樹くんの甘い受難の日々

生梅

文字の大きさ
上 下
72 / 103
第二章

70.その優しさは当たり前じゃない

しおりを挟む
「獅子尾、これってどうやんの?」
「あぁ。これか?これはな…」

実行委員会もこれで6回目。最初は無表情で無愛想なデカイ獅子尾とも気づけば気安く話せる仲になっていた。慣れればすげぇイイヤツで、しかも心配りがダントツに素晴らしいという事も分かった。

相変わらず朱雀に甲斐甲斐しく世話をしていて、傍から見ていると姫様と使用人のように見える。でも仕方なしにやっている訳でも朱雀がやらせている訳でもなく、どちらかと言えば自ら率先して世話を焼いているらしかった。

実行委員の仕事と部活で更に忙しくなった勝に、最近家の事情と塾も重なって忙しくなった志木、委員長としての仕事が多分にある雅樹。
俺らは全然一緒にいられる時間がなくて、ここ数週間とんとエロイ事をしてない。

最初は疼いて仕方がなかった体も、委員の仕事と塾、雅樹たちのスパルタカリキュラムも重なって毎日ヘトヘトで不思議なくらいに落ち着いた。

「俺には疲れマラとやらはないのだろうか。それとも悟りを開いたのだろうか」
「お兄ちゃん…マジで何いってんの」

無意識に口に出ていたらしく、横にいたゆりにドン引きされた。

「俺は17年生きてきてこんなにハードスケジュールをこなしたことはない!俺は絶対に商社には就職しないぞ。あと、マスメディア系。俺はのんびり働くのが合っていると今、痛感している」
「なにバカな事いってんの。男ならもっと貪欲に生きなきゃ!」
「だってよー…喜びがないんだよー。ご褒美がないと俺はやってられないー」
「王子たちにもらえば?」
「あいつらはあいつらで俺以上に忙しいんだよ。ご褒美ちょうだいとか言ったらぶっ飛ばされるわ」
「そうかなぁ。喜びそうだけど。聖上とのイベントはうまくいってるの?」
「あぁ。今んところは、委員長たちと向こうの委員長補佐が優秀なおかげで滞りなく順調に進んでるよ。向こうは男子校だから共学のうちとやれるのがすげぇ嬉しいみたいだぜ。学校中がそわそわしてるって言ってた」
「そうなの?…うちの学校の肉食女子にお坊ちゃんたちが食い散らかされなければいいけど」
「こぇぇ事いうなよ。今回成功したら、2回目も可能性としてはあるんだから変にトラブルを起さないで欲しい」
「そこはあれよ。王子に次回のためにも「協力してね♡」って声明を出してもらえばいいんだよ。飴を存分に使わないと」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
「ところで———お兄ちゃん、ちょっと艶感衰えた?」
「艶感てなんだ??」
「なんていうか、全体的にくすんでる!!!お兄ちゃんにはいつでも艶ややかでいてもらわないとっ!!さぁさぁ、勉強おわったんならもう寝て!」
「な、なんだよ」

ぐいぐい背中を押されてリビングから追い出された。

「本当は、王子たちにたっぷり愛してもらうのが手っ取り早いんだけど、今は無理そうだしね…」
「なんか言ったか?」
「なんもー。さぁ!睡眠不足はお肌の大敵よ!ついでに脳みそにも!!」
「脳みそがついでってなんだよ」
「おやすみ!」

そう言って、リビングの扉を閉めてしまった。



「…寝れぬ」

寝返りを打つとギシリとスプリングが軋んだ。
ここにきて、一気にエロい事が一切なくなったなぁと思い当たる。先月までは乱れに乱れた性事情だったのにな…。オナニーでもしてみようかと思って、ごそごそと己のジュニアを取り出して擦ってみるも、全然反応せずへにゃりとしたまま。
エロい事を想像してもいまいち乗り切れない。
ふと、脳裏によぎったのは雅樹と朱雀の後ろ姿。

「…?」

なんで、今、胸がズンって重くなったんだろう。

「なんか、息が苦しい…」

胸が痛くて苦しくて、思わずシャツの胸元をぎゅうと握った。搔きむしりたくなるような、チクチクとズキズキとした痛みが絶え間なく襲う。

「そういえば、雅樹とはキスすらしてない…」

忙しくてあまり親密に会えるような瞬間がないんだから当然なのは分かってるのに、今はその事実ですら納得できないというか、心をざわめかせて落ち着かなくさせた。
帰りは必ず朱雀と一緒だし、俺のこと全然見てくれないし。

「今までは見るなつっても穴が開きそうなほど見てたくせに」

そう、口に出したら鼻の奥がツンと痛くなって涙が出てきた。
違う。実際は、教室ではいつも通りなんだ。だから気づかなかったんだ。

———朱雀と一緒にいる時だけ、俺を全然見てくれない事に。


◇◇◇◇◇◇


「うっわ!どうした樹ちゃん」

教室に入って志木と目があった瞬間に驚いた顔でそう言って俺の傍まで来て俺の顔を両手で包み込んで顔を覗き込んできた。

「なんでもない…」
「その顔でなんでもないってあり得ないでしょ」
「なんでもないんだってば!」
「樹ちゃん…」
「ご、ごめん。本当に何でもないから大丈夫だから」
「そう?なにか言いたくなったらいつでも頼ってね?」
「うん。ありがとう」

