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ep.10-7(終)
しおりを挟む彼の大きな手のひらが胸元から脇腹を通って腰を包む。離された胸もとは、じん、と甘く痺れて、それだけでも僕を高めてしまう。唇も解放されて、酸欠の身体に必死に送り込む。唾液がシーツを濡らすことも気にしていられなかった。
「あ、あっ、ぅう、あ…あ、ぅ、さ、くう…あん、んっ」
彼の手によって腰を上げて、膝を立てるようにする。後ろを高く掲げる形になると、彼が僕の腰を固定したまま、激しく抜き差しを始める。ずっと待っていた快感に、涙が溢れてしまう。
「あ、あ、ああっ、さく、きもち、きもちい…っ、あ、ぁ、きもちいっ」
シーツを強く握りしめて、大きく上下する身体のバランスをとる。けれど、彼の強い腰使いに、すぐに僕に足腰は立たなくなってしまう。ぺしゃり、と膝が崩れて、ベッドに倒れ込んでしまうが、彼のピストンはさらに加速させていく。
「あっ、さく、あ、らめ、らめっ、こ、これ、つよ、すぎ…ん、ああん、あ、あっ」
体重をかけて、奥底をぐり、と潰されると目の前が白くなって、頭の中で火花が散った。すぐに彼が抜けていって、また潰される。シーツに押し付けられて、逃げ場がなく、ただただ、待ち望んだそれに自我を失うばかりだった。
「きもち、きもちいっ、らめ、さく、さくうっ、すき、すきいっ」
振り返ろうと首を起すと、背中にぴったりと彼が覆いかぶさってきて、脇の下を通って、彼の腕がシーツを僕の身体の間に差し込まれた。手のひらが僕の肩を包んで、力強く抱き寄せた。
「聖…」
「さ、ぅ、んん…」
彼の長い睫毛が劣情に染まる瞳を縁どって僕を見下ろした。かすれて低く響く魅惑的な声が僕の名前を囁いて、しっとりと唇に吸い付いた。じわあ、とナカが濡れる。とろ、と会陰を滑ったものが垂れる。
唇が離れて、瞼を上げると深い深い青をした瞳とぶつかって、胸が苦しくなって、涙が零れた。
「聖…、俺を、聖だけのアルファにさせてくれ…」
「あんぅ、…さく…、さく…っ」
首筋に強く吸い付かれると、ずっと主張していて気づいてもらえていなかったうなじが、ようやく彼に気づいてもらえたのだと喜ぶように脳を悦楽でいっぱいにする。
彼が、うなじを熱い舌で舐める。汗をたくさんかいていて、恥ずかしいのに、彼が大切そうにじっとりとキスをしたり、舐めたりしながらも、奥歯を噛み締めて何かを押し殺すように、何度も僕の名前をかすれた声で囁いた。
「聖、聖…好きだ、好きだ…もう二度と、どこにも行かないでくれ…」
「ん、さ、くう…、わかった、からぁ、やめ、ぁう…っんぅ…」
彼は僕を強く抱きしめて、動けないほど拘束している。さらに、僕の後孔に滾った彼がみっちりと挿入されていて、最奥をぐぢゅう、と押しつぶしている。それなのに、まだ奥へ入ろうと腰を強く押し付け、ねじるようにこする。口を閉じる余裕もなく、彼の本能に支配された身体は、唾液を垂らし、彼のオメガになることしか考えられなくなっていた。
(好き、大好き、さく…、好き…)
「さく、はや、く…僕を、さくの、ものに、してえ…」
さくだけの、オメガ。
さくだけの、僕。
どれだけ待ち望んだことだろう。
長かった。
彼と出会って、こうなる日が来ることは遠くないと思っていた。けれど、ここに来るまで、本当に長かった。
僕の肩を握る、彼の左手に自分の左手を重ねた。かち、とお揃いのリングがぶつかって、僕の指には、もう一つのピンクゴールドのリングも鳴る。振り返ると、彼も顔を上げていて、大好きな青い瞳に、だらしない顔の僕が映っていた。僕だけが、彼の瞳に映っていた。
「さく…、大好き…」
瞼を降ろすと、涙が一筋、頬を伝った。それが唇を撫でて、彼の唇が合わさった。ちゅ、と吸い付いて離れると、彼は唇を舐めて、僕の涙を吸収した。
「俺を、選んでくれてありがとう」
彼は、眉を寄せて、苦し気に笑った。それから、両目から、小さい涙の粒をほろ、とこぼして、もう一度僕にキスをした。
「聖、愛してる…俺の、たった一人の、お姫様」
鼻が痛んで、涙があふれた。それなのに、頬はゆるんで、苦しくない。
彼の指に指を絡めると、僕の左手に彼の左手が覆うように強く握りしめられた。それから、またゆったりとピストンが始まり、加速していく。
「んう、ん、あ、あん、あ、っ」
