうね?」

「ち、違います! 休み時間にちょっとだけと思っただけなんですけど……」

 その時誰かがヤジを飛ばした。

「せんせー、前の授業からじゃなくて午前中からですよー」

 それを聞いた真弓先生の顔は怒りを通り越してあきれた様な表情になっていく。

「あなたね、野球熱心なのはいいけれど、留年でもしようもんなら大会に出られなくなるわよ。
 それでもいいなら寝かせておいてあげるけどどうする?」

 野球ができなくなる、これは脅し文句としては最高に効く言葉だ。僕は何度も首を横に振って教科書とノートを目の前に掲げた。

 それを見た真弓先生が静かに話しかける。

「吉田君、それは現国の教科書よ?
 嫌いかもしれないけど今は英語やろっか?」

 それを聞いたクラスのみんなは一斉に笑い出し、僕はまたもや恥をさらすことになってしまった。まったくなんでこんなに眠くなってしまうんだろうか。

 慌てて英語の教科書を机の中から引っ張り出して、教壇へ戻っていった真弓先生の方を真剣な眼差しで見つめた。

「じゃ、教科書の四十四ページ、日本語の下に書いてある英文を読んでもらうわよ、はい、吉田君」

 ちくしょう、やっぱり僕が当てられるのか。しぶしぶと教科書片手に立ち上がった僕は、何が書いてあるのかわからないまま勘を頼りに読み上げる。

 僕が読んでいる英文は三行くらいの簡単なものだったが、カタコトどころじゃなくほぼローマ字読みなので、読み方があっているところを探す方が早いだろう。

「吉田君はもうちょっと真面目に勉強しないといけないわね。
 変化球の名前が言えるだけじゃアメリカで生活できないわよ」

 くっ、またもや大恥だ。しかし確かに英語はきちんとやっておく必要があるかもしれない。目指すところが遠くともそれに対して真剣に取り組むのがスポーツマンと言うものなのだ、多分。

「じゃあその次の箇所、今度は蓮根さんにお願いしようかな、いいかしら?」

「はい、わかりました」

 感情が込められているように感じないその返事、咲が教室で喋ることはめったにないだけに何となく空気がヒリついた雰囲気になる。

 そういえば真弓先生以外の教師が咲を指すことはない。きっとなにか異質と言うのか、指示してはいけない雰囲気があるのかもしれない。

 咲が立ち上がりながら小さな声で呟いた。

「英語はあまり得意じゃないんだけど」

 しかしその言葉は僕以外の誰にも聞こえていないだろう。なんとなくだが、僕は咲が口を開いた時に僕にしか聞こえない話し方があるような気がしている。

 立ち上がった咲は流暢な英語で、何を言っているのか僕にはわからないのでおそらくだが、一か所もつかえることなく読み上げた。

 真弓先生が大満足で咲に礼を言い咲はそれを受けて席へ座る。あまりに流暢な英文朗読にクラスの皆がざわついている。真弓先生は咲が座るのを確認しながら文法の解説をはじめていた。

 僕はわからないながらも黒板に書かれたすべてを書き写しているが、先ほどと異なり後ろからノートをとっている音は聞こえない。

 あの話し方からすると、英語はノートを取る必要がないくらい簡単なことなのかもしれない。さっきは現国だったので苦手なのだろう。

 咲にも苦手なものがあると考えるとなんだか意外な気もするし、やはり普通の高校生なのかなと安心もする。他に何か苦手なものとか嫌いなものがあったりするのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にかチャイムが鳴り授業の終わりを告げていた。

 僕はさっき見た夢が何かの暗示や予知なのか、それとも考えすぎなのかが気になりながらも、部活へ向かうため勉強道具の後片付けをしていた。
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