2 / 5
2.ギザミミ
しおりを挟む
なんでいつもこうなってしまうのだろう。確かに口下手で成績は思うようにあげられていないが、大勢の同僚の前で吊し上げるように怒鳴らなくたっていいじゃないか。そりゃ課長も中間管理職で大変なのはわかるが、俺だって朝から晩まで歩き通しで疲れてるんだし、たまにはねぎらいの言葉をかけてくれてもいいだろうに……
ん? こんなところに喫茶店なんてあったっけ? これが猫カフェってやつか。猫と戯れるだけで何が楽しいって言うんだ。まあ物は試しだ、休憩がてら入ってみるか。
中年にさしかかろうと言う男一人ではいるのは勇気がいったが、いざ飛び込んでみると猫模様のエプロンをした店員さんがにこやかに席を案内してくれたので座ることにする。
しばらくすると一匹の猫が近づいてきた。あまりきれいとは言えない姿だが、子供のころ実家で飼っていた雑種の猫と少し被る。なるほど保護猫とはこういうことか。
ペット事情には詳しくないので知らなかったが、昔は捨て猫と言われていて保健所に追われる立場だった猫を、こうして保護して世話をしていると店内の張り紙を見て知った。
「なんだお前、随分と人慣れしているんだな。
膝に乗ってくるなんて、そんな簡単に気を許していいのか?
ん? この耳はどうしたんだ? 喧嘩でもしたのか?
まさか俺みたいに一方的にやり込められたんじゃないだろうな?」
膝の上の猫は片方の耳が半分くらいに短くなっており痛々しい。会社で負け犬のように扱われている俺に相応しい猫なのかもしれない。
「なあ聞いてくれよ。
俺は朝から晩まで一生懸命働いているんだよ。
でも会社では認められず、かみさんとはすれ違いの毎日さ。
今や何のために頑張ってるのかわからなくなっちまった」
『おかえりなさい、随分と疲れてるのね。
たまには息抜きすることも必要よ?
だって頑張り過ぎて余裕が無いから頑張ってる理由を見失ってしまったのでしょ?』
「そうかもな、その通りかもしれない。
若い頃は自分のためだったけど、今は家族のために頑張ってるつもりだ。
でもそんなこと誰も認めてくれないんだよ」
『あなたは誰かに認めてほしいの?
それとも自分の力で誰かを幸せにしたいの?
頑張ってるんだから認めろと言うだけではただの押し付けになってしまわないかしら?』
「そりゃ哲学だよ。
認められることでさらに頑張れるってもんさ。
男は背中で語れって言うだろ?」
『あら、でもその語られた背中を見て誰でも理解できるのかしら?
少なくとも私にはわかりそうにないわ。
ちゃんと言葉で示すことも必要だと思うの』
「そんなもんかねえ。
娘はまだ小さいから無理だろうけどかみさんは同い年だし何年も一緒にいるんだ。
それくらいわかってくれてもいいだろ?」
『ではあなたは奥様のことをわかっているのかしら。
あなたが毎日すれ違いと言うってことは、奥様もすれ違っていると感じているはず。
小さいお子さんなんてなおさらよ』
「でも俺には仕事があるんだから……
そうそう早く帰ることなんてできないんだよ」
『仕事を頑張っているから?
それならほんの少し家庭に対して頑張ってみたらいいんじゃない?
ほんの少し仕事を削ってもなにも変わらないわ。
だって大きな枠組みの中ではあなたが絶対に必要なんてはずないもの。
あなたの頑張りは本当に必要な人たちへ向けるべきじゃなくて?』
「随分無理なことを言うんだなあ。
そんなことしたら課長にまたどやされるだけさ」
『うふふ、なにもサボって手を抜きなさいって言ってるわけじゃないわ。
もう少し肩の力を抜いてみたらどうかって言ってるの。
せめて明るい表情が作れる程度にね』
「俺の顔、そんなに怖いか? それとも暗いか?
確かにここ数年で猫背になった気がするよ」
『もう、猫背を悪いことのように言うのは失礼よ?
さ、私の背中を撫でているその手でお子さんを撫でてあげなさい。
早く帰ったらただいまって言うのも忘れずに』
「ただいま、か。
家では久しく口にしてない気がするよ。
こんな俺のことでも待っててくれる人がいるっていうのにな」
『それがわかればもう大丈夫。
奥様もお子さんもきっとあなたの帰りを待っているのよ。
その気持ちを、あなたがすれ違いなんて言葉で片付けなければね』
「俺はなにかに追い立てられ焦っていたのかもしれない。
これからは相手と向き合うことを心がけるよ。
それじゃまたな、ありがとう」
『どういたしまして』
気が付くとギザミミの猫は膝の上にはいなかった。どうやらうたた寝をしてしまった間に去っていったらしい。俺は店を出てから近くのケーキ屋へと立ち寄ることにした。
◇◇◇
二重扉をくぐると数匹の猫たちが一斉にこちらへ振り向いた。そしてその中にはあのギザミミ猫もいる。
「よう、また寄らせてもらったよ。
この間はありがとうな。
お前さえ良かったらうちの猫になるか?
