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第5話
しおりを挟む児童会に就任した彼は、当たり前のごとく、忙しくなった。
放課後、僕はいつも通り、色々な場所で彼を待っていたが、もちろん来られるはずもなかった。それは、わかっていたことで、彼は、待たなくて良いと言っていた。それでも、早く帰るのがなんだか嫌で、色々なところで彼と一緒にやっていたことを、一人でした。
正直、さみしくてたまらなかった。
今まで見えていた、窓からの景色はまるで色を失ったように感じられた。
それでも、彼は僕と会うために時間をつくってくれていた。
好きだったという習い事を減らしてくれた。
それが、とても後ろめたかったが、どうしても僕との時間をつくりたいから、とまっすぐ言われてしまえば、それは僕が最も望んでいるもので、それ以上は何も言えなかった。ただ、嬉しかった。
習い事を減らしたため、彼の休日には時間ができた。その時間に、彼の家に呼ばれて、一緒の時間を過ごした。彼の部屋には、たくさんの本があって、僕はそこにいるだけで楽しくてたまらなかった。ゲームもおもちゃも、なんだってあったが、僕は、彼と並んで一緒に過ごせればなんだって良かった。
一緒に宿題をしたり、大きな庭で遊んだり、たくさん笑い合ってしあわせな時間を過ごした。
六年生に上がった頃から、彼はまたぐっと大人っぽくなった。
声変わりをした、と思っていたが、まだ声変わりは終わっておらず、時たま苦しそうに軽い咳をしていることが増えた。もとから高かった身長はまだ伸びるらしく、関節が痛んで夜眠れない日があるらしい。顔つきも、あどけなさが抜けて、目元はさらに鋭さを持ち、クールな印象が強まったが、美しさには磨きがかかっていた。隣に並ぶのが恥ずかしくなるくらい、大人びていて、その辺の中学生よりも大人っぽくて、高校生と言われても信じてしまうくらいの姿になった。
僕だって、身長は伸びたし、洋服はどんどん、袖も裾も足りなくなっていた。それでも、彼の背丈には一向に追いつく気がしなかった。
今までも、抱きしめられると大きな身体だと思っていたが、より身体は厚みもまして、今までよりも、緊張するようになっていた。
あいかわらず、放課後は児童会で忙しそうで、僕と彼が会える日は休日しかなかった。それも、一日だけ。その分、その一日は、僕たちにとって宝物の時間だった。彼の家で、二人っきりでたくさん楽しんだ。
最近、じ、と熱っぽい彼からの視線を感じるようになっていた。宿題中や、読書中。僕が何かに集中していると、ふ、と振り向くと、彼が見ているのだ。
夏休み間近の、ある暑い日。ニュースでは、散々異常気象だと言われるほどの暑さが連日報道されていた。彼の家のプールで散々遊んだあと、空調の利いた涼しい彼の部屋で宿題をしていた。しかし、うとうと、と疲れから微睡んでしまった。
「聖、ベット使えよ」
隣で同じように宿題をしていた彼が、そ、と頬を撫でた。くすぐったくて、瞼を震わせる。
「んぅ…」
「聖、ほら」
唇を、とんとん、と指先で叩かれる。重い瞼を、ぼんやりと開けると、すぐ目の前に彼の顔があった。あ…、と思った時には、唇がしっとりと触れ合っていた。目の前に大好きな彼がいて、触れ合えることに、全身がじんわりと熱くなり、嬉しくて、つい、笑ってしまった。
そんな僕を見て、彼はやや目を見開いたあと、まなじりを甘く下げて、もう一度キスをした。
傾いていた身体を起して、彼に向き合うようにすると、両頬を冷たい手のひらが包んで、キスの雨を降らす。こうやって、顔を固定されると、僕は身動きが出来なくなってしまう。
何度も、角度を変えたり、しっとりと味わうように吸い付いたり、軽く何度も吸い付いたり、色々なキスを彼はするようになっていた。どれも、意識が微睡むような心地よさとむずがゆい居心地の悪さのようなものが混じりあって、僕は何度しても慣れない。それなのに、最近、彼は新しいキスをしてくるようになった。
こうして、顔を固定されると、そのキスの合図なんだ。
熱い、ぬめった何かが唇を舐める。
「聖…」
声変わり中の、かすれた彼の声が鼓膜をゆすぶる。それだけで、背筋に電流が走り、最近、それが腰に溜まるような、重みのようなものを感じるようになっていた。
唇の割れ目を、味わうように彼の舌が僕を翻弄する。
「ぅ、あ…」
たまらず、吐息をつくと、ぬる、と口の中に、それが入り込んでくる。僕のそれを舐めると、脳みそを手づかみで揺さぶられたような衝撃が身体に走るから、嫌いなんだ。
