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昼下がりの憂鬱
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僕が全校エールを終えて急いで購買へ行くと、まだ弁当やパンがいくつか残っていた。
「木戸、お前また追加の購買弁当か?」
僕は購買まで一緒についてきた木戸に尋ねた。
「おうよ、俺らは体が資本だからな。
しかも二限がシゲ爺の授業だったから我慢できなかったぜ」
シゲ爺というのは世界史を教えている高齢のベテラン教師で、授業中各国の名産品や料理の話を頻繁に織り交ぜてきて生徒の胃袋を刺激するのだ。
そんな木戸の早弁はシゲ爺の授業とは無関係にほぼ毎日のことだ。結局昼になると購買で何かを追加で食べることが多い。
「そりゃ確かに辛いな。
まだだいぶ残っていて助かったよ」
人気のカツカレーはさすがにもう残っていなかったが、僕のお気に入りであるダブルシャケ弁当はまだいくつか残っていた。
「またダブルシャケか?
俺はホットドックにするわ」
木戸はそういって購買のおばちゃんにお金を払ってラップにくるまれているホットドックを手に取った。
僕はシャケが二つ入った弁当を指定し、ポケットから小銭を取り出しおばちゃんへ支払う。小銭をポケットに戻す前に百円玉一枚を分けておいて弁当を片手に自販機へ向かった。
自販機でスポーツドリンクを買っている僕の後ろから木戸が声をかけてくる。
「そういや朝言ってたけど今日は調子がいいってのは間違いないのか?
ムラが少ないのがお前の強みだとも思っているから、昨日捕りながら心配したんだぜ?」
「ああ、昨日は悪かったよ。
自分でもなんであんなだったかわからないんだよなあ」
僕は咲との出来事を思い浮かべつつ、自販機から出てきたペットボトルを取り出し一口二口飲んでから歩き出した。
「でも今日調子いいのは本当さ。
体が軽いし、なんといっても父さんに走り負けなかったんだからな」
「ならいいけどよ、連日遅刻なんて初めてだし無理はしないでくれよ。
今悪くても、最終的に夏の大会で仕上がってりゃ問題ないしな」
喋りながら歩いていた僕と木戸が二階のフリースペースについたころには、他の部員たちや周囲の生徒のほとんどは昼食を食べ終わり談笑していた。
「あ、カズ君、カッコよかったよー」
「吉田君も遅刻することあるんだね」
「木戸君なら珍しくないのに、私びっくりしちゃった」
数名の女子生徒が近寄ってきて勝手なことを言っている。だが確かに木戸なら珍しくないことで、去年は四、五回は全校エールをやったんじゃなかろうか。
「おいおい俺なら遅刻して当然みたいなこと言うなよ。
俺だっていろいろ忙しいんだからさ、人気者の宿命ってやつだな」
木戸がふざけた口調で女子たちに言い返すとその場でキャーキャーと騒ぎ始めた。しかし木戸が毎日忙しいのは本当だ。
隣町から通ってきている木戸は、部活を終えて帰宅してから両親が開いている居酒屋の手伝いをしている。だから毎日相当疲れているはずなのだが練習を休むことはない。
朝練参加だって事前申告しなければ遅刻にもならないのに、毎日必ず参加に丸をしてから帰る。部長としての責任感もあるだろうが、そもそも野球が大好きなのだろう。
その代り授業中のほとんどは寝ているか、早弁をしているか、筋トレをしているか、のどれかなので成績は最低レベルだ。
木戸がうるさい女子を相手してくれているので僕はその間に急いで弁当を食べる。なんで女子っていうのはああやかましいんだろうか。
それに比べると咲はクールでどこか陰のありそうな不思議な雰囲気を持っている。今まで僕の周りでは見たことのなかったタイプだ。しかも顔もかわいい。
その咲と僕がキスをしたなんて事実、飛び上がって喜んでいてももおかしくはない。もちろん口外してはいけないと言われているし、どちらにせよ、僕は言いふらしたりすることはないだろう。
もしかしたらその辺りも、咲が僕を選んだ理由なのだろうか。しかし咲は僕の求めに応じて現れ、咲も僕を求めていると言っていた。
結局あれはどういう意味なんだ?
「カズ、珍しくもう腹いっぱいなのか?