娘もかみさんも賛成してくれたんだ」
『ニャア』
ん? こんなところに喫茶店なんてあったっけ? これが猫カフェってやつか。猫と戯れるだけで何が楽しいって言うんだ。まあ物は試しだ、休憩がてら入ってみるか。
中年にさしかかろうと言う男一人ではいるのは勇気がいったが、いざ飛び込んでみると猫模様のエプロンをした店員さんがにこやかに席を案内してくれたので座ることにする。
しばらくすると一匹の猫が近づいてきた。あまりきれいとは言えない姿だが、子供のころ実家で飼っていた雑種の猫と少し被る。なるほど保護猫とはこういうことか。
ペット事情には詳しくないので知らなかったが、昔は捨て猫と言われていて保健所に追われる立場だった猫を、こうして保護して世話をしていると店内の張り紙を見て知った。
「なんだお前、随分と人慣れしているんだな。
膝に乗ってくるなんて、そんな簡単に気を許していいのか?
ん? この耳はどうしたんだ? 喧嘩でもしたのか?
まさか俺みたいに一方的にやり込められたんじゃないだろうな?」
膝の上の猫は片方の耳が半分くらいに短くなっており痛々しい。会社で負け犬のように扱われている俺に相応しい猫なのかもしれない。
「なあ聞いてくれよ。
俺は朝から晩まで一生懸命働いているんだよ。
でも会社では認められず、かみさんとはすれ違いの毎日さ。
今や何のために頑張ってるのかわからなくなっちまった」
『おかえりなさい、随分と疲れてるのね。
たまには息抜きすることも必要よ?
だって頑張り過ぎて余裕が無いから頑張ってる理由を見失ってしまったのでしょ?』
「そうかもな、その通りかもしれない。
若い頃は自分のためだったけど、今は家族のために頑張ってるつもりだ。
でもそんなこと誰も認めてくれないんだよ」
『あなたは誰かに認めてほしいの?
それとも自分の力で誰かを幸せにしたいの?
頑張ってるんだから認めろと言うだけではただの押し付けになってしまわないかしら?』
「そりゃ哲学だよ。
認められることでさらに頑張れるってもんさ。
男は背中で語れって言うだろ?」
『あら、でもその語られた背中を見て誰でも理解できるのかしら?
少なくとも私にはわかりそうにないわ。
ちゃんと言葉で示すことも必要だと思うの』
「そんなもんかねえ。
娘はまだ小さいから無理だろうけどかみさんは同い年だし何年も一緒にいるんだ。
それくらいわかってくれてもいいだろ?」
『ではあなたは奥様のことをわかっているのかしら。
あなたが毎日すれ違いと言うってことは、奥様もすれ違っていると感じているはず。
小さいお子さんなんてなおさらよ』
「でも俺には仕事があるんだから……
そうそう早く帰ることなんてできないんだよ」
『仕事を頑張っているから?
それならほんの少し家庭に対して頑張ってみたらいいんじゃない?
ほんの少し仕事を削ってもなにも変わらないわ。
だって大きな枠組みの中ではあなたが絶対に必要なんてはずないもの。
あなたの頑張りは本当に必要な人たちへ向けるべきじゃなくて?』
「随分無理なことを言うんだなあ。
そんなことしたら課長にまたどやされるだけさ」
『うふふ、なにもサボって手を抜きなさいって言ってるわけじゃないわ。
もう少し肩の力を抜いてみたらどうかって言ってるの。
せめて明るい表情が作れる程度にね』
「俺の顔、そんなに怖いか? それとも暗いか?
確かにここ数年で猫背になった気がするよ」
『もう、猫背を悪いことのように言うのは失礼よ?
さ、私の背中を撫でているその手でお子さんを撫でてあげなさい。
早く帰ったらただいまって言うのも忘れずに』
「ただいま、か。
家では久しく口にしてない気がするよ。
こんな俺のことでも待っててくれる人がいるっていうのにな」
『それがわかればもう大丈夫。
奥様もお子さんもきっとあなたの帰りを待っているのよ。
その気持ちを、あなたがすれ違いなんて言葉で片付けなければね』
「俺はなにかに追い立てられ焦っていたのかもしれない。
これからは相手と向き合うことを心がけるよ。
それじゃまたな、ありがとう」
『どういたしまして』
気が付くとギザミミの猫は膝の上にはいなかった。どうやらうたた寝をしてしまった間に去っていったらしい。俺は店を出てから近くのケーキ屋へと立ち寄ることにした。
◇◇◇
二重扉をくぐると数匹の猫たちが一斉にこちらへ振り向いた。そしてその中にはあのギザミミ猫もいる。
「よう、また寄らせてもらったよ。
この間はありがとうな。
お前さえ良かったらうちの猫になるか?
娘もかみさんも賛成してくれたんだ」
『ニャア』
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
まれぼし菓子店
夕雪えい
ライト文芸
和洋の絶品お菓子を供するまれぼし菓子店。
たまたまお店と出会った〝わたし〟。
様々な場面で、三人の店員や常連客と、お菓子を通じて小さな心温まるストーリーが展開される。
美味しいお菓子が織り成す、温かくちょっとだけ不思議な物語。
・.。*・.。*
まれぼし菓子店
美味しいお菓子をつくっております。
皆様のおもいでによせて。
食後のひとくちに。
夜食のお楽しみに。
お気軽にお立ち寄りください。
第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる