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第一章 始まり
1話 王国軍
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ここはヴェルダン王国。北側は深い森、西側には海。国の中央に位置する王都は湖に面し、その周囲には沢山の河川がある豊かな国である。その歴史は長く、千年にも渡ってヴェルダン王家が統治してきた。
そんなヴェルダン王国を守る力として、王国には王の私的な騎士である白騎士団、国を守護する王国軍の2つが存在する。
王国軍は7つの師団に分けられる。王族を守護する第1師団、王都を守護する第2師団、東西南北各関所をそれぞれ担当する第3師団から第6師団、諜報などを担当する第7師団だ。
一方で、各領地を治める貴族たちも自衛のために兵をもっており、王国軍は各貴族領地内については基本的に干渉できないことになっている。
王都ヌルウェルダン。別名、湖の都と呼ばれている。城と城下町の間には大きな正門があり、正門から城内への長い道のりの間に、各師団の詰所や寮等の施設がある。徒歩で城へ向かうには少し遠い距離のため、真っ直ぐ城内へと向かうならば馬車を使うのが普通だ。
広い敷地内を歩いているのは、シアリィルド・ヴァル・フォン・ファルシース。肩にかからない程度の長さがある藍色の髪を揺らしながら、師団の詰所へと向かっていた。
王国軍の制服は師団ごとに違う。第1師団に所属しているシアリィルドは、濃紅色の制服だ。金糸が刺繍されている上着の胸元には徽章が留められ、腰には王国軍標準装備の長剣と、愛用の剣を携えている。普段は膝丈ほどのロングコートを着用し、帯剣している様を隠すようにしていた。敷地内の奥にある回廊にいる侍女らがその姿を認めると、手を止め姿を視線で追う。気付きつつもシアリィルドは気に留めることもなく、足を動かしていた。詰所の前には衛兵たち二人が立っている。シアリィルドを見ると、背筋を伸ばした。
「ご苦労様です、ファルシース隊長」
「お疲れ様です」
「あぁ、ありがとう」
彼らは騎士団や王国軍の見習いに位置する衛兵たちで、各師団の雑用や門などの警備が主な仕事だ。年齢はシアリィルドと大して変わりはないが、立場は違うものである。
二人を労わるように言葉をかけ、シアリィルドは中へと入っていった。
向かう先は、専用の執務室。第1師団の中において部隊長という地位にあるので、詰所にも部屋が用意されているのだ。鍵を開けて室内に入れば、そこには既に先客がいた。
眼鏡をかけた美丈夫。シアリィルドよりも長身であり、漆黒の長髪を首の後ろで束ねている。もう少し身長が低かったならば、後ろ姿を見ただけでは男性とは思わないだろう。
「お疲れ様です、隊長」
「ケイオス、もう戻ってきたんですか?」
「えぇ。いつもの戯言を聞いてきただけですから」
「・・・そうですか」
「本当に・・・頭の固い人たちを相手にするだけで疲れます」
心底嫌そうに眉を寄せるケイオス。彼は、ケイオス・フォン・ブルネーシア。伯爵家の出身だが、庶子であるため長子であるにも関わらず跡目を継がないことを公言しており、一部隊ではあるが副長として軍の第1師団に所属していた。シアリィルドの兄とは学友だったため、どこかシアリィルドを弟のようにみている節がある。公爵家次男ということで跡目を継がないシアリィルドは、部下という立場だけでなく似た境遇のケイオスを兄の友人として接していた。
シアリィルドは苦笑しながら執務机の席につく。
「そちらはどうでしたか?」
「・・・私の方はいつも通りです。ただ、最近王都の外、西の森が騒がしいというのがあがってましたね」
「西、ですか・・・今は様子見ですか?」
「第四が動いているので、後は彼らの報告待ちです」
部隊長のシアリィルドは、月一で開かれる会議に参加していた。各団からもたらされる情報の共有が主な目的だ。ここ最近は、不穏な報告が多い。だが、王都を守る第2からは特に異変は報告されていない。王都の外で報告が増えているということは、王都内でも何かがあってもおかしくないだろう。そういう意味で忠告は受けてきた。
