上 下
30 / 158

慌ただしい昼休み

しおりを挟む
「おい! カズ! いつまで寝てんだ、急げよ!」

 突然教室の扉が開いてうるさい声が聞こえてきた。木戸と丸山が二人そろって迎えに来たのだ。

「あれ? 僕寝てたのか? 確か一限の初めにプリント配られたとこまでは覚えてるんだけど……」

「おいおい、そりゃ寝すぎだろ。
 俺なんて三限からずっと起きてるんだぜ」

 木戸はきっと腹が減って起きたに違いない。丸山は意外にも寝たりしないようで成績も木戸や僕に比べれば悪くはない。

「お前たち学校へ何しに来てんだよ、まったくしょうがねえな。
 とにかく早く行こうぜ、まともな弁当が売り切れちまうぜ」

 丸山の言う通り、早く購買へ行かないと人気のあるものはすぐに売り切れてしまう。僕はその言葉に頷いてから席を立った。

 僕の後ろの席にはすでに咲の姿はなかった。咲だけではなく教室内には数名が弁当を広げているくらいで、ほとんどの生徒はフリースペースや中庭へ行っているのがいつもの光景である。

 咲がどこで誰と食べているのか気にはなるが、それよりも自分の弁当を確保しに行くのが先決だ。僕達三人は急いで購買へ向かう。

 すでに購買にはたくさんの生徒が群がっており、それはまるでバーゲンセールに群がるおばちゃん軍団のようだ。

 次から次へと注文が飛び交い、購買のおばちゃんは大忙しで弁当を差し出している。山と積まれた弁当がどんどん減っていき、このままのんびり待っていたら不人気メニューだけが残されてしまうだろう。

 こういう時は早い者勝ちだ。ゆっくりと考えているとどんどん後回しになるだけなので、多少強引にでも注文してしまった方がいい。

 この時ばかりは先輩後輩も関係ないのだが、まだ入学したての一年生は尻込みしてしまうかもしれないだろう。現に僕も、去年の一学期くらいには思うような弁当を手に入れることができなかったものだ。

 しかし今は違う。前が少しあいた隙を逃さず、どれにしようか考えている生徒の頭上から丸山が大きな声を出した。この時ばかりは木戸と丸山の図々しさが有難い。

「おばちゃん! ハンからにライスもう一個ね!」

 丸山はハンバーグから揚げ弁当に追加ライスか。相変わらずよく食べる。周囲の生徒がびっくりして振り返るのも無理はない。

 続いて木戸が大きな声で注文する。

「俺はカツカレー大盛りちょーだい!」

 はいよっと笑顔で返事をした購買のおばちゃんは、二人にそれぞれ注文の品を渡して代金を受け取った。

 僕は昨日と同じダブルシャケにしようかと思ったが、なんとなく今日の昼はシャケにしない方がいいような気がしてマーボ豆腐とから揚げの入った中華弁当に決めた。

 無事に弁当を受け取った僕達は、自動販売機で飲み物を買ってからフリースペースへ向かう。

「早弁しておいて昼に大盛り頼むなんて珍しいな。
 ちょっと食いすぎじゃないのか?」

 僕が木戸へそう言うと意外な答えが返ってきた。

「今日は家に弁当忘れてきちまったんだよ。
 おかげで腹ペコさ」

「そうか、珍しいこともあるもんだ、宿題を忘れたならよくあるけどな」

 丸山がそう言って茶化している。確かに木戸が弁当を忘れたなんて聞いたことがなかった。三度の飯より飯が好きなんて言うくらい食べることが好きなはずなのに。

 僕はなんだか心配になって木戸の顔を見た。すると木戸は僕が口を開くのを先回りするように話しかけてきた。

「そういやカズ、マネージャーのこと知ってるんだろ?
 真弓ちゃんが言ってたんだよ」

 やっぱりそうか、嫌な予感は的中した、というかほかに思い当たる人物はいなかったというのが正解か。

「ああ、昨日の今日で決まったって言ってたからそうじゃないかとは思ってたんだ。
 僕は嫌なんだけど…… 結局あの一年生に決まったのか。
 あの子のせいで昨日はひどい目にあったんだよ」

「らしいな、でも野球やってたんだしマネとしては期待できるんじゃないか?」

「そうならいいけどな、僕は気が重いよ」

「その辺は真弓ちゃんがしっかり指導してくれるだろ。
 俺はおもしれえから好きにしてくれていいけどよ」

「いやいや勘弁してくれよ、野球に集中できなくなったら全員が困るだろ。
 なんで真弓先生は許可しちゃったんだろうなあ」

「おい、女子マネ入るのか? カズの知り合いなのか? かわいいのか?」

 一人蚊帳の外で不満だったのか、突然丸山が口を挟んできた。

「知り合いってわけじゃないんだけどさあ、昨日部活の後に押しかけてきたんだよ」

「俺もまだ見てないからどんな子なのか知らないけど、中学までは野球やってたらしいぜ。
 真弓ちゃんの話によると、うちの部員の事をかなり細かくチェックしてあるらしいんだ」

「へえ、入る前から研究してるなんて熱心だな。
 相変わらずカズは女子が入るの嫌そうだけどよ」

 まったく二人とも気楽に言ってくれる。昨日僕がどれだけ迷惑したか知らないからそんなことが言えるんだ。

 三人がフリースペースへつくとすでにチビベンは弁当を食べ終えていた。手元には女子と同じようなこじんまりした弁当箱が置いてある。何やら雑誌を見ながら弁当を食べているハカセはまだ食べ終わっていなかった。

「ハカセ、マネ募集を追記したチラシ今日中にできそうか?」

「無茶言うなよ木戸、さっき聞いたのに今日できるわけなかろう?
 夜作って明日持ってくるのが最短だろうに」

 そういって何もない目元をクイッと指で押し上げる。今はコンタクトにして眼鏡をかけていないのだが、去年までは眼鏡だったため癖が抜けないらしい。

「そうか、そりゃそうだよな」

 木戸が笑いながら弁当を広げた。周囲にカレーのスパイシーな香りが漂う。丸山と僕も座って買ってきた弁当を広げる。

 そこへ同級生の女子が近寄ってきて木戸へ話しかけた。

「木戸君、持っていたお弁当だけで足りないなら私がおすそ分けするっていつも言ってるのに。
 それとももう飽きちゃった?」

「おう、パン子か、飽きたってわけじゃないさ、あんまり人聞き悪いこと言うなよ。
 中学の時はほぼ毎日だったしさすがに悪いだろ。
 それに周りから勘違いされても良くないじゃん?」

「あら? 木戸君にしては珍しいこと言うのね。
 私はどちらかと言うと吉田君みたいな純朴な人がタイプなのに」

 おっと、思わぬところから飛び火してきそうな展開だ。

 木戸へ話しかけてきたのは木戸の小中学校からの同級生、神戸園子だった。確か家がパン屋をやっていると聞いたことがある。

「ところで今聞こえたんだけど、野球部にマネージャー入るの?
 去年のアノあと私がやってあげるって言ったら断ったくせに?」

「あ、ああ、色々と事情が変わってさ、やっぱり入れることにしたんだよ。
 パン子もまだマネージャーやりたいのか?」

「私は困ってるなら手伝おうかなってくらいだから別にいいけどね。
 他にも何人か断ってたじゃない? きっと怒って押しかけてくるわよ」

「そうか、そいつは困るな、でも野球に詳しくないやつを入れる気はないんだ。
 今日から来るマネージャーは中学まで野球部だから、その辺の普通の女子とは違うよ」

「それで納得するといいけどね。
 そうそう、今度帰りにでも店によってよ、お父さんも会いたがってるわ」

「親父さん元気にしてるか?
 あんなに世話になったのにすっかりご無沙汰で申し訳ない、近いうちに顔出すよ」

「ええ、約束よ、じゃあまたね、吉田君達も練習頑張って」

 そう言って神戸園子はもといた席へ戻っていった。戻った先では女子数人で何やらキャーキャー言っているが、どうせあまりいい話ではないんだろう。

「あいつんちパン屋なんだけどさ、小学校の頃小麦粉臭いっていじめられててさ。
 俺がいつも助けてやってたんだよ。
 帰り道が一緒だったから、中学の頃は良く帰りにパンをもらっててさ」

「二人は付き合ってたのか?」

「そういうわけじゃないんだけど、他のやつはそういう風にみることもあるじゃん?
 それが原因で中学でも嫌がらせされたりさ、いろいろあったわけよ」

「ほんと女子ってめんどくさいな、僕はそういうの勘弁だよ。
 女子マネージャーが入るの考えると気が重いね」

「カズも特定の彼女作っちゃえば余計なのは寄ってこなくなるぞ」

 そう言いながらケタケタと笑っている木戸の方こそどうなんだよと言いたいところだったが、周りも一緒になって笑っているのを見ると突っ込む気がなくなってくる。

 そんなのんびりした昼休み、僕達が弁当を食べ終わって一息ついていると廊下の端から誰かが走ってきた。

 どうやら倉片のようだが、なにか焦っているのか泣きそうな顔をしている。

「せんぱーい! カズせんぱあああい!!
 助けてー! 助けてくださああああい!!」

 そう叫びながら近づいてくる倉片の後ろから、日焼けした小さな女子が追いかけてきているのが見えて、僕はまたもや頭を抱えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!

みずがめ
青春
 杉藤千夏はツンデレ少女である。  そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。  千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。  徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い! ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

漫才部っ!!

育九
青春
漫才部、それは私立木芽高校に存在しない部活である。 正しく言えば、存在はしているけど学校側から認められていない部活だ。 部員数は二名。 部長 超絶美少女系ぼっち、南郷楓 副部長 超絶美少年系ぼっち、北城多々良 これは、ちょっと元ヤンの入っている漫才部メンバーとその回りが織り成す日常を描いただけの物語。

俺に婚約者?!

ながしょー
青春
今年の春、高校生になった優希はある一人の美少女に出会う。その娘はなんと自分の婚約者といった。だが、優希には今好きな子がいるため、婚約は無効だ!そんなの子どものころの口約束だろ!というが彼女が差し出してきたのは自分の名前が書かれた婚姻届。よくよく見ると、筆跡が自分のとそっくり!このことがきっかけに、次々と自分の婚約者という女の子が出てくるハーレム系ラブコメ!…になるかも?

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

処理中です...