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第三章 浮遊霊たちは探索する
36.壁面
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偶然なのか、何か引かれあうものがあるのかわからないが、大矢を発見することはできた。しかし救えなければ閉じ込められたままだ。古めかしいオフィスビルとはいえ真夜中に忍び込めるほどセキュリティが甘いわけではない。これは朝まで待つしかなさそうだ。
でも朝まで待てば出られるくらいなら大矢自身が自分で出てきているはず。なので明日になっても出ることができない可能性も十分にある。まあそれも合流してみればわかることだ。一人もがいて一生懸命に手を振っている大矢には悪いが、念のため一旦屋根のあるところへ行って朝まで待機することにしよう。
僕は千代へそう説明し病院の中庭へ戻った。ビルから去るときに大矢の振る手が段々とゆっくりになっていたような気がして、とても申し訳ない気持ちだった。
「のりにいちゃんみつかってよかったね」
「うん、でもなんであんなビルの中にいるんだろうね」
「はやくでられるといいなぁ」
「まったくだよ、心配かけさせてさ。明日の朝もう一度行こうね」
「うん!」
僕と千代は朝に大矢と合流し、絹川鉄道に乗って終点の荒波海岸駅に行くことを決めていた。すでに前回のイベントは終わっているが、来週日曜にもう一度イベントがあるのはわかっているため、その前に一度見に行くのも悪くない。
千代は初めての電車が楽しみなのだろう。ポッポポッポと汽車の歌を歌いながら中庭を走り回っている。千代の時代には絹川鉄道も歌の通り蒸気機関車だったのかな。
絹原駅から病院に戻ってきたのが二時過ぎだったので今はまだ三時前くらいか。大矢が閉じ込められているのはオフィスビルなので九時前くらいにならないとビル自体に入れなそうだ。
しかも入ったところで何かできるわけではない。でもビルの中に入れば会話位はできるかもしれない。後のことはそれから考えよう。このまま朝を待っても良かったけれど、やっぱり日課は欠かしたくないという気もするので、僕達は神社へ行くことにした。
神社で夜が明けるのを待ち、その後いつものように油揚げのおばあさんとお参りをし、それから早朝の土手を歩き絹原駅へ向かう。途中でジョギングをする人や犬の散歩をする人とすれ違う。千代は犬を見るたびに僕の陰へ隠れ犬が去っていくまでやり過ごす。よほど苦手なんだろう。
「千代ちゃんはなんで犬が嫌いなの?」
「うーん、なんでかな? こわいから?」
「そっか、誰でも苦手なものはあるしね」
そんな話をしながら絹原駅についた僕達は大矢のいるビルへ向かった。さすがにこの時間になると駅前に人が多い。もちろん江原高校の生徒もいる。駅前のバス停の一つは女子学園のスクールバス乗り場だ。沢山の生徒がバスを待って並んでいる。ほとんどの生徒は何人かずつ向かい合って談笑している。
しかしその中には一人ポツンと無言で立っている生徒もいる。傍から見ると息苦しそうでつまらなそうに見えた。もしかすると英介もそういう目で見られていたのかもしれない。おっと、感傷に浸っている場合じゃない。早く大矢のところへ行かなければ。
例のオフィスビルへ近づくと大矢が気付いたようで、二階の窓で手を振り始めた。心の中でごめんとつぶやきビルの入口へ向かった。ちょうど出勤時間なのだろう。出入りが多いので自動ドアが開いたり閉まったりしていて難なく入ることができた。
エレベーターを待っている人達を横目にすぐ脇の階段から二階へ上る。二階はすべて一社で占有しているようだ。階段を上ってすぐのところに絹川日報新聞社と書いた看板が貼り付けてあった。
もしかしてここは大矢の父親が務めてる新聞社かもしれない。それでここに入っていき閉じ込められてしまったのだろう。まったく世話の焼ける奴だ。
「おおやあー」
「のりにいちゃあーん」
僕と千代はできる限り大きな声で叫んだ。しかし返事は無い。入口の扉は開けたままになっており人が次々に入っていく。目の前にはテーブルと来客用のインターフォンがあるがもちろんそんなものは使わない。
二人で中へ入っていくと廊下の左右に扉がいくつもあって、それぞれに部署名等が書いてある。大矢はどの部屋にいるのだろうか。
「おおやあー」
「……英ちゃーん……こっちだよー」
かすかに聞こえるのは確かに大矢の声だ。その声を頼りに僕達はシルクロード編集部と書いてある扉の前までやってきた。どうやらこの中にいるらしい。
しかし、大矢の声はこの扉の向こうから、ではなくその隣の壁の中から聞こえていた。どうやらこの扉の向こうには他にも部屋があるようだ。僕達は声に一番近い壁に張り付いて呼びかけた。
「大矢、なんでそんなところにいるんだ? 無事なのか?」
「のりにいちゃん、だいじょうぶ?」
「いやあ、話せば長いってこともないんだけどぉ閉じ込められちゃったんだよねぇ。ここはぁ、パパの働いてる新聞社なんだよぉ」
やはりそうか。それで様子を見に来て閉じ込められてしまったってとこか。しかし会社なのに数日も出入りが無い部屋があって、よりによってそこへ入ってしまうとはねぇ。なんとなくのんびりした大矢らしいと感じ、僕は思わず声に出して笑ってしまった。大矢を見つけた安心感もあったのだろう。
「英ちゃんたらぁ、なにがおかしいのさぁ」
