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二話 乙女ゲームの正体
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母と二人、片田舎で慎ましくも幸福に暮らしていた、平民のヒロイン。
ある日突然その前に現れたのは、父を名乗る男爵だった。
男爵は、ヒロインを家に迎えてやるから、男爵令嬢として家の為に嫁げと言う。
もとを正せば、夫人のいる身で美しい母をもてあそんだ挙げ句に捨てた、憎い男。それが、そんな手前勝手な事を言うのである。
反発するヒロインだが、体が弱く病気がちな母親を屋敷の離れに監禁され、男爵に従わなければ会う事もできなくなってしまう。
仕方なく貴族学園に入るヒロインだったが、母を救う為、そして男爵の魔の手から逃れる為、勉強に魔法にとひたむきに努力する姿が、攻略対象の心を惹き付けていくーー。
*
「そうして、攻略対象の婚約者・悪役令嬢ゴルデルゼの妨害にもくじけず、見事に結ばれた二人は、男爵家を取り潰し、母親の体も治して、末永く幸せに暮らしたのでした……そうよね?ヒロインの、キャロラインさん?」
乙女ゲームについて一通り語り終えると、令嬢はからかうように問い掛けた。
「そうよ。やっぱり知ってるんじゃない!」
「あら、知らないとは言っていないわ」
「転生者じゃないなら、なんで知ってるっていうのよ!?」
ーーパシン。
縦ロール令嬢……ゴルデルゼが自らの掌に扇子を叩き付ける音が、牢にこだました。
金切り声を上げていたピンク髪の少女……キャロラインは、途端に縮こまる。
「いい加減うるさいですわよ。静かにお聞きなさい?」
うつむいて震えるキャロラインを眺めながら、ゴルデルゼは小首を傾げる。
「そうね……まず、あなたの転生の事だけれど。あれは、わたくし達の神が、あなたの魂を“召喚”したのよ。ここは遥か昔から実在する異世界。乙女ゲームの中なんかじゃないわ」
「えーー」
「あのゲームは、その為に在ったの。こちらの世界観や、器である“キャロライン”のおおまかな知識を掴んでもらう為……そうね。あのゲーム自体が、この世界での生活のシミュレーションだと言えば、わかり易いかしら?」
凍り付いた表情でゴルデルゼを仰ぎ見ていたキャロラインが、悲鳴のような声を上げる。
「そんなっ…………嘘、なんで、そんな事……!!」
「それはね、さっきも言ったように、ここがとても古くから在る世界だからよ」
ふわりと、ゴルデルゼは、踊るように腕を広げた。
「何千年何万年何億年……時を数える基準もなくす程、この世界の文明は頂点を極めては滅び、また新しく興った。世界は何度でも終わり、また始まった。そうしてーー転生による再生では追い付かない程、この世界の魂は、老いてしまったの」
慈愛とも呼べる眼差しをキャロラインに向けたゴルデルゼは、鉄格子を越えて、彼女の頬に手を伸ばす。
「まだ若い世界の魂。あなたの息吹が、この世界には必要だった。あなたはいるだけで周囲を幸せにし、周囲もあなたを幸せにしたがるはずだった。だからわざわざ、苦境にあるキャロラインを器に選んだのにーー」
優しく頬を撫でていたゴルデルゼの瞳が、急に氷点下まで凍えた。
「がっかりね。あちらの世界の人間なら誰でもよかったのに。どうしてよりによって、あなたが来たのかしら?」
「あ、あたしは……」
「この世界をゲームだと思い込んで、他人を造り物扱い。そのくせ、ゲームのシナリオを壊す真似ばかりして。どういうつもりなの?」
「なにそれ!あたしはちゃんとゲームの通りにやってたでしょ!?」
激昂したキャロラインがゴルデルゼの手を払い除けようとするが、それよりも先に、手は鉄格子の外へと退いていた。
両手を腰に当てて、ゴルデルゼはキャロラインの顔を覗き込む。
「……どこが?あのゲームに、ハーレムエンドなんて無かったでしょう?それなのに全員のルートを進めようとするなんて、馬鹿げているわ」
「それは、だって、誰とうまくいくか、わかんないから……!!少しでも、確率を上げなきゃいけなかったのよ!それが悪いの!?」
いきり立つキャロラインに、ゴルデルゼは白い目だ。
「誰彼かまわず言い寄っていたら、誰ともうまくいく訳がないでしょう。そもそも、あれは“if”の、平行世界の可能性を見せるものなのよ?同時進行なんて、できる訳がないわ」
「なんで。そんなの、どこにも……」
「わたくしがどのルートでも攻略対象の婚約者として立ちはだかる時点でわかるでしょう?王太子に、次期宰相に、次期大魔導師に、次期騎士団長……四人全員がわたくしの現在の婚約者だなんて、あると思って?」
「お、王太子を攻略してる時だって、何もしなかったくせに!そうよ、シナリオを目茶苦茶にしたのはあんたじゃない!!あんたがちゃんと悪役令嬢しないからーー!!」
「関係ないわ。わたくしが悪役令嬢なんて、こじつけだもの」