チビベン二号になっちまうぞ」
いつの間にか弁当を食べる手が止まっていた僕に木戸が声をかけた。
「いけね、午後の体育の事考えてたらぼうっとしてたわ。
早く食べて行かないとまずいな」
「今日明日の体育は体育館って言ってたもんね。
うちのクラスは多分ドッジボールやると思う」
チビベンが僕の正面から声をかけてくる。ちなみに木戸とチビベンは同じクラスだ。
「ドッジならまあいいけどなあ、うちのクラスはバスケ好きなやつが多いから憂鬱だよ」
バスケットボールは突き指が怖いのでいつも不参加だ。体育教師もそれは認めてくれる。
しかしその間見学しているわけにもいかずほかの運動をやらないといけないのだが、その場合は女子との合同へ回される。
女子は大体ダンスをやっているが、これがまた難しいし恥ずかしい。よくわからない音楽に合わせてあれこれ振付を真似するのだ。しかもダンス参加者の男子は、希望者を含めて全員が一番前で踊ることになっている。
ただ、ダンスは意外にも全身運動であり体幹を鍛えることもできるらしいので、野球の練習の一部と考えれば悪くない。後ろから降り注ぐ女子の視線が嫌なことを除けば、だが。
弁当を食べ終わりスポーツドリンクの残りを一気に飲み干した僕は、まだのんびりしているほかの面子を恨めしそうに見ながら席を立った。
「じゃあ行くとするよ。
昼休みくらいのんびりしたいのになあ」
「まあ食った後は昼寝くらいしたいもんな」
「何言ってんの、木戸君は午前中から寝てばかりじゃないの」
「そうよそうよ、今日も三限で真弓先生に起こされてたくせにー」
そういう木戸に同じクラスの女子から突っ込みが入った。
「ちげーよ、真弓ちゃんに起こされたくてわざと寝たんだよ。
ちんちくりんの女子には真弓ちゃんのナイスボディを見習ってほしいもんだ」
「私たちだって大人になればあれくらいになりますー」
「木戸君、やらしーいー、セクハラおやじだー」
やれやれ、あいつは本当に軽い男だな。僕は堅物だしチビベンも他の部員もそれなりにまじめなやつが多い中、部活と遊びを両立しさらに家の手伝いもしているバイタリティあふれる木戸は異色の存在に思える。
咲に心奪われている今の僕には、それが少しだけうらやましく感じた。
「木戸、お前また追加の購買弁当か?」
僕は購買まで一緒についてきた木戸に尋ねた。
「おうよ、俺らは体が資本だからな。
しかも二限がシゲ爺の授業だったから我慢できなかったぜ」
シゲ爺というのは世界史を教えている高齢のベテラン教師で、授業中各国の名産品や料理の話を頻繁に織り交ぜてきて生徒の胃袋を刺激するのだ。
そんな木戸の早弁はシゲ爺の授業とは無関係にほぼ毎日のことだ。結局昼になると購買で何かを追加で食べることが多い。
「そりゃ確かに辛いな。
まだだいぶ残っていて助かったよ」
人気のカツカレーはさすがにもう残っていなかったが、僕のお気に入りであるダブルシャケ弁当はまだいくつか残っていた。
「またダブルシャケか?
俺はホットドックにするわ」
木戸はそういって購買のおばちゃんにお金を払ってラップにくるまれているホットドックを手に取った。
僕はシャケが二つ入った弁当を指定し、ポケットから小銭を取り出しおばちゃんへ支払う。小銭をポケットに戻す前に百円玉一枚を分けておいて弁当を片手に自販機へ向かった。
自販機でスポーツドリンクを買っている僕の後ろから木戸が声をかけてくる。
「そういや朝言ってたけど今日は調子がいいってのは間違いないのか?
