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8.父親(クソ野郎)

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「———様、———様、翡翠さま!」
「はっ——!げほっ!ケホケホ」

激しく揺さぶられて目が覚めた。喉がかひゅっと音がして一気に息が入り込んできて咽る。

「はっ、はぁはぁ…あの…?けほっ」
「翡翠様、具合の悪い所はございませんか?今、息をしてらっしゃらなかったのです」
「ほぇ?けほっ」
「あぁ、お水を。すみません、慌てて気が回りませんで」
「うぅん…ありがとう」

まだ掠れて張り付く喉に、水がするりと入り込んでやっと人心地ついた。
どうやら寝ている間に息が止まっていたようだ。
心臓がドクドクともの凄い音を立てて動いているのが伝わってくる。あぁ、俺、生きてる。
いつもは鉄扉面の女中の顔が青い。かなり焦ったんだろうな。

「ごめんなさい……」
「え?」

何となく申し訳なくなって謝る。

「……翡翠様が謝るような事はございませんよ。お水はもうよろしいですか?さぁ、もう少し寝てください。
私はお側に控えておりますから」
「うん……ありがとう」
「………」

すげぇ視線を感じるなか眠れるだろうかと心配したが、
敵意のないその視線に見守られながら目を閉じてしばらくするとすとんと夢の中に落ちていった。



「———、———」

誰だろう?俺の名前らしきものを呼ぶ声が聞こえる。
どこかで聞いた事があるその声に耳をすますと、ふわりと甘い匂いが漂ってきた。
花のような、新緑のような、複雑なのに甘く優しい香り。嗅いでいると涙が出てきそうになる。
そうだ、俺はこの匂いの持ち主に会わないといけないのに。
なのに、どうしても辿り着けない。

ちりちりと身体の奥があぶられるように熱くなった。

不思議と殺される時に感じた恐怖、怒り、痛みが癒されていくのを感じる。
ふわっと柔らかく全身を包み込まれたのが分かった。大事に、大事に抱きこまれている。
前世を通してこんな風に大切に扱われた事なんてなくて、苦しくて嬉しくて感情をどう扱っていいのか分からない。

「———、もうしばらく我慢しておくれ。必ず、かならずお前を———」

目を覚ますと目の周りとこめかみがかぴかぴしていた。
寝返りと打つと枕が湿っていて、どうやら自分が寝ながら泣いていたようだと気づく。
いつの間にか部屋には誰もいなくて、でも寝室を出た隣の部屋では気配がする。
おそらく、女中の誰かだろう。いつの間にか、人が近くにいる事が当たり前になっていた。
そろそろ、自分から母親の事を尋ねるべきだろうか。
そんな事を考えていたある日、父親に呼び出された。


以前、遠くから一目見たくらいしか接点のない父親。
大柄で着物が似合う、鋭い目つきのなかなかの美丈夫だ。
クソばばぁが地位の損得勘定もあれど、惚れるのも分かる。
こいつが俺の父親か、ふーんなんて思いながら見ていると、
じろりとこちらを睥睨したあと「ふん」と鼻を鳴らした。

「お前は、玄武・蛇ノ目の分家に嫁ぐことになった」
「———は?」
「オシルシ持ちでもなく、オメガでもない。かといって鳳家家督を継ぐ資格もない。
分家だが本家筋に近いんだ。破格だろう。せいぜい、精進しろよ」
「え?は?へ??」

いきなり言われて頭が真っ白になる。え?ちょっと待って?
今「嫁ぐ」って言ったか?このクソじじぃ。

「えーと、あの、ぼく、べーたですけど」

もう用は終わったとばかりに背を向けていた男が振り返りこう言った。

「そうだ。だから、破格だろうと言ったんだ」

つーか、こいつ説明する気もねぇんかよ。一応、俺、見た目は5歳児だぞ?バカじゃねぇの。
普通、なんの教育も受けてない5歳児がそれ言われて分かるわけがないだろう。

「よく、わかりません」
「………お前は、アルファでもオメガでもない。
鳳家分家に家督として養子になる事も出来ない、孕む事もできない。ただの穀潰しを本家にいつまでも置いておけないだろう。
だから、お前の嫁ぎ先を見つけてやったんだ。後妻だから別に子供は必要ない。ベータのお前には破格だろう」
「………」

不出来な奴に仕方なしに教えてやるというような態度とため息をつかれた。
あまりの事に絶句した。この男、頭沸いてんのか?マジでそう思ってるのか?———思ってんだろうな。

「婚約は先に済ませる。明日から花嫁修業でもしろ」
「……クソ野郎」
「なにか言ったか?」
「花嫁しゅぎょうって、なに、するん、ですか」
「明日になれば分かる」

これで話は本当に終わりだとでも言うように完全に背を向けてしまった。
あまりの衝撃に俺が呆然としていると金森に促されるままに退室した。

「かなもり、さん」
「金森と。なんでございましょう?」
「花嫁しゅぎょうって、なに、するの?」


ふい、と目を逸らされた。
おい!なんなんだよ!!!!!!



「つ、疲れた……」

翌朝から怒涛の花嫁修業が始まった。前半は座学で、これからのカリキュラムも併せて告げられた。
ていうか、稼働茶道習字着付け……ってマジで花嫁修業じゃねぇか!!!
あと、それとは別にきちんとした本家の歴史や各土地神様の事も学ぶ事になった。これは嬉しい。
この世界の事、ほとんど知らないからな。

じじぃに腹は立つが、穀潰し云々の箇所はじじぃの言う通りだと思ったから頑張る事を決めた。
正直、俺が花嫁になるってまだ現実感がないんだけどな。
家に来るカテキョの奴らの大半は俺を蔑む目なのが腹立つが(てかガキ相手にどんな目ぇ向けてんだ)こんな奴らに出来ない子烙印は悔しいから必死で食らいつく。

俺の経験上、”俺”が身に着けた事は”翡翠”も出来るようになるんだし、
身に着けた知識も翡翠の物になるはずだから、俺の頑張りは翡翠のためにもなる。
俺にとっていつの間には翡翠は守るべき子になっていて、
俺自身でもあると分かってはいるが母性(?)が爆発している気がする。
前世でもこんなに何かに必死になった事はない。
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