「いや、ごめんごめん、なんか大矢らしいなって思っちゃったよ」
「そんなぁ」
「でも無事でよかったよ。出られるまでここで待ってるからさ」
大矢が見つかったのはいいが僕達では出してやることができない。脱出の機会を伺うしかないのでしばらくここで待つことにした。
でも朝まで待てば出られるくらいなら大矢自身が自分で出てきているはず。なので明日になっても出ることができない可能性も十分にある。まあそれも合流してみればわかることだ。一人もがいて一生懸命に手を振っている大矢には悪いが、念のため一旦屋根のあるところへ行って朝まで待機することにしよう。
僕は千代へそう説明し病院の中庭へ戻った。ビルから去るときに大矢の振る手が段々とゆっくりになっていたような気がして、とても申し訳ない気持ちだった。
「のりにいちゃんみつかってよかったね」
「うん、でもなんであんなビルの中にいるんだろうね」
「はやくでられるといいなぁ」
「まったくだよ、心配かけさせてさ。明日の朝もう一度行こうね」
「うん!」
僕と千代は朝に大矢と合流し、絹川鉄道に乗って終点の荒波海岸駅に行くことを決めていた。すでに前回のイベントは終わっているが、来週日曜にもう一度イベントがあるのはわかっているため、その前に一度見に行くのも悪くない。
千代は初めての電車が楽しみなのだろう。ポッポポッポと汽車の歌を歌いながら中庭を走り回っている。千代の時代には絹川鉄道も歌の通り蒸気機関車だったのかな。
絹原駅から病院に戻ってきたのが二時過ぎだったので今はまだ三時前くらいか。大矢が閉じ込められているのはオフィスビルなので九時前くらいにならないとビル自体に入れなそうだ。
しかも入ったところで何かできるわけではない。でもビルの中に入れば会話位はできるかもしれない。後のことはそれから考えよう。このまま朝を待っても良かったけれど、やっぱり日課は欠かしたくないという気もするので、僕達は神社へ行くことにした。
神社で夜が明けるのを待ち、その後いつものように油揚げのおばあさんとお参りをし、それから早朝の土手を歩き絹原駅へ向かう。途中でジョギングをする人や犬の散歩をする人とすれ違う。千代は犬を見るたびに僕の陰へ隠れ犬が去っていくまでやり過ごす。よほど苦手なんだろう。
「千代ちゃんはなんで犬が嫌いなの?」
「うーん、なんでかな? こわいから?」
「そっか、誰でも苦手なものはあるしね」
そんな話をしながら絹原駅についた僕達は大矢のいるビルへ向かった。さすがにこの時間になると駅前に人が多い。もちろん江原高校の生徒もいる。駅前のバス停の一つは女子学園のスクールバス乗り場だ。沢山の生徒がバスを待って並んでいる。ほとんどの生徒は何人かずつ向かい合って談笑している。
しかしその中には一人ポツンと無言で立っている生徒もいる。傍から見ると息苦しそうでつまらなそうに見えた。もしかすると英介もそういう目で見られていたのかもしれない。おっと、感傷に浸っている場合じゃない。早く大矢のところへ行かなければ。
例のオフィスビルへ近づくと大矢が気付いたようで、二階の窓で手を振り始めた。心の中でごめんとつぶやきビルの入口へ向かった。ちょうど出勤時間なのだろう。出入りが多いので自動ドアが開いたり閉まったりしていて難なく入ることができた。
エレベーターを待っている人達を横目にすぐ脇の階段から二階へ上る。二階はすべて一社で占有しているようだ。階段を上ってすぐのところに絹川日報新聞社と書いた看板が貼り付けてあった。
もしかしてここは大矢の父親が務めてる新聞社かもしれない。それでここに入っていき閉じ込められてしまったのだろう。まったく世話の焼ける奴だ。
「おおやあー」
「のりにいちゃあーん」
僕と千代はできる限り大きな声で叫んだ。しかし返事は無い。入口の扉は開けたままになっており人が次々に入っていく。目の前にはテーブルと来客用のインターフォンがあるがもちろんそんなものは使わない。
二人で中へ入っていくと廊下の左右に扉がいくつもあって、それぞれに部署名等が書いてある。大矢はどの部屋にいるのだろうか。
「おおやあー」
「……英ちゃーん……こっちだよー」
かすかに聞こえるのは確かに大矢の声だ。その声を頼りに僕達はシルクロード編集部と書いてある扉の前までやってきた。どうやらこの中にいるらしい。
しかし、大矢の声はこの扉の向こうから、ではなくその隣の壁の中から聞こえていた。どうやらこの扉の向こうには他にも部屋があるようだ。僕達は声に一番近い壁に張り付いて呼びかけた。
「大矢、なんでそんなところにいるんだ? 無事なのか?」
「のりにいちゃん、だいじょうぶ?」
「いやあ、話せば長いってこともないんだけどぉ閉じ込められちゃったんだよねぇ。ここはぁ、パパの働いてる新聞社なんだよぉ」
やはりそうか。それで様子を見に来て閉じ込められてしまったってとこか。しかし会社なのに数日も出入りが無い部屋があって、よりによってそこへ入ってしまうとはねぇ。なんとなくのんびりした大矢らしいと感じ、僕は思わず声に出して笑ってしまった。大矢を見つけた安心感もあったのだろう。
「英ちゃんたらぁ、なにがおかしいのさぁ」
「いや、ごめんごめん、なんか大矢らしいなって思っちゃったよ」
「そんなぁ」
「でも無事でよかったよ。出られるまでここで待ってるからさ」
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