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第二章 信者獲得
110 地獄絵図
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「さっきから何なんだ、失礼だとは思わないのか?私は、この家の方々を救うために必死なんだぞ!!」
瑞貴と鬼の態度に向井は怒りを露わにしていたが、そんな向井の言葉を聞いた瑞貴は八雲徹の姿を思い出している。
――「救うため」。……あぁ、八雲さんに会わせたのはこの意味もあったんだ
瑠々のことで悩んでいた瑞貴の心を安定させるために姫和たちは八雲に会わせたのだと考えていたが、それだけではなかったことに瑞貴は気付かされた。
何もかもが姫和たちの思い通りに進んでいるような感覚は居心地悪くもあったが、状況から得られるヒントを組み合わせて答えに辿り着くことで成長も自覚出来る。
「……本当に誰かを救いたくて必死になっている人は、簡単に『救うため』なんて言葉を使いませんよ。だから、あなたは誰も救えない」
「はっ?何を」
「本当に誰かを救いたいと思って行動している人は、誰も救えない自分の無力に叩きのめされてしまうんです。だから、あの人は『仕事』として割り切っていた。誰も救えない自分を責めないでいられるように自分の願いを『仕事』にしてしまった」
「……あの人?……さっきから何を言っている!?」
「向井さんとは違って、誰かを救える存在になりたいと心から願っている人のことです」
瑞貴は笑って答えてから立ち上がり、向井に近づいた。瑞貴から出てくる迷いのない言葉は迫力があり、高校生を相手に向井は僅かに後退ってしまう。
向井と対比させるためにも八雲と会っておくことは瑞貴にとって必要な儀式だったと考えていた。
「ところで、豆撒きで鬼は追い払えたんですか?」
「んっ?……あぁ、もちろん。この家に棲んでいた鬼は追い出すことが出来た」
「それなら、この家に鬼はいない?」
「特別な豆で追い払った。もう、この家に鬼はいない!これで家人を悩ませていた数々の不幸は消え去るはずだ」
向井の自信満々の言葉を聞いた後で、白髪の鬼を見ると落ちていた豆を拾って苦笑いを浮かべていた。そんな状況を確認してから瑞貴は向井を見る。
「……そんな嘘を言って他人を騙していると、あなたも地獄に墜ちますよ。大丈夫ですか?」
「だ、騙してなどいない!」
「あっ、小野篁のまねをするなら地獄に墜ちた方が都合良いとか?でも、小野篁は生きている時に地獄を行き来した人だから違うのか」
同じ部屋の中で鬼が豆を拾っている状況であれば向井の嘘は明白だった。特別な力を込めた豆と言っても鬼が触れてしまっている時点で効果がないことも分かる。
「さっきも言ったように誰かを救うなんてことは簡単じゃない。俺には、まだ八雲さんのような覚悟もない」
八雲の名前が突然出てきての告白に驚いたのは、あずさと茜だった。瑞貴は自分たちを救ってくれると信じていたが瑞貴自身に否定されてしまったことになる。
それでも、瑞貴を疑う気持ちになることもなかった。
「この家で起こったことは不幸じゃないんです。きっと良い思い出として語れる出来事になる」
「はん?偉そうなことを言っておいて、何も解決出来ないのなら黙っていてくれ。無責任に思い出話にするなんて言える状況か?」
「思い出話にするために俺が出来ることはします。……あなたに地獄を見せた後でね」
ここでの瑞貴の表現は比喩的なものではなく、本当に『地獄を見せる』つもりだった。瑠々の母親に与えた生き地獄ではなく、向井に地獄の存在を知ってもらうつもりでいる。
瑞貴の言葉を合図にして鬼が動いた。無表情のまま瑞貴の斜め前に立ち、向井を見る。
「な、なんだ?……地獄を、見せるとは、ぼ、ぼ、暴力に訴える気か?」
長身で強面の鬼が正面に立てば心中穏やかではいられない。直前に『地獄を見せる』と言われていれば尚更だろう。
「安心してください。あなたには指一本触れませんから」
「で、では、警察にでも通報するつもりか?」
「えっ!?一応、通報される心当たりはあるんですね。……詐欺の」
「はっ!!私は、この家に棲む鬼を、お、追い払ったのだ。そのために必要なものを要求したにすぎない。だ、断じて詐欺などではない」
「オカルトで詐欺を論じるのは難しい。それを分かって、やってるんですよね?」
ここで次は采姫が動いた。あずさたち姉妹と祖父を部屋の外へと連れ出していく、あずさも茜も不安そうな表情をしてはいたが采姫に従うことにする。
向井は得体の知れない二人と残されてしまい、不安は増した。
「鬼は存在します。……でも、この家に鬼はいなかった」
「それは私が追い払ったからだ」
「いえ。あなたが追い払わなくても、鬼はこの家のことに関係なかった」
瑞貴は手にしていた閻魔刀を鞘から抜きながら、小さな声で『閻魔代行』と口にする。向井は瑞貴の動きだけを目で追い、何が起こるか分からないまま身構えた。
鬼が瑞貴の前に立った理由は、向井に刀身を見せないようにするため。
「……あ、あっ!?」
それまで単なる和室だった周囲の様子は一変し、これまでと同じように境界の紐で上下に分割された異世界が広がる。
ただし、地獄が風景だけではなく邪悪な巨体が取り囲むように数体存在していた。
「さぁ、これが地獄です」