八つ当たりした俺に、優しく親指で目元を擦ってくれる。優しさが染みて、じわっと目元が潤んだ事に、それに気づいてるはずなのに何も言わず髪を手で優しく梳きながら見つめてくれた。あぁ、こういうのって当たり前じゃないんだ。
こういう親密な優しさって、本当はすごくすごく貴重で大切なものだったんだ。

「志木、いつもありがとうな」
「どういたしまして。でも、俺こそいつもありがとう」
「へへっ。改めて言うとなんか照れるな」
「ふふ。そうだね」

「ちょっと。朝っぱらから出入り口でイチャつかないでくれない?」
「お。おはよう篠田」
「…おはよ」

俺は扉に背を向けていたから雅樹の顔を見ずにすんだ。不意打ちで雅樹の声を聞いたから軽く肩が跳ねてしまって、それに気づいた志木が軽く目を眇めたけど自然に胸元に抱き寄せ、俺の表情を隠して雅樹が通れるスペースを作った。

「樹、おはよう」
「おはよう…」

志木の胸に顔を押し付けてくぐもった声のまま挨拶を返す。表情をいつも通りにする為に意識的に息を整えた。

「樹?いつまでも志木に引っ付いてないで顔みせて?」

雅樹に呼ばれて渋々、志木の胸から顔を轢き剥がして顔を向けた。

「やっと顔みせてくれた。おはよう、樹。今日も可愛いね」
「っ…!さっき挨拶したじゃん。可愛いって言われても嬉しくねぇ」
「そんなつれないこと言わないでよ」

なるべくいつも通りになるように言葉を返す。うまく、表情作れてるかな。笑えてるかな。雅樹への複雑な気持ちを考えないように頭から無理やり追い出して会話を続けた。席に戻った時にはぐったりと疲れてしまった。

(そうだ、今日は委員会だった……)

今更どうしようもないけど、安直に委員を受けた事を心から後悔した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

結婚10年目で今更旦那に惚れたので国出したら何故か他国の王太子に求婚された件。~星の夢2~

愛早さくら
BL
結婚して10年……初めは好きではなかったはずの旦那に今さら惚れてしまっていたたまれなくなってきたので、子供たちも大きくなってきたことだしと、俺は留学する長女(養子)に護衛として着いていって……――つまり国出することにした。もちろん、旦那には内緒で! 主人公のティアリィが、今更な恋心耐えきれなくなってきた頃、養子にした長女のピオラが嫁ぐ予定の国へと留学することになった。 心配でもあるしちょうどいいと旦那に内緒で護衛に扮して着いていくことにして……――何故か年甲斐もなく学生生活を送る羽目に! その上、他国人でありながら国を揺るがす陰謀に巻き込まれていって?! 果たしてティアリィは無事に旦那の元へ帰れるのか? また、ピオラの婚姻は? ・過去作「婚約破棄された婚約者を妹に譲ったら何故か幼なじみの皇太子に溺愛されることになったのだが。」及び「悪役令息?だったらしい初恋の幼なじみをせっかく絡めとったのに何故か殺しかけてしまった僕の話。」の10年後の話です。※この2本は視点が違うだけで同じお話。 ・上記2本と違い、今回は視点がころころ変わる予定です。 ・本文も一人称と三人称が混在するかも。 ・他国に嫁ぐ前提で嫁ぎ先の国へ留学するピオラに黙って無許可に着いていったティアリィが他国で無双する話。になる予定。 ・もちろん殿下に了承なんて得てない。 ・何故かピオラの婚約者予定の留学先の王太子に惚れられる。 ・男性妊娠も可能な魔力とか魔術とか魔法とかがある世界です。 ・主人公のティアリィは養子含めて5人の子持ち。 ・相変わらずのありがちな異世界学園悪役令嬢婚約破棄モノ(?)になります。 ・微ざまぁ的な展開も無くはないですが、そこまで心底悪い悪人なんて出てこない平和な世界で固定CP、モブレ等の痛い展開もほとんどない、頭の中お花畑、ご都合主義万歳☆なハッピーハッピー☆☆☆で、ハピエン確定のお話なので安心してお楽しみください。 ・プロポーズしてくる王太子は当て馬で旦那とは別れません、固定CPです。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

夢だと思ってたよ・・・・・

ぴよ
BL
夢だと思っていたら、実は転生していたアーシェ 超絶美形の家族に溺愛され成長していく。 ・・・溺愛っぷり、何かおかしくないですかね? この世界も何でしょうか? ってか自分、養子の上、どー見てもモブだよね。 実は乙女ゲームの世界で、スチルの片隅の通行人モブ?そんなの気付かないよ!

乙女ゲームの攻略対象者から悪役令息堕ちポジの俺は、魂の番と幸せになります

生梅
BL
前世ヤリチンの俺が転生したのはハマっていた乙女ゲームの世界だった。 記憶を取り戻す前の俺は1周目で最推しにサックリ斬られて殺された。 2周目で魂の番と出会って、乙女ゲームのシナリオから外れて番と共に幸せになる事をモットーに 日々精進するも、幼き頃に生き別れた番はヒロインの傍に侍っていた……! しかも互いに「初恋の君」として。 遠くから幸せを願う———なんてそんなの無理! 「ねぇ、俺だよ!俺!君の運命は俺だってばーー!」 つれない番を相手に日々奮闘する悪役令息の運命やいかに。 ※濡れ場はガッツリめですが、中盤以降になる予定

処理中です...