……ぴたん、と、どこかで水滴の落ちる音がした。
ある日突然その前に現れたのは、父を名乗る男爵だった。
男爵は、ヒロインを家に迎えてやるから、男爵令嬢として家の為に嫁げと言う。
もとを正せば、夫人のいる身で美しい母をもてあそんだ挙げ句に捨てた、憎い男。それが、そんな手前勝手な事を言うのである。
反発するヒロインだが、体が弱く病気がちな母親を屋敷の離れに監禁され、男爵に従わなければ会う事もできなくなってしまう。
仕方なく貴族学園に入るヒロインだったが、母を救う為、そして男爵の魔の手から逃れる為、勉強に魔法にとひたむきに努力する姿が、攻略対象の心を惹き付けていくーー。
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「そうして、攻略対象の婚約者・悪役令嬢ゴルデルゼの妨害にもくじけず、見事に結ばれた二人は、男爵家を取り潰し、母親の体も治して、末永く幸せに暮らしたのでした……そうよね?ヒロインの、キャロラインさん?」
乙女ゲームについて一通り語り終えると、令嬢はからかうように問い掛けた。
「そうよ。やっぱり知ってるんじゃない!」
「あら、知らないとは言っていないわ」
「転生者じゃないなら、なんで知ってるっていうのよ!?」
ーーパシン。
縦ロール令嬢……ゴルデルゼが自らの掌に扇子を叩き付ける音が、牢にこだました。
金切り声を上げていたピンク髪の少女……キャロラインは、途端に縮こまる。
「いい加減うるさいですわよ。静かにお聞きなさい?」
うつむいて震えるキャロラインを眺めながら、ゴルデルゼは小首を傾げる。
「そうね……まず、あなたの転生の事だけれど。あれは、わたくし達の神が、あなたの魂を“召喚”したのよ。ここは遥か昔から実在する異世界。乙女ゲームの中なんかじゃないわ」
「えーー」
「あのゲームは、その為に在ったの。こちらの世界観や、器である“キャロライン”のおおまかな知識を掴んでもらう為……そうね。あのゲーム自体が、この世界での生活のシミュレーションだと言えば、わかり易いかしら?」
凍り付いた表情でゴルデルゼを仰ぎ見ていたキャロラインが、悲鳴のような声を上げる。
「そんなっ…………嘘、なんで、そんな事……!!」
「それはね、さっきも言ったように、ここがとても古くから在る世界だからよ」
ふわりと、ゴルデルゼは、踊るように腕を広げた。
「何千年何万年何億年……時を数える基準もなくす程、この世界の文明は頂点を極めては滅び、また新しく興った。世界は何度でも終わり、また始まった。そうしてーー転生による再生では追い付かない程、この世界の魂は、老いてしまったの」
慈愛とも呼べる眼差しをキャロラインに向けたゴルデルゼは、鉄格子を越えて、彼女の頬に手を伸ばす。
「まだ若い世界の魂。あなたの息吹が、この世界には必要だった。あなたはいるだけで周囲を幸せにし、周囲もあなたを幸せにしたがるはずだった。だからわざわざ、苦境にあるキャロラインを器に選んだのにーー」
優しく頬を撫でていたゴルデルゼの瞳が、急に氷点下まで凍えた。
「がっかりね。あちらの世界の人間なら誰でもよかったのに。どうしてよりによって、あなたが来たのかしら?」
「あ、あたしは……」
「この世界をゲームだと思い込んで、他人を造り物扱い。そのくせ、ゲームのシナリオを壊す真似ばかりして。どういうつもりなの?」
「なにそれ!あたしはちゃんとゲームの通りにやってたでしょ!?」
激昂したキャロラインがゴルデルゼの手を払い除けようとするが、それよりも先に、手は鉄格子の外へと退いていた。
両手を腰に当てて、ゴルデルゼはキャロラインの顔を覗き込む。
「……どこが?あのゲームに、ハーレムエンドなんて無かったでしょう?それなのに全員のルートを進めようとするなんて、馬鹿げているわ」
「それは、だって、誰とうまくいくか、わかんないから……!!少しでも、確率を上げなきゃいけなかったのよ!それが悪いの!?」
いきり立つキャロラインに、ゴルデルゼは白い目だ。
「誰彼かまわず言い寄っていたら、誰ともうまくいく訳がないでしょう。そもそも、あれは“if”の、平行世界の可能性を見せるものなのよ?同時進行なんて、できる訳がないわ」
「なんで。そんなの、どこにも……」
「わたくしがどのルートでも攻略対象の婚約者として立ちはだかる時点でわかるでしょう?王太子に、次期宰相に、次期大魔導師に、次期騎士団長……四人全員がわたくしの現在の婚約者だなんて、あると思って?」
「お、王太子を攻略してる時だって、何もしなかったくせに!そうよ、シナリオを目茶苦茶にしたのはあんたじゃない!!あんたがちゃんと悪役令嬢しないからーー!!」
「関係ないわ。わたくしが悪役令嬢なんて、こじつけだもの」
……ぴたん、と、どこかで水滴の落ちる音がした。
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