向井は立っていることも出来なくなり、ハッキリと分かるくらいに震えていた。
「今回は、向井さんに濡れ衣を着せられた鬼も特別にご参加いただきました」
瑞貴と鬼の態度に向井は怒りを露わにしていたが、そんな向井の言葉を聞いた瑞貴は八雲徹の姿を思い出している。
――「救うため」。……あぁ、八雲さんに会わせたのはこの意味もあったんだ
瑠々のことで悩んでいた瑞貴の心を安定させるために姫和たちは八雲に会わせたのだと考えていたが、それだけではなかったことに瑞貴は気付かされた。
何もかもが姫和たちの思い通りに進んでいるような感覚は居心地悪くもあったが、状況から得られるヒントを組み合わせて答えに辿り着くことで成長も自覚出来る。
「……本当に誰かを救いたくて必死になっている人は、簡単に『救うため』なんて言葉を使いませんよ。だから、あなたは誰も救えない」
「はっ?何を」
「本当に誰かを救いたいと思って行動している人は、誰も救えない自分の無力に叩きのめされてしまうんです。だから、あの人は『仕事』として割り切っていた。誰も救えない自分を責めないでいられるように自分の願いを『仕事』にしてしまった」
「……あの人?……さっきから何を言っている!?」
「向井さんとは違って、誰かを救える存在になりたいと心から願っている人のことです」
瑞貴は笑って答えてから立ち上がり、向井に近づいた。瑞貴から出てくる迷いのない言葉は迫力があり、高校生を相手に向井は僅かに後退ってしまう。
向井と対比させるためにも八雲と会っておくことは瑞貴にとって必要な儀式だったと考えていた。
「ところで、豆撒きで鬼は追い払えたんですか?」
「んっ?……あぁ、もちろん。この家に棲んでいた鬼は追い出すことが出来た」
「それなら、この家に鬼はいない?」
「特別な豆で追い払った。もう、この家に鬼はいない!これで家人を悩ませていた数々の不幸は消え去るはずだ」
向井の自信満々の言葉を聞いた後で、白髪の鬼を見ると落ちていた豆を拾って苦笑いを浮かべていた。そんな状況を確認してから瑞貴は向井を見る。
「……そんな嘘を言って他人を騙していると、あなたも地獄に墜ちますよ。大丈夫ですか?」
「だ、騙してなどいない!」
「あっ、小野篁のまねをするなら地獄に墜ちた方が都合良いとか?でも、小野篁は生きている時に地獄を行き来した人だから違うのか」
同じ部屋の中で鬼が豆を拾っている状況であれば向井の嘘は明白だった。特別な力を込めた豆と言っても鬼が触れてしまっている時点で効果がないことも分かる。
「さっきも言ったように誰かを救うなんてことは簡単じゃない。俺には、まだ八雲さんのような覚悟もない」
八雲の名前が突然出てきての告白に驚いたのは、あずさと茜だった。瑞貴は自分たちを救ってくれると信じていたが瑞貴自身に否定されてしまったことになる。
それでも、瑞貴を疑う気持ちになることもなかった。
「この家で起こったことは不幸じゃないんです。きっと良い思い出として語れる出来事になる」
「はん?偉そうなことを言っておいて、何も解決出来ないのなら黙っていてくれ。無責任に思い出話にするなんて言える状況か?」
「思い出話にするために俺が出来ることはします。……あなたに地獄を見せた後でね」
ここでの瑞貴の表現は比喩的なものではなく、本当に『地獄を見せる』つもりだった。瑠々の母親に与えた生き地獄ではなく、向井に地獄の存在を知ってもらうつもりでいる。
瑞貴の言葉を合図にして鬼が動いた。無表情のまま瑞貴の斜め前に立ち、向井を見る。
「な、なんだ?……地獄を、見せるとは、ぼ、ぼ、暴力に訴える気か?」
長身で強面の鬼が正面に立てば心中穏やかではいられない。直前に『地獄を見せる』と言われていれば尚更だろう。
「安心してください。あなたには指一本触れませんから」
「で、では、警察にでも通報するつもりか?」
「えっ!?一応、通報される心当たりはあるんですね。……詐欺の」
「はっ!!私は、この家に棲む鬼を、お、追い払ったのだ。そのために必要なものを要求したにすぎない。だ、断じて詐欺などではない」
「オカルトで詐欺を論じるのは難しい。それを分かって、やってるんですよね?」
ここで次は采姫が動いた。あずさたち姉妹と祖父を部屋の外へと連れ出していく、あずさも茜も不安そうな表情をしてはいたが采姫に従うことにする。
向井は得体の知れない二人と残されてしまい、不安は増した。
「鬼は存在します。……でも、この家に鬼はいなかった」
「それは私が追い払ったからだ」
「いえ。あなたが追い払わなくても、鬼はこの家のことに関係なかった」
瑞貴は手にしていた閻魔刀を鞘から抜きながら、小さな声で『閻魔代行』と口にする。向井は瑞貴の動きだけを目で追い、何が起こるか分からないまま身構えた。
鬼が瑞貴の前に立った理由は、向井に刀身を見せないようにするため。
「……あ、あっ!?」
それまで単なる和室だった周囲の様子は一変し、これまでと同じように境界の紐で上下に分割された異世界が広がる。
ただし、地獄が風景だけではなく邪悪な巨体が取り囲むように数体存在していた。
「さぁ、これが地獄です」
向井は立っていることも出来なくなり、ハッキリと分かるくらいに震えていた。
「今回は、向井さんに濡れ衣を着せられた鬼も特別にご参加いただきました」
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