ムラが少ないのがお前の強みだとも思っているから、昨日捕りながら心配したんだぜ?」
「ああ、昨日は悪かったよ。
自分でもなんであんなだったかわからないんだよなあ」
僕は咲との出来事を思い浮かべつつ、自販機から出てきたペットボトルを取り出し一口二口飲んでから歩き出した。
「でも今日調子いいのは本当さ。
体が軽いし、なんといっても父さんに走り負けなかったんだからな」
「ならいいけどよ、連日遅刻なんて初めてだし無理はしないでくれよ。
今悪くても、最終的に夏の大会で仕上がってりゃ問題ないしな」
喋りながら歩いていた僕と木戸が二階のフリースペースについたころには、他の部員たちや周囲の生徒のほとんどは昼食を食べ終わり談笑していた。
「あ、カズ君、カッコよかったよー」
「吉田君も遅刻することあるんだね」
「木戸君なら珍しくないのに、私びっくりしちゃった」
数名の女子生徒が近寄ってきて勝手なことを言っている。だが確かに木戸なら珍しくないことで、去年は四、五回は全校エールをやったんじゃなかろうか。
「おいおい俺なら遅刻して当然みたいなこと言うなよ。
俺だっていろいろ忙しいんだからさ、人気者の宿命ってやつだな」
木戸がふざけた口調で女子たちに言い返すとその場でキャーキャーと騒ぎ始めた。しかし木戸が毎日忙しいのは本当だ。
隣町から通ってきている木戸は、部活を終えて帰宅してから両親が開いている居酒屋の手伝いをしている。だから毎日相当疲れているはずなのだが練習を休むことはない。
朝練参加だって事前申告しなければ遅刻にもならないのに、毎日必ず参加に丸をしてから帰る。部長としての責任感もあるだろうが、そもそも野球が大好きなのだろう。
その代り授業中のほとんどは寝ているか、早弁をしているか、筋トレをしているか、のどれかなので成績は最低レベルだ。
木戸がうるさい女子を相手してくれているので僕はその間に急いで弁当を食べる。なんで女子っていうのはああやかましいんだろうか。
それに比べると咲はクールでどこか陰のありそうな不思議な雰囲気を持っている。今まで僕の周りでは見たことのなかったタイプだ。しかも顔もかわいい。
その咲と僕がキスをしたなんて事実、飛び上がって喜んでいてももおかしくはない。もちろん口外してはいけないと言われているし、どちらにせよ、僕は言いふらしたりすることはないだろう。
もしかしたらその辺りも、咲が僕を選んだ理由なのだろうか。しかし咲は僕の求めに応じて現れ、咲も僕を求めていると言っていた。
結局あれはどういう意味なんだ?
「カズ、珍しくもう腹いっぱいなのか?
チビベン二号になっちまうぞ」
いつの間にか弁当を食べる手が止まっていた僕に木戸が声をかけた。
「いけね、午後の体育の事考えてたらぼうっとしてたわ。
早く食べて行かないとまずいな」
「今日明日の体育は体育館って言ってたもんね。
うちのクラスは多分ドッジボールやると思う」
チビベンが僕の正面から声をかけてくる。ちなみに木戸とチビベンは同じクラスだ。
「ドッジならまあいいけどなあ、うちのクラスはバスケ好きなやつが多いから憂鬱だよ」
バスケットボールは突き指が怖いのでいつも不参加だ。体育教師もそれは認めてくれる。
しかしその間見学しているわけにもいかずほかの運動をやらないといけないのだが、その場合は女子との合同へ回される。
女子は大体ダンスをやっているが、これがまた難しいし恥ずかしい。よくわからない音楽に合わせてあれこれ振付を真似するのだ。しかもダンス参加者の男子は、希望者を含めて全員が一番前で踊ることになっている。
ただ、ダンスは意外にも全身運動であり体幹を鍛えることもできるらしいので、野球の練習の一部と考えれば悪くない。後ろから降り注ぐ女子の視線が嫌なことを除けば、だが。
弁当を食べ終わりスポーツドリンクの残りを一気に飲み干した僕は、まだのんびりしているほかの面子を恨めしそうに見ながら席を立った。
「じゃあ行くとするよ。
昼休みくらいのんびりしたいのになあ」
「まあ食った後は昼寝くらいしたいもんな」
「何言ってんの、木戸君は午前中から寝てばかりじゃないの」
「そうよそうよ、今日も三限で真弓先生に起こされてたくせにー」
そういう木戸に同じクラスの女子から突っ込みが入った。
「ちげーよ、真弓ちゃんに起こされたくてわざと寝たんだよ。
ちんちくりんの女子には真弓ちゃんのナイスボディを見習ってほしいもんだ」
「私たちだって大人になればあれくらいになりますー」
「木戸君、やらしーいー、セクハラおやじだー」
やれやれ、あいつは本当に軽い男だな。僕は堅物だしチビベンも他の部員もそれなりにまじめなやつが多い中、部活と遊びを両立しさらに家の手伝いもしているバイタリティあふれる木戸は異色の存在に思える。
咲に心奪われている今の僕には、それが少しだけうらやましく感じた。
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