神媒師 《第一章・完結》

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第一章 初めての務め

057 メモ

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 瑞貴が『座敷に来てね』と言えば秋月が『えっ?キッチンじゃダメ?』と返し、瑞貴が『折り紙の作り方教えるね』と言えば秋月が『えっ?知ってるよ?』と返す。
 子どもたちの見えていない秋月は瑞貴が自分に話しかけているとしか考えられず、全てが上手く伝わらない。子供たちは二人のやり取りを不思議そうな顔で眺めていた。

 秋月の言葉には『えっ?』が量産され始めてしまい、同じスペースに集めてしまったことの無謀むぼうさを瑞貴は痛感していた。
 瑞貴には両方の声が聞こえているが、秋月には瑞貴の声しか聞こえていない。

――一体、どうすればいいんだ?

 瑞貴は途方に暮れてしまうが、良い策が必ずあると考えた。

「……もう、絶対に無理だと思うよ。……そこに、いるんだよね?」

 秋月の突然の言葉に瑞貴は驚いていたが、秋月が何に気付いて『無理』と言ったのか分からなかった。

「…………コレ」

 そう言って秋月は持っていた1枚の紙を瑞貴に見せた。

「あっ、そのメモ」

 本屋の前で落としたメモだった。それを山本絵里が拾い、瑠々についての話をしたのを秋月も聞いている。そして、瑞貴が怒りで我を忘れてしまっていた場面も秋月は見ていた。
 我を忘れて走り出していた瑞貴はメモの存在を忘れ去ってしまっていた。

「これ、私が預かっていたの。……黙っていて、ごめんなさい」

 そのメモには、瑞貴が覚えるために子どもたちの名前が書かれてある。山本は自分が知っている『山咲瑠々』にだけ注目したのだろうが、その他の情報も書き込まれていた。

「……いろいろな事が書いてあったよ。……どうして、滝川君がクリスマス・パーティーをやることになったのかも書いてあった」

 瑞貴自身、メモに記入した内容まで明確に記憶していない。誰にも見せるつもりはなかったメモであれば整理することもなく書き連ねていたことになる。

 だが、説明不足だった瑞貴の話を秋月が理解してくれた理由は判明した。

 メモ書きの情報。瑞貴の言葉と態度。それを秋月は結びつけながら状況を組み立てていたのかもしれない。

「……だから、いるんだよね?……ここに書いてある11人の子どもたち」

 秋月は、ある程度の確信を持って瑞貴と話をしていた。そんな世迷言よまいごとのような内容を信じて、この場にいてくれた。
 名前が書かれている山咲瑠々に関して瑞貴は過剰な反応を見せており、メモに書かれている情報に嘘がないことを瑞貴自身が認めていた。

「…………いる」

 瑞貴は、やっとのことで一言を絞り出す。


 それから、瑞貴が張った結界の中で秋月と子どもたちは面会を果たすことになった。
 ついでに信長と秀吉も一緒なのだが、この二人の情報はメモにも書かれていなかったので『保護者』とだけ伝えて名前は伏せておくことにした。

 結界を張って見えた瞬間、秋月の身体は硬直して小刻みに震えている。
 それでも何とか笑顔を作り、子どもたちに接してくれた。震える手を必死に誤魔化しながら、折り紙を教えてあげていた。出来るだけ怖がった様子を見せず、傷付けるようなことも言わず、頑張ってくれている姿が瑞貴は嬉しかった。

――明日から、来ないかもしれないな……

 瑞貴は秋月のことが心配だったので、今日は早めに帰ってもらうことにした。結界を解く前に信長が秋月に声をかけてくれる。

「娘さん、儂らのことが怖くて当然なんだ。この男が普通ではないだけで怖い想いをさせてすまなかったな」 

 秋月は信長の言葉に必死で首を振って応えた。
 帰り道で秋月は瑞貴の手を握りしめていた。瑞貴は嬉しさを感じるより先に、申し訳なさで一杯になっていた。


 マンションに入っていく秋月を大黒様と一緒に見送りながら、

「秋月さんは、もう来ないかもしれませんからね。そうなったら、俺の作ったご飯で諦めてくださいよ」

 信長が言っていたように、すぐに状況を受け入れられた瑞貴が異常なのだ。幼い頃から神媒師としての役目を聞かされていた瑞貴にとって、現在の状況に違和感を抱くことがなかっただけである。

――さぁ、早く帰って飾り付けの続きをしないと

 家に戻ると子どもたちはアニメを見ていた。一応、刺激は少なくなるように『日本の童話』にしてある。

――飾り付けは、この話が終わってからだな

 皆、食い入るようにしてテレビの前に座って見ている。
 現代版の紙芝居として駄菓子でも配ろうかと考えてはみたが、食べ物による感動はクリスマス・パーティー当日まで残しておきたかったので止めにすることにした。

