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13.神が慈悲深いなんぞ、幻想である
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機嫌よく歩いている朱雀様と香蘭を見送っているとふいにまた圧がかかりはじめた。
心なしか空気が熱い。会場にいる人間も急変に動揺しているのが分かる。
「な、なにか粗相がございましたか?!」
真っ青な顔をしたクソ親父が朱雀様に必死の形相で尋ねた。
「異分子が混ざっているな……そこか?」
指をツイ、とこちらへ向けたと同時に柵がぐにゃりと曲がり、
俺の周りの躑躅の防御壁が左右にザッと開いて俺が丸見えになった。
それと同時に俺の周りの空気の圧が強くなる。
上からずしんと伸し掛かるようにきて、その場から逃走しようにも出来ない。
「はっ、はっ………」
肺を潰されそうな圧力に呼吸が乱れて身体は地面にめり込むんじゃないかってくらい押さえつけられてピクリとも動けない。耳がキィンとなって音が遠ざかっていく中、香蘭の悲鳴が聞こえた。
やべ、このままじゃ翡翠の身体が壊れちまう。2人とも殺されちまう。
そう観念せざるを得ないと思い始めた時、突然ふと圧力も熱風もぴたりと止んだ。
それでも全身が地面に縫いつけられたように動けない。
これは、凄まじい圧力トレーニングを受けた後のような状態じゃなかろうか。
未だ呼吸は整わないけど、ちゃんと規定量の空気が肺に入ってきて安心する。
あーーー空気がうまい。
気が付くと、目の前に朱雀様の足が見えて、頑張って目線を上げると、その腕には相変わらず香蘭が抱っこされているものの、可愛い香蘭の顔が涙でぐしゃぐしゃになっているのが見えた。
「我が花嫁の心が激しく乱れたために止めたが、お前は何故、ここにいる」
「ハッ、ハッ……」
「答えないのか」
いや、そうじゃなくって、テメェのせいで答えたくても答えらんねぇんだよ!
必死に呼吸を整えて答えようとしていた矢先、一番聞きたくもない悲鳴交じりの怒号が聞こえてきてガツンとした衝撃に視界がぶれた。
「お前は!!出来損ないのうえに邪魔ばかりしおって!!!なぜ、ここにいる?」
「う、ぐっ……!」
頭を固いもので殴られて、背中に足が乗っかり体重をかけてぐりぐりと踏みつけられる。
鬼ばばぁ、てめぇもいたんかい。恐らく末席だった故に気づけなかったんだな。
ますます話せなくなった俺に構わず、半狂乱の鬼ばばぁは「朱雀様の質問に答えよ!」
と言いながら背中を踏みつけ続ける。
いやだから、答えらんねぇってば!
「やめて!やめて!」という涙声の香蘭の悲鳴が響き渡り、地獄絵図のようだ。
「貴様ぁ!」という激昂した声と共に、腹に衝撃が走ってゲェと嘔吐した。
どうやら、腹を蹴りつけたのはクソ親父のようだった。
ますます話すどころじゃねぇと遠のきそうになる意識の中、思考だけは妙に冷静だった。
「朱雀様!これは香蘭の異母兄弟でありまして!身の程知らずにも結納の儀を覗きに来たと思われます。
この無礼は、このものの命をもって償いを———」
「いやぁぁああああ!!!!!」
親父の声と、香蘭の絶叫が響き、俺の上に優しく覆いかぶさる暖かいなにかを感じたと思ったらすぐ近くで「恐れながら」と聞いた事のある声が聞こえてきた。
「なんだ、申してみよ」
その声の主の突然の乱入に、親父が怒鳴って𠮟りつけようとしたが朱雀様が許可を与えた事で黙った。
「許可、ありがとうございます———翡翠様は、大切な妹君である香蘭様の晴れの舞台を、
遠目から一目でもお祝いをしたいと言っておりました。
また、香蘭様たってのお願いであったとも聞いております」
「ふん、そうか。———そうなのか?我が花嫁よ」
「そうです!私が!私が我儘を言って無理なお願いをしたばっかりに翡翠が死にかけてる!!!
