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ep.1-7
しおりを挟む次に目を覚ましたのは、一人でベッドで横たわっていた時だった。
霞みがかった頭のまま、身体を起した。カーテン越しに、オレンジ色の日差しが見えて、もう夕方か、とぼんやりと思う。
彼と再会して、ようやくつながって、次の日の朝もここでたくさん交わった。風呂できれいに掻き出すというから、それを嫌がった。風呂場でも何度もした。結局、ナカは彼によってきれいにされてしまったのだけれど。そして、彼がデリバリーをとってくれて、それを食べて…。
(そうだ、買い物に行くって…)
くるり、と首を回すと、狭いワンルームには、シングルベッドがひとつと、小さなキッチンと元からついているという少しの家具家電があった。
僕も行くと言ったのに、彼は許してくれなかった。そんな顔で外に出せないと言われた。一人鏡で見た顔は、別になんてことなかった。ただ、目が潤み、顔がいつもより赤く瞼が重そうだった。熱の時のような顔つきなだけなのに、彼は絶対にだめだと言って聞かなかった。そのあと、さみしくて少し泣いてしまって、ベッドに倒れ込んでしまったのだ。
(すぐ帰るって、言ったのに…)
ベッドに倒れる前に、彼が恋しくて、きれいに着せてくれたパジャマを脱ぎ捨てて、彼の脱いだ白いセーターを着た。ふんわりと花蜜の彼の香りが僕を包んで多幸感のまま眠りについたのだ。僕にはもちろんオーバーサイズすぎて、袖も裾もたっぷり余っているし、襟口も鎖骨がよく見えるほど空いてしまっていた。
ベッドから足を降ろすと、動く度に彼の匂いがしてじわ、と身体の奥が熱くなる。素肌にセーターが擦れるだけで、彼が撫でてくれているな気がして、後ろがきゅん、と反応してしまう。たどたどしい足で、靴箱までたどり着く。
(遅い…)
彼が買い物に出てから、二十分もたっていないはずなのに、愛しい彼がいないことがこんなにも空虚感を生み出すなんて考えもしなかった。寂しくて、けれど身にまとうものからは彼を感じて、僕は何も考えられない頭のまま、本能のままに後ろに手を伸ばした。
「んぅ…」
彼がずっといるような違和感のある後ろは、ぽってりとしていて、触れるとくちゅり、と濡れていた。どうしてかなんて頭が回らなくて、ただただ彼を求めて、そこに指を指し込んだ。自分で触れるのは初めてで、身体が勝手に強張ってしまう。指を入れて、ぬこ、ぬこ、と出し入れしてみるが、何も気持ちよくはない。彼が撫でていたしこりを探そうとするが、一向に見つからなくて、寂しくて、悲しくて、もたれかかっていた靴箱の木材にぽたり、と涙が落ちた。
「ふ、ぇ…さ、くぅ…さくう…」
指を増やしても全然空虚感は収まらず、むしろさらなる飢餓に襲われるようだった。きゅう、と後ろが締まった瞬間、目の前のドアががちゃり、と音を立てて、すぐに開かれた。オレンジ色を背に、彼が現れて、風が彼のフェロモンを僕に届けてくれる。それだけで、ぞぞ、と背筋が震えて、鳥肌が立った。
「さ、くう…」
「聖、何やって…っ」
すぐに僕と目があった彼は、瞠目していたが、すぐにドアを閉めて施錠した。僕は彼の厚い身体に倒れ込むが、ひんやりとした外気と共に、分厚いコートが邪魔をして彼と触れ合えない。
「やあ…、さく、さくぅ…」
指がうまく動かなくて、彼のコートを脱がせたいのにボタンを外せない。もたつき指先を彼が手袋のまま捕まえる。手ですら素肌に触れられない寂しさに、ぼろり、と涙が頬を伝った。
「どうした? なぜ泣いている?」
「だってぇ…さくが、さく、いないん、だもん…」
ふえ、と子どものように泣いてしまう。彼の首に腕を回して抱き着くが、そこにもマフラーがあって、彼の香りを思い切り吸い込めない。さらに身体が疼いて、苦しさに涙が増していく。耳元で彼が、くす、と笑うと、ふわりと身体が浮いた。彼が横抱きに僕を持ち上げていて、顔を覗くと、寒さなのか頬を赤くして、僕をゆるゆるの顔で見つめていた。その唇に吸い寄せられるように口づけをすると、ひや、と柔らかくて冷たくて、いつもの彼と違うことがなんだかもどかしくて、はむ、と何度も唇を挟んだ。
僕がもごもご、と唇と戯れているのを彼は微笑みながら見ていて、ベッドの淵に、そっと降ろして座らせてくれた。彼は僕の足元に跪いて、僕を見上げる。セットされていない髪の毛がふわふわとしていて、それを撫でる。見た目より硬い髪の毛は、僕のものと違う。撫でると、彼がさらに目を細めて僕のしたいようにさせてくれるのが嬉しくて、でも足りなくて、冷たい頬を包んで、身をかがめてキスをした。
「さく…、好き…」
「ん…、俺もだ…」