「聖、聖…っ、聖…!」
肌と肌が激しくぶつかり合う音がして、ベッドが悲鳴をあげる。僕のペニスはシーツに押し付けられて、ずっともみくちゃで刺激され続けていた。出ているのかもわからないほど、感覚が麻痺していた。下腹部が、彼を欲して痙攣している。うなじが焦げるように熱い。
「さく、あ、はや、く…っ、僕を、さくの、オメガにしてぇ、っ」
「聖…っ!」
彼が好きだと言い放ったあと、うなじに彼の発達した犬歯が突き刺さる。食いちぎられてしまいそうな本能的な恐怖と、ようやくアルファと結ばれた悦楽に僕の身体は彼の腕の中で体感したことのないほどの快感に襲われた。
白んでいく頭の中で、幼い彼の笑顔がたくさん流れる。少し大人になった彼の冷たい視線も思い出される。そして、彼が必死に僕に愛を囁き、とろけた笑顔を惜しみなく見せる大人の彼が映る。最後に、マゼンダの海の中で僕と誓いのキスをして、照れた顔で笑う彼が思い起こされた。
「ずっと、一緒にいようね。僕のお姫様」
大振りで力強いマゼンダのつつじに囲まれて、幼い彼は今と同じ優しい眦を染めて、僕に微笑みかけた。
「聖」
あの時とは全く違う、低く、頭の奥底をくすぐるようなバリトンが、僕の鼓膜をゆする。うつろな瞳で振り返ると、唇を血で赤く染めた彼が僕を見つめていた。
汗で張り付いた前髪を払って、頬に優しくキスした。
「聖、俺のお姫様」
ずっと傍にいてくれ。
そう囁いて、唇に吸い付いた。甘く疼く下腹部では、彼がナカで温かなものをまだ放出している。身体も心も、すべてが満たされて、僕は頬がゆるゆるとして微笑んだ。彼に触れられているすべてが心地よくて、愛おしくて、自分の身体なのに、抱きしめて、宝箱にしまって、大切にしておきたい気持ちになる。
身体をねじると、意図がわかったようで、挿入したまま足を開いて、彼を正面から抱きしめる。背中を強く抱きしめて、彼も全身で僕への愛を謳う。
「さく…、ありがとう…僕を見つけてくれて」
ずっと、好きでいてくれて、ありがとう。
すれ違ったり、お互い苦しんだ時間も長かった。けど、今、こうして、僕は自分を好きになれて、彼に好きになってもらえて、変われたのは、全部、彼がいたからだ。
僕を縛り付けるわけでもなく、僕を僕として大切にしてくれて、何よりも大切にしてくれて。めいっぱいの愛情を注いでくれた。
大好き。
彼の腕に力がこもる。僕の肩口に埋めた、彼の唇から、息がつまって、鼻をすする音が聞こえる。
幾重の人の前に立ち、帝王として君臨していた彼が、裸で、僕の腕の中で涙していた。
僕しか知らない、西園寺咲弥。
「聖が俺を選んでくれて、これ以上にしあわせなことがあるだろうか…」
頬を撫でると、顔を上げてくれる。切れ長な目尻からは、涙が溢れて、赤く染まった頬を汗と共に流れ落ちた。それを拭うように親指で撫でると、とろり、と眦を緩めて彼は微笑む。
とろけた笑みを見せるのも、僕しか知らない、西園寺咲弥なのだと思うと、胸が絞られるように痛んで、涙がにじんだ。
「僕も、しあわせ」
自然とゆるんだ笑みになると、涙がこめかみを滑る。
ふわ、と彼のつつじの蜜に似た、甘やかな香りが濃密に漂う。
「さく…だめ、フェロモン、出さないで…」
もっと彼と、ようやく番えた喜びに浸ってキスをして、触れ合っていたいのに、番のフェロモンを浴びて冷静でいられるほど、僕の身体は冷めていない。
きゅう、と後ろが彼を締め付けて、さらなる精を浴びたくて、下腹部がうずめく。彼が肩眉をあげてから、眉根をきつく寄せる。それから、ぎらり、と光る瞳で僕を見下ろす。
「愛する妻が、こんな濃密で甘いフェロモンを出してるのに、平気でいられる訳ないだろ…」
「僕…? んう…」
触れ合い慣れた彼の柔らかく湿った唇が僕を覆う。ちゅ、と小さくリップ音を鳴らして離れると、睫毛が触れ合うほどの距離で見つめられながら囁かれる。
「愛してる、俺のお姫様」
僕の方が愛してるよ、僕の王子様。と言い返したかったのに、彼が当たり前のように、自分が言い終えたら満足して、舌を差し込んで味わってしまうから、僕は鼻から吐息を漏らすことしか出来なかった。うらめしく睨みつけるのに、彼が溶けきった瞳で微笑んで、僕の弱いところたっぷりと愛し始めてしまって、伝えることが難しくなってしまった。
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