「……あの娘さん、大丈夫だったか?」

 今度は秀吉が気遣って瑞貴に質問してきた。戦国時代であれば、誰かを気遣うことなどなかった二人が揃って声をかけてくれる。
 信長や秀吉も、神媒師以外の人間と接触することになるのは予想外だったはずだ。

「ありがとうございます。多少は落ち着いていると思いますけど、信長さんいわく、俺が異常なだけらしいです」
「それは……、そうじゃろうな」

 そんな話をしているとアニメは終わっており、見終わった子どもたちは画面に向かって拍手をしていた。

「……どう?面白かった?」

 瑞貴が声をかけると、子どもたちは興奮状態で口々に感想を言い始める。言っていることは全く分からなかったが、喜んでいることだけは伝わってきた。
 
 秋月のことは気になっていたが、この展開を全く予想しなかったわけではない。気にしていても仕方がないことだった。
 あの状況で隠すことも出来なかったが、正直に話すことで秋月がショックを受けることも分かっていた。もっとスマートな方法もあったかもしれないが、あの時点で瑞貴には他に選べる道がなかった。

 落ち着いてから子どもたちが折り紙に触れるために瑞貴は結界を張る。この結界を張った時の欠点は、瑞貴の両手がふさがってしまうことだった。
 両手を使って『閻魔刀』の紐を握っているので、折り紙を一緒に作ったり手本を示すことが出来ない。

――それでも、これだけのことが出来るようになるんだから贅沢は言えないか

 そして、思っていた以上に体力を消耗してしまった。

――ギリギリまで頑張って、紐を握ったまま気を失ったりしたらマズいよな

 瑞貴一人だけになっても、色々な場面で対応できるように方法を探りながら進めていくしかないのかもしれない。

※※※※※※※※※※

 一晩寝ることで瑞貴の体力は回復はしてくれていた。全快とまではいかないが、あと数日は耐えられそうな感じではある。
 先週、風邪でダウンして十分な休養を取れていたことは幸いだったのかもしれない。

 瑞貴が学校へ行っている間、皆には留守番していてもらうことになる。
 テレビのリモコンを使いこなせる大黒様が一緒なので、外で遊べなくても退屈することはないはずだった。

「おはよう」

 教室に入ると、先に来ていた秋月が声をかけてくれる。こんな時にかける言葉が見つからないが、瑞貴が戸惑った態度を取れば秋月を落ち込ませてしまう。

「うん、おはよう」
「昨日はごめんね。……もう平気だから」
「爺ちゃん二人からは、俺が異常なだけだって言われてる。気にしないで」

 それを聞いて秋月は笑顔になるが、本心までは分からない。無理をしているだけとも考えられた。
 本来、こんなことで無理をする必要など秋月にはないのだから、嫌な気持ちにはなってほしくなかった。

 秋月の場合、誰も居ない空間から人が出現する瞬間を目撃したわけだから、動揺が大きくて当然のこと。それも、そこに出現したのは死人であり幽霊である。

「……24日までに飾り付けを完成させないとね。……もう、今日と明日しか準備出来ないから急がないとね」
「えっ?」
「ちゃんと、また行くよ。……怖い気持ちは消せないかもしれないけど、私も最後までやり遂げたいの」

 信長が言っていたように『怖くて当然』なのだろう。それでも、秋月なりの結論を導き出したのかもしれない。学校にいる間の秋月の様子は、いつもと変わらないように見えた。

 学校が終わり、大黒様と迎えに行った時も普段通りの様子だった。余計な話をしたり再確認をするつもりはなかったが、瑞貴が考えていることだけは伝えておくことにした。

「……俺は結界の中以外でも普通に見えているから、秋月さんのような恐怖はなかったんだ。……ただ、普通に見え過ぎているから、感覚はおかしくなってる」
「そうだよね。……分かる気がする」
「幽霊に草履ぞうりを履く足があって、説教までされたんだ。あの人たちのことを死んでるって思えないくらい、俺にとっては現実的な存在になってる。……そのことは、今でも怖いよ」
「……どうして、それが怖いの?」
「俺は、あの人たちを消し去るための準備をしているだけだ。……あの人たちが消え去る時に、悔いを残さないように楽しんでもらおうとしてる」
「成仏させる。ってことなの?」
「まぁ、そうなるね。……あの人たちが、それを望んでいるとしても最初は怖くて仕方なかった」
「どうして?」
「俺には普通に見えてる。生きてる人たちと同じように」
「うん」
「そんなあの人たちに、俺はもう一度死を与えなければならないんだ」

 二度目の死を与える恐怖。
 それについては信長に諭されて納得しているが、今でも怖いことに変わりはない。
 瑞貴の気持ちを理解できた秋月は暗くならないように明るく言う。

「……幽霊って、見えても見えなくても怖い物なんだね?」
「はは、そうだね。俺にも意外な発見だったよ」

 こんな話で秋月の気持ちに変化が生まれるかまでは分からない。秋月の恐怖心がなくなったとしても、瑞貴のように別の感情に悩まされることもあることを知ってもらいたかった。
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