僕の手の中で彼は小さくうなずいて、柔らかい声で深く囁く。それだけで、心臓が大きく跳ねて視界が揺れた気がした。彼の手を取って、革の手袋をするり、と抜いた。現れた彼の手に指を這わす。かさついた手のひらは、ぬくぬくとしていて、指を絡ませると、彼も、きゅ、と握り返してくれる。反対の手も、手袋を抜いて、彼の手を握りしめる。僕の手首まである長い指が、しっかりと僕を包んでくれる。それだけで、指先から全身に熱がどんどん高まっていって、頬が緩む。
名残惜しいけれど、手を離して、今度は彼の首元に手をかける。輪になった部分に裾を入れただけの簡単な結び方のマフラーは、ふわりとしていて、簡単に抜けて、彼の首元から落とせた。空気に彼のフェロモンが溶けて、僕の頭が、ぼう、と鈍くなる。そのまま、倒れるように身をかがめて、彼の首筋に抱き着いた。直接、顔を摺り寄せると、じわ、と身体に何かが滲むように濃密な甘い香りが漂って、混沌とする頭が、もっと欲しい、と貪欲に彼の首筋に吸い付いた。
「聖?」
「んぅ、…」
すぐそこに、愛しい彼がいて、僕を抱きしめてくれる。甘美なフェロモンを惜し気なく僕に与えてくれる。低く響く声で僕の名前を呼んでくれる。それだけで、下腹部が、きゅぅ、と切なく絞られた。身体の熱が高まり、呼吸も浅くなってくる。力が抜けていって、ベッドから彼の膝の上に落ちる。それをしっかりとたくましい彼は受け止めてくれて、僕の頬を撫でて心配そうに名前を呼んだ。その指に促されるままに、顔をあげて、重怠い瞼を上げると、目の前に大好きな彼がいる。
「さく…、好き…すき…」
顔を包んで、唇を寄せた。ちろ、と唇を舐める。甘い唾液がそこにはあって、喉が渇いたようにそれを求め、舌を刺し込んだ。強く吸うと、彼の舌が出てきて、口に含んで、舐めたり吸ったりして味わう。
「さ、く…ん、ぬい、でぇ…」
もっと近くで彼を感じたくて、数枚の布が邪魔でならない。コートの襟口から手を差し込む。温かい布地にはばまれていることが嫌なのだ。
(さくは、僕のなのに…)
服すらも憎たらしくなってしまう。
彼は、拙いながらも唇に夢中で吸い付く僕を、とろけた瞳を細めて見つめていた。それから、長い指先がボタンを一つずつはずして、ようやく厚いウールコートがその場に落とされた。それでもその下には、柔らかな紺地のタートルネックのセーターがあって、僕は身体を起して、彼の裾に手を差し込んだ。引き締まった脇腹に触れると、ぴく、と彼が反応する。それに、ふふ、とつい笑いながら、軽くて温かいセーターを持ち上げた。彼は大人しく、僕の意のままに付き合ってくれて、肩を丸めて、頭と腕を僕が引っ張りやすくかがんでくれた。すぽ、とセーターが脱げると、髪の毛を乱した彼がいて、どきり、と胸がつまる。
「さくぅ…かっこ、いい…ん…」
身体を寄せると唇が合わさる。柔らかい胸元に手を這わすと、彼の尖りが触れて、僕の方が肩が跳ねてしまう。そこから、早い鼓動が力強く感じられて、目の奥が焼けるようにじわ、と鈍く痛む。
「聖…好きだ…」
「ぁ、んんっ、んう…ん」
大きな口が僕の唇をむぐむぐと食べてしまう。じゅわ、とはちみつのような甘い唾液が彼から与えられると喜んで嚥下してしまう。すると、胎内から燃えるように熱くなって、どうしても後ろがもじもじと気になってしまう。それを見透かしたように彼が、大きな手のひらで僕の臀部を鷲掴みにする。柔く感触を楽しむように揉まれて心地よさと少しの物足りなさで鼻から声が漏れてしまうと、今度は強く割り開かれて離される。この半年で肉付きのよくなったそこは、ぷるん、と弾力をもって元の形に戻る。そうされると、羞恥に顔が染まり、瞳で訴えかける。にゅる、にゅる、と口内で僕の弱い場所を知り尽くした彼の舌がそこわざとかすめたり、強請るように舌で上顎をくすぐると、思いっきり甘やかしてくれたり。そうすると彼のことしか考えられなくなってしまって、ただただ彼の甘美で巧みな技に身をゆだねるしかなくなってしまう。
勝手に、腰が前後に揺らめきだしてしまう。ちょうど真下に張り出した彼の股間があって、それに擦り付けるように、くねってしまう。それだけでも身体は悦に染まり、うっとりと舌を舐めつくす。
「ああ…聖、昨日よりも、もっと好きだ…」
これ以上、好きになってしまったらどうなってしまうんだ…。
熱に浮かされるように彼はそう独り言ちながら、唇に吸い付く。ぞわ、ぞわ、と一つ一つの彼の言葉に、僕の脳内は震え痺れる。
(僕も…)
前より、昨日より、今日の方がずっと彼のことが愛おしくてたまらない。
きっと、明日の方が、好きで好きで、離れたくなくなってしまうのだろう。そう考えると胸がいっぱいで、苦しくて、涙が出そうだった。
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