「や、っ、それ、やだ…っ」
彼の胸元を押しやるが、男の身体は力強く、びくともしない。
「聖…」
「んぅ…」
唇が解放されたかと思うと、低く甘い声で名前を呼ばれて、動けなくなってしまう。おそるおそる瞼を持ち上げると、濡れた瞳とぶつかって、もう何もできなくなってしまう。強く抱き寄せられて、唇を覆われる。れろ、と舌同士がぶつかり、意思を持って舐められると、内腿が勝手に、びくん、と跳ねてしまう。息をするのに必死でいるのに、彼は縦横無尽に、僕の口内を味わってしまう。それが恥ずかしくて、身体がむずむずして、やめてって何度も言うのに、彼はやめてくれない。むしろ、そういえば言うほど、しつこくなっていく気がする。
腰を抱き寄せていた彼の手が、背骨を上って、僕のうなじを撫でる。びびび、と強い電気信号が脳に到達して、目を見開く。薄く瞼を持ち上げた彼は、頬を染めながら、うっとりと僕にキスをしている。
「んっ、ぅ、ひゃあっ!」
そして、うなじに、かり、と軽く爪を立てられると、全身がびくびく、と痙攣かのように跳ねてしまい、唇を剥がしてしまう。もうキスされないように、うつむいて、唇を覆う。はあ、はあ、と荒い呼吸が静かな部屋に響いて、どんどん羞恥に顔が染まる。目の前の鎖骨も、荒く上下している。
「聖…、聖…」
彼は何度も、僕の名前を呼ぶ。呼ばれる度に、さっき触られたうなじが、びりびり、と何かを呼び寄せているかのようで、落ち着かない。
頬を伝って、顎を持ち上げられる。揺れる視界に、また彼の顔でいっぱいになる。
「や、やだ…やだって、言ったのに…」
彼の吐息が、濡れた唇にかかるだけで、身体がびく、びく、と小さく跳ねる。なんだかわからない、この身体の状態が、自分の身体なのに訳がわからなくて、怖くなる。ぽろ、と涙がついに溢れてしまう。なんとも表現の仕方がわからない、感情で、胸がいっぱいなのと、生理的なものが混ざって、溢れてしまう。
「ごめん、泣くなよ…」
涙を追って、唇が頬に吸い付く。ちゅ、と小さく鳴る、その音にさえ、僕の身体は、ひく、と反応してしまう。
「んっ…、や、だ…ぁ、へん、だから…」
「変じゃない」
「んぅ…」
ちう、と唇に触れた涙を追うように、淡く吸われてしまう。また、はら、と涙が溢れ落ちていく。
「聖…かわいい…」
「ん、ん…」
大きな身体に包みこまれて、耳に吐息を吹き込まれて、むずがゆさに肩をすぼめて逃げようとするが、彼の腕の中では、そんなこと許されない。
「かわいい…ずっと、俺の傍にいて…閉じ込めておきたい…」
「な、に言って…っ、ん」
最近、たまにだが、彼はこういう怖いことを言うようになった。でも、それを少し、嬉しいと思ってしまう自分がもっと怖かった。
ろ、と耳の淵を舐められて、びくん、と肩が跳ねる。顎をあげて声を絞ると、より身体が密着してしまい、どちらともわからない強い心音が、身体に響く。それだけで、身体が震えるほど、何かを感じていた。
「ぁ…んん…っ、やぁ…」
「聖、好き。俺には、聖だけ…聖、かわいい、好き…聖…」
ちゅ、ちゅ、と鼓膜にリップ音が響き、彼の身体に縋らないと崩れ落ちてしまいそうなほど、身体に力が入らなかった。
「好き…聖、結婚しよう」
その言葉に意味が、霞がかった頭でも、わかってきた時に、肩を押して、彼の顔を見た。驚きで目と口が開いて閉じられなかった。
彼は、俺の両手を力強く包みこみ、まっすぐ真摯な瞳で正面から俺を見つめた。
「聖、ずっと俺といろ。結婚しよう」
「う、え、さ、く…?」
「俺は、聖さえいればいい。聖がほしい。ずっと一緒にいよう」
手に込められる力は強くなり、顔もどんどん近づいてくる。
あまりに急なことで、何がなんだか頭が追いついていなかった。
「年末にうち主催のパーティーがある。そこで、発表したい」
そうした内容に、現実味が帯びてきて、じわじわ、と汗がにじんでくる。
「聖、もう一度言う。俺と結婚してくれ」
左手をすくわれて、そ、と薬指に、彼が口づけをした。
昔、絵本で見た、王子様の仕草と全く一緒で、見開いた目から、大きな雫が、またぼろり、とこぼれた。
「俺のお姫様は聖だけだ」
ふざけもしないで、真剣に、本当に心からの彼の言葉に、僕は、大泣きしながら、うなずくことしかできなかった。
この時、本当に嬉しかった。しあわせだった。
心から、神様ありがとう、って何度も唱えたのを今でも覚えている。
僕には彼だけで、彼にも僕だけだって思ってたんだ。
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