とはいえ、王族を守るシアリィルドらの隊が現状でできることはない。
「ならば、我らはどうします?」
「・・・特に変更はありません。ただ、警戒だけはしておきますが、それは私たちの方で十分でしょうから」
「わかりました」
そうして一息つくと、ケイオスは黙って紅茶を入れてくれた。年上ながら、こうした気遣いができるのがケイオスだ。一歩引いた位置にいる。そこには、庶子であった境遇も関係しているのだろう。
休憩を兼ねて少し喉を潤す。時間を確認すればすでに時間は午後に差し掛かっている。
「・・・はぁ、あとはこっち、か」
「本日は殿下の元へは行かれないのですか?」
「これらを始末してから、になりますね。夕刻には向かうと伝えておいてもらえますか?」
「・・・わかりました。では、私はこれで」
ケイオスが騎士礼をして、そのまま出ていくのを見送ると、シアリィルドは机の上に視線を移す。
机の上には手紙が何通か置かれていた。手に取れば、実家からのものや他の貴族家からのものもある。重たい気分になりながらも手紙を避けると、積もっていた書類を手に取った。
雑用が多いが、これでも一部隊を預かる立場だ。物品などの経費のまとめ、団員らの鍛錬メニューから支給品のリスト作成。一つ一つを片付け、最後に今月の護衛任務を確認する。
王族の守護を司っている師団だ。シアリィルドが預かっているのは一部隊とはいえ、人数は少なくない。他の師団より部隊長の権限は大きいと言える。それらを統括するのもシアリィルドの仕事だった。
「西か・・・」
森の方が騒がしいという言い方をしたが、それはすなわち魔物が増えてきているということに外ならない。これまでも何度か魔物の増殖や異変はあった。そのため、度々師団が討伐に向かっている。今回のも今までと同じような許容範囲内での出来事なのか、それとも想定外の異常であるのか。それはまだわからない。報告は来週にでも行われる。本来なら月一で開かれる軍長会議だが、臨時として事態が収拾するまでは週一で行うことになっていた。会議の場には、王国軍総司令官と白騎士団長も同席する。
「何事もなければいいが・・・」
そんなヴェルダン王国を守る力として、王国には王の私的な騎士である白騎士団、国を守護する王国軍の2つが存在する。
王国軍は7つの師団に分けられる。王族を守護する第1師団、王都を守護する第2師団、東西南北各関所をそれぞれ担当する第3師団から第6師団、諜報などを担当する第7師団だ。
一方で、各領地を治める貴族たちも自衛のために兵をもっており、王国軍は各貴族領地内については基本的に干渉できないことになっている。
王都ヌルウェルダン。別名、湖の都と呼ばれている。城と城下町の間には大きな正門があり、正門から城内への長い道のりの間に、各師団の詰所や寮等の施設がある。徒歩で城へ向かうには少し遠い距離のため、真っ直ぐ城内へと向かうならば馬車を使うのが普通だ。
広い敷地内を歩いているのは、シアリィルド・ヴァル・フォン・ファルシース。肩にかからない程度の長さがある藍色の髪を揺らしながら、師団の詰所へと向かっていた。
王国軍の制服は師団ごとに違う。第1師団に所属しているシアリィルドは、濃紅色の制服だ。金糸が刺繍されている上着の胸元には徽章が留められ、腰には王国軍標準装備の長剣と、愛用の剣を携えている。普段は膝丈ほどのロングコートを着用し、帯剣している様を隠すようにしていた。敷地内の奥にある回廊にいる侍女らがその姿を認めると、手を止め姿を視線で追う。気付きつつもシアリィルドは気に留めることもなく、足を動かしていた。詰所の前には衛兵たち二人が立っている。シアリィルドを見ると、背筋を伸ばした。
「ご苦労様です、ファルシース隊長」
「お疲れ様です」
「あぁ、ありがとう」
彼らは騎士団や王国軍の見習いに位置する衛兵たちで、各師団の雑用や門などの警備が主な仕事だ。年齢はシアリィルドと大して変わりはないが、立場は違うものである。
