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二度あることは三度ある

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 紅茶はすっかり冷めてしまったが僕の体温は上がったままだ。咲は一方的に話をしたことに満足したのか、微笑みながら僕を見つめながら冷めた紅茶を飲んでいる。

 結局、半ば無理矢理に条件を提示され、その約束を守るということになってしまったが、そもそも気を引き締めて守らなければならないというほど難しいことではなかった。

 咲以外の誰ともキスをしない、なんてことは当たり前で、そもそも咲とだってもう二度とキスをするつもりもないし、その関係を口外する必要なんてどこにもない。

 それに、ほかの子を好きになるなんてことも、今まで通りにしていればありえない話なので何の問題もない。

「紅茶冷めちゃったわね、淹れなおしてあげる」

「ああ、ありがとう」

 お世辞抜きでかわいい咲がこうやって接してくれると彼女がいるっていうのも悪くないかも、なんて思えてきてしまう。

 お湯を沸かしなおしている咲の後ろ姿は、体に密着した私服のせいなのか、ほっそりとした体の線が制服よりも強調されて見える。

 しかし今日、足に座られた時のふっくらとして柔らかな感触と、すぐ目の前に存在したふくらみを見ている僕は、咲がただ細いだけではないことを良く知っている。

「もうそろそろお湯が沸くわ。
 待っている間暇だからといって、女の子の後姿をじろじろ見るのは硬派な男子を名乗っておきながらどうかと思うけど」

 まったく、咲は後ろにも目が付いているんじゃないか? ズバリ言い当てられた僕は悔し紛れに強めの反論をした。

「いや、別に興味なんてないさ。
 前に立たれているから視界に入ってるだけさ」

「うふふ、そうよね、女の子より野球が第一だっけ?」

「そうさ、これでも甲子園に行くのが目標なんだ。
 そのためにも練習でも試合でも頑張らないといけないのさ」

「何かに打ち込んで頑張るのって素敵ね。
 私はね、キミの邪魔をしようとしてるんじゃないのよ」

「邪魔じゃないならどういう理由があるんだよ。
 そういえばさっきの約束、僕には何のメリットもないじゃないか」

 僕は咲の身勝手な物言いに振り回され、主導権を握られているのが気に入らない。好意を持っていることを悟られたくないこともあってぶっきらぼうに吐き捨てた。

「メリットね、それはキミ次第かな。
 約束を守ればおのずとついてくるものよ」

 こうやって結局はぐらかされたわけだが、もしかするとそもそもメリットなんてないのかもしれない。僕はただ咲に弄ばれているだけなんじゃないだろうか。

「信じるも疑うもキミ次第よ」

「僕次第? ますますわからないよ。
 いったい僕はどうすればいいのさ」

「何もしなくていいわよ。
 きっと結果に表れてくるから楽しみにしてらっしゃい」

 その時テーブルに置いてある僕のスマートフォンの画面が光り、続いて着信音が流れ出した。表示された名前を見ると父さんからだ。

「ちょっと失礼」

 僕が電話に出ると、電話口の向こうが何やら騒がしい。どこか飲み屋の中からのようだ。

「おぉう、カズかぁ~父ちゃんだよ~」

 これは完全に酔っ払っているときの話し方だ。

「父さん、ちょっと飲みすぎじゃないの?」

「そんらことないろ~。
 もう一軒寄ったらかれるからよ~」

 こりゃだめだ。大体こうやって電話をしてくるときは近所に住んでいる同僚と一緒にタクシーで帰って来るが、玄関前で寝転んでしまうので部屋まで運ぶのが大変なのだ。

「わかったよ、あんまり飲みすぎないでくれよ」

「ろーかいなのれ~す」

 ろれつの回っていない父さんの大声はきっと咲にも聞こえてしまっただろう。なんでこんな時にこんなことで僕が恥ずかしい目に合わなければいけないのだろうか。

「お父様から? なんだかかわいらしいのね。
 キミはお父さん似かな?」

 そういいながら咲は淹れたての紅茶を目の前に置いた。湯気がたっていてかなり熱そうだ。

 礼を言って一口すすってから僕は答えた。

「似てるかどうかはわからないけど、野球は父さんに教えてもらったんだ。
 若いころはノンプロ、つまり社会人野球の選手だったんだよ」

「へぇ、じゃあキミもお父様みたいな野球選手になりたいの?」

「できれば、ね。
 いきなりプロは無理かもしれないけど、大学や社会人チームにスカウトされたらうれしいね。
 だから今は少しでも練習して基礎体力や技術を身につけていきたいのさ」

「夢を持ってる男の子、私好きよ。
 わざわざこの町へ来て良かったわ」

「わざわざ?」

「言ったでしょう、キミに呼ばれたから私はここへやってきたのよ」

 咲はいったい何を言っているのだろうか。どうも話の流れがわからない。

「僕は君が転校してきて初めて顔を合わせたと思ってるんだけど、もしかしてそうじゃないのか?」

「さあ? それはどうかしらね。
 もうこんな時間、そろそろ帰らないといけないわ」

「そ、そうだね、女の子なんだからあまり遅くなると親が心配するよ」

「それは問題ないわ、私は一人暮らしだから。
 だからいつでも遊びに来ていいのよ、うふふ」

 一人暮らしの女子の家に誘われてなんとも思わない男子はいないかもしれないが、咲の家に僕が行くということが何を意味するのか。どう考えても嫌な予感しかしない。

「気が向いたらね」

 僕は本心を知られないよう気のない返事をした。

「随分素っ気ないのね。
 それがキミのいいところでもあるんだけど」

 咲は僕の目をじっと見つめながら微笑んだ。やはり僕にとって咲はドストライクな美少女であることは間違いなく、こうやって話をしていることはうれしくもあり、また悔しくもあった。

「夜道は危ないから近くまで送っていくよ。
 すぐその辺なんだろ?」

「あらありがとう、ではエスコートお願いしようかしら」

 玄関を出て二人並んで十数歩歩いたところで咲が立ち止った。そして僕のほうを向く。これはまたヤバいパターンか!? と肩を竦め警戒した僕に咲が意外な台詞を放つ。

「ここでいいわ、あなたの家の二件先が私の家なんて奇遇ね」

 僕の家の隣は老夫婦が住んでいる古い戸建てで、その隣はもう長いこと空き家になっていた。こちらも大分古い洋風住宅だ。

 まさかここへ引っ越して来たなんて思ってもみなかった。ポカンとしている僕に咲がそっとつぶやく。

「ねえ、おやすみのキスしてちょうだい」

 僕は何かに憑りつかれたように呆然としながらゆっくりと咲に近づき、その薄いピンク色の唇に吸い込まれるように自身の唇を重ねた。

 もうさっき飲んだ紅茶の味なんてまったく覚えていない。僕の脳裏に残されたのは咲の唇の感触と、手を振りながら玄関を入っていった時の笑顔だけだった。
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