神媒師 《第一章・完結》

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第二章 信者獲得

086 心の記憶

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「……怒っている?」
「いえ、怒ってはいません。納得いかないだけです」

 瑞貴に違いがよく分からなかったが、とにかく怒っていないと言われたことを信じることにした。

 秋月と仲良くなって過した一ヶ月がなかったことにされている今、秋月が瑞貴に抱いている感情を読み取ることは出来ない。あまり余計なことを話してしまえば、記憶の齟齬に気付かれてしまうかもしれなかった。

「本当に話せるようなことは何もないよ」
「うん」

 拒絶するような言い方になってしまったことを後悔する。
 瑞貴のことを気にかけてくれていたことは事実であり、もしかすると心配してくれていたのかもしれない。そんな相手にするべき言い方ではなかった。

――秋月と共有していた時間が消されたことを、俺は引き摺ったままなのか?閻魔刀を二人に渡したことを後悔していないと言いながら、俺はいつまでウジウジしているつもりなんだ?

 瑞貴は秋月を見ながら、そんなことを考えていた。
 八雲との話で心の在り方によっては大切な物を『呪い』に変えてしまうことを教えられている。

――あの時、閻魔刀を二人に渡したことは絶対に間違いじゃなかった。秋月との過去が消えたとしても、現在はここにあるんだ

 閻魔大王が与えた罰は秋月と過ごしていた時間を奪うことであり、これからの時間を奪われたわけではなかった。
 特別な存在になることはなくても、友人としての関係を拒絶してしまうことは間違っている。瑞貴は何も話さないままいることが正しいことには思えなくなっていた。

「……土曜日に東京に行ってたんだ」
「えっ?……東京に?」

 秋月は、突然話始めた瑞貴に驚いた様子だった。それでも、真剣な表情で話をする瑞貴の言葉を聞き逃さないように集中している。

「東京に行って、ある人と会って話をした。もし、俺に変化があったとすれば、それが原因かもしれない」
「そうなんだ。その人との話は滝川君にとって大切なものになったんだね?」
「大切なもの……。大切なことに気付かせてくれたのかな?」
「大切なことなのに滝川君は気付いていなかったの?」
「気付いてなかったんだと思う。だから『もっと何かしてあげられたんじゃないか?』って勘違いをして、ずっと意味のない後悔をしてた」
「それで元気がなかったんだね?」
「落ち込んでいないつもりだったんだけど、元気なく見えてたのかも。……自分の考え方が間違っていることを教えられたよ」
「うん。ちょっと納得できた」

 秋月の声は優しいものに変わっていた。それは一ヶ月前に瑞貴の背中を押し続けてくれた声だった。

「それでも『ちょっと』なんだ。残りの納得できないことって何?」
「滝川君を元気にする言葉を知ってるのは私だけだと思ってたから、少し残念だったの」
「ん?……俺を元気にする言葉?それを秋月さんは知っているってこと?」
「……『パンケーキ』」

 全く予想していなかった単語の登場に瑞貴は焦ってしまった。その単語が飛び出してくる理由が分からずに、瑞貴は動揺してしまう。

「早川君とは食べに行ってないからね。パンケーキ」
「えっ?……何?……どういうこと?」
「この言葉で滝川君を元気にできると思ってたんだけど……。違っていたみたいで、残念」

 違っていたと言っている表情が悪戯っぽく笑っている。この言葉が瑞貴の心に大きな影響を与えていることを確信しているような顔だった。
 実際、瑞貴は何も話せなくなっている。

「元々行くつもりもなかったんだけど、早川君が強引で断るタイミングがなかっただけなの」

 秋月も本屋に行く予定があることを伝えてしまったことは迂闊だったが、まさか早川が押しかけてくるとは思っていなかった。
 早川の強引な態度で『一緒に食べる程度なら……』と秋月も諦めかけていたところで、瑞貴と大黒様に会ってしまったらしい。

 本屋の前で瑞貴と大黒様を見ていると『絶対に行っちゃダメ』と気持ちは変わってしまったことまで説明された。

「滝川君たちと別れた後、男の人に道を聞かれたの。……それで、その人を案内するフリをして『気分が悪くなったから』って言って断ったんだ」
「……道案内?あんな場所で?」
「フフッ、そこが気になったの?……『駅までの道を教えてくれませんか?』って、ちょっと見た目が怖い人だったから、早川君は何も言えなくなっていたみたい」
「見た目が怖い……。秋月さんは平気だったんだ」
「すごく迫力のある見た目だったけど、平気かな?」

 瑞貴は、道を聞いてきた男は鬼だと思っていた。そんなタイミングで秋月の前に現れるとしたら、鬼しかいないような印象を持っている。

――あの鬼は、そんなことして大丈夫なのか?……気を使い過ぎなんだよ

 罰として秋月の記憶を上書きしたのは閻魔大王なのだが、全く意味のないことにしてしまっている。
 あの時、瑞貴と大黒様が秋月たちと出会ったのは偶然のようであり偶然ではないような流れがあった。姫和が籠っていたこと、采姫が瑞貴を頼ってきたこと、全てが必然の流れになっていたのかもしれない。

「結局、全部助けられていたんだ」
「えっ?」
「いや、何でもない。……でも、その話をすることで俺が元気になると思っていたんだ?」
「思ってたよ。でも、違ったんだよね?」

 違っているわけではなかった。心の片隅に残り続けており、考えないようにしていた出来事だった。
 現に『一緒に食べていなかった』という事実は何よりも嬉しいことで、隠そうとしても笑顔が漏れ出してしまう。秋月も気が付いているはずだった。

「……でも、それって、俺が……」

 瑞貴の言葉は途切れてしまう。『俺が嫉妬してると思われてったの?』とは聞けなかった。こんな普通の会話の流れで、告白しているようなものになってしまう。

 続きを飲み込んでしまった瑞貴の代わりに秋月が語った。

「私にとっても、すごく大切なことだった気がするの。……まだ思い出せていないけど、いつかはちゃんと思い出していたいな」

 柔らかな表情で瑞貴を見つめながらの言葉だった。
 秋月の中にも何かが残っているのかもしれないと感じさせる話である。

――あの時のことは、心が記憶してるんだ……

 パンケーキのことも嬉しかったが、秋月の心に記憶されていることが瑞貴には嬉しかった。子どもたちと遊んでくれたことを忘れられるのは何よりも悲しいことになる。

――心に記憶があるのなら、何年後になってもいいから思い出してほしいな

 秋月は瑞貴が嫉妬していた事実を聞き出せないままだったが、鈍感な瑞貴は気付かない。その点は秋月に不満を残すことになったが、これだけの話ができたことをお互い素直に喜んでいた。
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