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第六章 浮遊霊たちは気づいてしまう

62.招待

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 胡桃の後姿を見ながら僕はなにかいけないことをしようとしているような気分になっていた。今の今まで同年代の女の子の家へ行くなんてこと考えたこともない。そんな心持の僕を気にする様子もなく、職員室から戻ってきた胡桃が千代へ手を差し伸べた。

「さあ千代ちゃん、行きましょう。車へ行ったら朝日さんっておじさんがドアを開けてくれるから先に入ってね」

「うん、千代、くるまのるのはじめてだよ」

「あらそうなの? とても乗り心地良いけど、初めてならわからないかもしれないわね。英介君も一緒に来るかしら? うら若き乙女の城に」

 あ、そうか。招待されたのは千代だけなのか。そりゃそうだ。いくら幽霊と言えど同い年の男子を泊めるなんてそんなのいいはずがない。

「僕は学校のどこかで待っていようと思うんですけど、雨がかからない場所ってありますか?」

「変なことしないなら一緒に来てもいいわよ。別に仲間はずれにしたいわけじゃないの」

「い、いや、女の子の家に泊まるなんて…… ダメです……」

「あら、真面目なのね。そういう感覚、私好きよ」

「くるみおねえちゃんもえいにいちゃんのことがすきなの?」

「も? そうね、好きかも知れないわね」

「じゃあみんなすきどうしだね。なかよしはすてきだね」

 顔色が変わらない幽霊の姿で良かったと、今ほど感じたことは無いくらい恥ずかしかった。もし生きていれば、顔がきっと茹蛸のように真っ赤になっていただろう。最終的には千代の一押しで僕も付いて行くことになり、僕達は門に向って校庭を横切っていた。

 すると向こうから小柄な男性が走り寄ってくる。僕は何もできないなりに身構えてみたが、その男性へ胡桃が手を振り大きな声で呼びかけた。

「朝日さーん、遅くなってごめんね」

「いやぁ、胡桃お嬢の身に何かあったら大変ですからここまで来ちまいました。今日はいつもより遅かったですね」

「もう期日が迫っているから練習頑張ってるのよ。明日からは三十分遅くていいかもしれないわ」

「ま、早めに来て待機してますよ。夕方家にいたら、あの人使いが荒いおてんばにこき使われちまいますからね」

「あらあら、真子さんへ言いつけちゃいますよ」

「そりゃいけねぇ、みんなアイツの味方だってこと、すっかり忘れてた」

 二人はそんな会話をしながら笑っている。僕と千代は状況が良く分からずポカンとしていた。

「それじゃ行きましょ」

 胡桃が誰に言うでもないような口調で帰りを促した。朝日さんと言う運転手が先を歩き僕と千代はその後ろへ続く。胡桃が一番後ろからついてくるが、周囲から見えるのはもちろん二人だけだ。

 先ほど言っていたように朝日さんがドアを開けてくれたので、千代、僕の順にすばやく乗り込んだ。最後に胡桃が乗り込んだところでドアが閉じられる。

 運転席に回り込んだ朝日はエンジンを始動させ、ゆっくりと車を発進させた。後部座席はとても広々としていてさすが高級車だ。うちの軽自動車とは別次元の乗り物だと感じる。

 胡桃がメモ帳とペンを取り出して何やら書き込んでいる。その後、書き終わった文章をこちらに見せる。

 そこには「黙ってないで話して平気、返事は紙に書くわ」と書いてあった。それを見た千代が大きく息を吐きだす。僕達に呼吸が必要かどうかは別にして、どうやら息を止めていたらしい。

 ただ、話をしてもいいと言われてもなかなか話す内容が思い浮かばない。とりあえず当たり障りのないところで、学校についてと運転手の朝日さんとこの車について確認する程度にとどまった。

 胡桃の話によれば、四つ葉女子という学校は中学からしか募集をしておらず、それも一般的な入試ではなく卒業生やその親類、政界や財界の紹介等による推薦と面接のみでしか入ることができないとのことだ。胡桃は理事長と血縁なので何の障壁もなく入学できたのだという。

 運転手の朝日さんはこの車で胡桃の祖父の運転手をしていた人で、その祖父が亡くなり隠居することとなった。それが胡桃の入学後に運転手としてまた迎えられ今に至るのだということだ。

 胡桃の話す内容は理解できたが僕の人生とは大きく隔たりがあり、実際にこんな家庭環境があるなんて考えたこともなかった。住む世界が違うというのはこういうことなんだと、改めて実感したのは言うまでもない。

 これから胡桃の家へ行くと言うだけで緊張しているというのに、話せば話すほど緊張する材料が増えていくなんて、こんな状態で家についたら僕はいったいどうなってしまうのだろうか。

 そんな英介の苦悩も知らずに千代はご機嫌で歌い、胡桃は拍手の代わりにメモ帳へ褒め言葉を書き連ねていた。

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