翡翠、ごめんなさい、ごめんなさい!降ろして!降ろしてください!!!」
さっき別れたばかりの兄さんに覆いかぶされて顔を上げられないから見れないけど、香蘭が暴れているのが分かる。
「降ろす?なぜ?」
「翡翠の側に行きたいのです!!!行って、謝りたいのです!!!」
「香蘭!そんな事はせんでいい!!!」
親父が叱りつけるように言うが香蘭は聞かず、暴れながら降ろしてと叫んでいる。
神ってぇのは慈悲深いだけの存在じゃないってのは前世の記憶で知識として知っている。
もっとも、前世で神は実在するものじゃなかったが。
神というと慈悲深く、万人に優しいと思われがちだが古今東西色んな神がいて中には人間の物差しでは測れない思考回路をしていて、自分の興味範囲外には冷徹という神もいた。
慈悲で加護を与えるのではなく、供物の対価に与えるというもので、人間が考える都合の良い存在ではなかった。
荒神ってのもいたし、神様は一筋縄ではいかない存在だ。
恐らく、この世界に実在する神はそれなのだろう。
故に、自身の花嫁以外には冷徹で慈悲がない。
だから目の前で幼子が寄ってたかってボコられようと気にしない。
死んだとしても、その事実だけを認識するだけだ。
くそぅ、悔しいぞ。ミジンコにはミジンコの気持ちがあるんだい!!
「うえぇぇーーーん!!朱雀様大っっ嫌いぃぃぃ!!!!」
「なっ!香蘭、お前なんてことを!!!」
お兄さんは息をのみ、そここで阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
神の声は一切聞こえてこないが熱風が吹き荒れ、また圧がその場にかかり始めたのが分かった。
「降ろして!朱雀様、”それ”やめてください!!!」
香蘭の強い声が聞こえて、それはぴたりと止んだ。
トン!と地面に軽い衝撃があった直後、ふわりと香蘭の着物に焚きしめている香が漂ってきた。
「ひすぃぃいい~~~!ごめんなさぁぁああーーい!」
いつの間にか俺の上から兄さんの気配は消えて、代わりに香蘭の体温が俺にひっしと縋りついてきた。
「わたしがっ!わたしが我儘をいったからぁぁ!!ひすいがぁぁ!!ごめんなさいぃぃ!死なないでぇぇえええ!!」
「げっほ、死なないよ。殺さないでよ」
顔を上げて思わず笑っていうと、香蘭は俺を見てまた表情をぐしゃりと歪めて俺に抱き着いてきた。
嬉しいけど、俺、いま、満身創痍なんだよね……兄ちゃんは体が痛いし首が締まって苦しいよ。
心なしか空気が熱い。会場にいる人間も急変に動揺しているのが分かる。
「な、なにか粗相がございましたか?!」
真っ青な顔をしたクソ親父が朱雀様に必死の形相で尋ねた。
「異分子が混ざっているな……そこか?」
指をツイ、とこちらへ向けたと同時に柵がぐにゃりと曲がり、
俺の周りの躑躅の防御壁が左右にザッと開いて俺が丸見えになった。
それと同時に俺の周りの空気の圧が強くなる。
上からずしんと伸し掛かるようにきて、その場から逃走しようにも出来ない。
「はっ、はっ………」
肺を潰されそうな圧力に呼吸が乱れて身体は地面にめり込むんじゃないかってくらい押さえつけられてピクリとも動けない。耳がキィンとなって音が遠ざかっていく中、香蘭の悲鳴が聞こえた。
やべ、このままじゃ翡翠の身体が壊れちまう。2人とも殺されちまう。
そう観念せざるを得ないと思い始めた時、突然ふと圧力も熱風もぴたりと止んだ。
それでも全身が地面に縫いつけられたように動けない。
これは、凄まじい圧力トレーニングを受けた後のような状態じゃなかろうか。
未だ呼吸は整わないけど、ちゃんと規定量の空気が肺に入ってきて安心する。
あーーー空気がうまい。
気が付くと、目の前に朱雀様の足が見えて、頑張って目線を上げると、その腕には相変わらず香蘭が抱っこされているものの、可愛い香蘭の顔が涙でぐしゃぐしゃになっているのが見えた。
「我が花嫁の心が激しく乱れたために止めたが、お前は何故、ここにいる」
「ハッ、ハッ……」
「答えないのか」
いや、そうじゃなくって、テメェのせいで答えたくても答えらんねぇんだよ!
必死に呼吸を整えて答えようとしていた矢先、一番聞きたくもない悲鳴交じりの怒号が聞こえてきてガツンとした衝撃に視界がぶれた。
「お前は!!出来損ないのうえに邪魔ばかりしおって!!!なぜ、ここにいる?」
「う、ぐっ……!」
頭を固いもので殴られて、背中に足が乗っかり体重をかけてぐりぐりと踏みつけられる。
鬼ばばぁ、てめぇもいたんかい。恐らく末席だった故に気づけなかったんだな。
ますます話せなくなった俺に構わず、半狂乱の鬼ばばぁは「朱雀様の質問に答えよ!」
と言いながら背中を踏みつけ続ける。
いやだから、答えらんねぇってば!
「やめて!やめて!」という涙声の香蘭の悲鳴が響き渡り、地獄絵図のようだ。
「貴様ぁ!」という激昂した声と共に、腹に衝撃が走ってゲェと嘔吐した。
どうやら、腹を蹴りつけたのはクソ親父のようだった。
ますます話すどころじゃねぇと遠のきそうになる意識の中、思考だけは妙に冷静だった。
「朱雀様!これは香蘭の異母兄弟でありまして!身の程知らずにも結納の儀を覗きに来たと思われます。
この無礼は、このものの命をもって償いを———」
「いやぁぁああああ!!!!!」
親父の声と、香蘭の絶叫が響き、俺の上に優しく覆いかぶさる暖かいなにかを感じたと思ったらすぐ近くで「恐れながら」と聞いた事のある声が聞こえてきた。
「なんだ、申してみよ」
その声の主の突然の乱入に、親父が怒鳴って𠮟りつけようとしたが朱雀様が許可を与えた事で黙った。
「許可、ありがとうございます———翡翠様は、大切な妹君である香蘭様の晴れの舞台を、
遠目から一目でもお祝いをしたいと言っておりました。
また、香蘭様たってのお願いであったとも聞いております」
「ふん、そうか。———そうなのか?我が花嫁よ」
「そうです!私が!私が我儘を言って無理なお願いをしたばっかりに翡翠が死にかけてる!!!
翡翠、ごめんなさい、ごめんなさい!降ろして!降ろしてください!!!」
さっき別れたばかりの兄さんに覆いかぶされて顔を上げられないから見れないけど、香蘭が暴れているのが分かる。
「降ろす?なぜ?」
「翡翠の側に行きたいのです!!!行って、謝りたいのです!!!」
「香蘭!そんな事はせんでいい!!!」
親父が叱りつけるように言うが香蘭は聞かず、暴れながら降ろしてと叫んでいる。
神ってぇのは慈悲深いだけの存在じゃないってのは前世の記憶で知識として知っている。
もっとも、前世で神は実在するものじゃなかったが。
神というと慈悲深く、万人に優しいと思われがちだが古今東西色んな神がいて中には人間の物差しでは測れない思考回路をしていて、自分の興味範囲外には冷徹という神もいた。
慈悲で加護を与えるのではなく、供物の対価に与えるというもので、人間が考える都合の良い存在ではなかった。
荒神ってのもいたし、神様は一筋縄ではいかない存在だ。
恐らく、この世界に実在する神はそれなのだろう。
故に、自身の花嫁以外には冷徹で慈悲がない。
だから目の前で幼子が寄ってたかってボコられようと気にしない。
死んだとしても、その事実だけを認識するだけだ。
くそぅ、悔しいぞ。ミジンコにはミジンコの気持ちがあるんだい!!
「うえぇぇーーーん!!朱雀様大っっ嫌いぃぃぃ!!!!」
「なっ!香蘭、お前なんてことを!!!」
お兄さんは息をのみ、そここで阿鼻叫喚の悲鳴が上がる。
神の声は一切聞こえてこないが熱風が吹き荒れ、また圧がその場にかかり始めたのが分かった。
「降ろして!朱雀様、”それ”やめてください!!!」
香蘭の強い声が聞こえて、それはぴたりと止んだ。
トン!と地面に軽い衝撃があった直後、ふわりと香蘭の着物に焚きしめている香が漂ってきた。
「ひすぃぃいい~~~!ごめんなさぁぁああーーい!」
いつの間にか俺の上から兄さんの気配は消えて、代わりに香蘭の体温が俺にひっしと縋りついてきた。
「わたしがっ!わたしが我儘をいったからぁぁ!!ひすいがぁぁ!!ごめんなさいぃぃ!死なないでぇぇえええ!!」
「げっほ、死なないよ。殺さないでよ」
顔を上げて思わず笑っていうと、香蘭は俺を見てまた表情をぐしゃりと歪めて俺に抱き着いてきた。
嬉しいけど、俺、いま、満身創痍なんだよね……兄ちゃんは体が痛いし首が締まって苦しいよ。
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