二人を労わるように言葉をかけ、シアリィルドは中へと入っていった。
向かう先は、専用の執務室。第1師団の中において部隊長という地位にあるので、詰所にも部屋が用意されているのだ。鍵を開けて室内に入れば、そこには既に先客がいた。
眼鏡をかけた美丈夫。シアリィルドよりも長身であり、漆黒の長髪を首の後ろで束ねている。もう少し身長が低かったならば、後ろ姿を見ただけでは男性とは思わないだろう。
「お疲れ様です、隊長」
「ケイオス、もう戻ってきたんですか?」
「えぇ。いつもの戯言を聞いてきただけですから」
「・・・そうですか」
「本当に・・・頭の固い人たちを相手にするだけで疲れます」
心底嫌そうに眉を寄せるケイオス。彼は、ケイオス・フォン・ブルネーシア。伯爵家の出身だが、庶子であるため長子であるにも関わらず跡目を継がないことを公言しており、一部隊ではあるが副長として軍の第1師団に所属していた。シアリィルドの兄とは学友だったため、どこかシアリィルドを弟のようにみている節がある。公爵家次男ということで跡目を継がないシアリィルドは、部下という立場だけでなく似た境遇のケイオスを兄の友人として接していた。
シアリィルドは苦笑しながら執務机の席につく。
「そちらはどうでしたか?」
「・・・私の方はいつも通りです。ただ、最近王都の外、西の森が騒がしいというのがあがってましたね」
「西、ですか・・・今は様子見ですか?」
「第四が動いているので、後は彼らの報告待ちです」
部隊長のシアリィルドは、月一で開かれる会議に参加していた。各団からもたらされる情報の共有が主な目的だ。ここ最近は、不穏な報告が多い。だが、王都を守る第2からは特に異変は報告されていない。王都の外で報告が増えているということは、王都内でも何かがあってもおかしくないだろう。そういう意味で忠告は受けてきた。
とはいえ、王族を守るシアリィルドらの隊が現状でできることはない。
「ならば、我らはどうします?」
「・・・特に変更はありません。ただ、警戒だけはしておきますが、それは私たちの方で十分でしょうから」
「わかりました」
そうして一息つくと、ケイオスは黙って紅茶を入れてくれた。年上ながら、こうした気遣いができるのがケイオスだ。一歩引いた位置にいる。そこには、庶子であった境遇も関係しているのだろう。
休憩を兼ねて少し喉を潤す。時間を確認すればすでに時間は午後に差し掛かっている。
「・・・はぁ、あとはこっち、か」
「本日は殿下の元へは行かれないのですか?」
「これらを始末してから、になりますね。夕刻には向かうと伝えておいてもらえますか?」
「・・・わかりました。では、私はこれで」
ケイオスが騎士礼をして、そのまま出ていくのを見送ると、シアリィルドは机の上に視線を移す。
机の上には手紙が何通か置かれていた。手に取れば、実家からのものや他の貴族家からのものもある。重たい気分になりながらも手紙を避けると、積もっていた書類を手に取った。
雑用が多いが、これでも一部隊を預かる立場だ。物品などの経費のまとめ、団員らの鍛錬メニューから支給品のリスト作成。一つ一つを片付け、最後に今月の護衛任務を確認する。
王族の守護を司っている師団だ。シアリィルドが預かっているのは一部隊とはいえ、人数は少なくない。他の師団より部隊長の権限は大きいと言える。それらを統括するのもシアリィルドの仕事だった。
「西か・・・」
森の方が騒がしいという言い方をしたが、それはすなわち魔物が増えてきているということに外ならない。これまでも何度か魔物の増殖や異変はあった。そのため、度々師団が討伐に向かっている。今回のも今までと同じような許容範囲内での出来事なのか、それとも想定外の異常であるのか。それはまだわからない。報告は来週にでも行われる。本来なら月一で開かれる軍長会議だが、臨時として事態が収拾するまでは週一で行うことになっていた。会議の場には、王国軍総司令官と白騎士団長も同席する。
「何事もなければいいが・・・」
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