神媒師 《第一章・完結》

ふみ

文字の大きさ
上 下
50 / 110
第一章 初めての務め

050 手紙

しおりを挟む
 目が覚めると瑞貴の部屋は真っ暗になっていた。

 デジタル時計は3時過ぎを表示しており、寝惚けている瑞貴には午前か午後かを判断できずに混乱する。思考力が鈍っていなければ、15時の表示にとなっていない時点で午前でしかあり得ない。
 しばらくは放心状態で時間をかけてベッドに腰かけた。

――あっ、大黒様も眠ってるみたいだ……

 ベッドに腰かけていると頭が起きてくるので数時間前に同じ姿勢の自分が何をしていたか記憶が甦ってきた。

 秋月の柔らかい感触が思い出されて恥ずかしさが込み上げてくる。柔らかい匂いを思い出すにつれて嬉しさが込み上げてくる。部屋が暗くなければ瑞貴の顔が赤くなっていることを確認することが出来ただろう。

――なんだか、とんでもないことを体験してしまった……

 記憶よりも感覚で秋月とのことを覚えていた。

――次に秋月さんと会う時、どんな顔をすればいいんだよ……

 そんなことを考えていると、暗闇に目が慣れてきた瑞貴はテーブルの上の紙を発見した。
 大黒様を起こさないように気を付けながら、静かにスタンドライトのスイッチを入れる。

 紙には綺麗な文字が並んでいた。秋月が残した手紙だ。

『次に会う時のことを心配している滝川君へ』

 瑞貴のことを見透かした書き出しの手紙になっている。神様よりも秋月の方が怖い存在であることを瑞貴は思い知らされた。

『眠ってしまったので帰ります
 明日も学校は休んで風邪を治すことに専念してください
 夕方、また寄らせてもらいます
 もう、滝川君に拒否権はないと思いますよ』

 秋月の慈愛に満ちた行動とは別の側面を見せられた感覚。そんな印象の文面だった。
 その証拠に次に続く言葉は、

『滝川君の弱味を握った女 秋月穂香より』

 と書かれている。要するに瑞貴は弱みを握られており拒否することが出来なくなっている『脅し』の手紙だった。

『鍵はお母様よりお借りしたものを使わせてもらいました』

 薄暗い部屋で読むには恐怖を煽られそうな内容ではあるが、今回のことで瑞貴が気を使い過ぎないように考えて書かれた手紙でもある。
 秋月自身も必死で選んだ行動が抱擁であり、彼女の恥ずかしさも人生最大級のものだった。


 秋月は眠ってしまった瑞貴をベッドに寝かしつけて、食事の後片付けを済ませた。大黒様も瑞貴の部屋まで連れてきてから手紙を書いていたのだが、時間が経過していても秋月のドキドキは止まらなかった。
 本当は大黒様が自分のところに来てくれたことが嬉しかった。母親を説得して瑞貴の家に行くことにした行動力を秋月自身が一番驚いている。

 そんな経緯いきさつを知らない瑞貴は少しだけ怯えながら手紙を読むことになってしまった。


 翌朝になっても身体の調子は昨日より少し回復している程度。それでも、やるべきことは済ませておきたかったので1階に下りていくのだった。
 秋月は朝食まで作り置きしてくれており、準備されていたことに瑞貴は感激する。

――すごいな、ここまでしてくれてたんだ

 そして、新聞を取りに玄関先まで出ていくと、更に驚かされることになった。
 娘の次は父親の登場である。

「おはよう。……先日は、どうも」

 正に神出鬼没。
 秋月父は前回会った時に比べて機嫌が悪そうな感じがしていた。不機嫌な理由については、なんとなく想像が出来ているので瑞貴も余計なことは何も言わない。

「……おはようございます。……どうぞ、お入りください」

 家に招き入れても、もてなすことは出来ない。それでも玄関先で大きな声で独り言を喋り続けていれば、ご近所から心配されてしまうので家の中に招き入れるしかない。

「……娘のストーカーらしき人物に動きがあったから、君に報告したかったんだ。……でも、君の素性を聞き忘れていたことに気付いてね」

 瑞貴の個人情報は一切教えていなかった。

――前回は、自分で勝手に話し終えちゃったんだけどな

 あの時は、秋月父が一方的に話を終えて消えてしまっていたのだから仕方がない。瑞貴としては名乗る間さえ与えてもらえなかった。

「えっと、俺は滝川瑞貴といって、秋月さんと同じ高校に通っています。クラスも同じなんです」

 リビングで秋月父と向かい合わせに座っている。お茶を出しても無意味なので、そのまま話を始めていた。

「まぁ、そうだろうね」

 秋月父は言葉に纏わりついている棘を隠すことなく話している。瑞貴は身に覚えのないことで怒られている子どものようになっていた。
 身に覚えがないといえば語弊があるのかもしれないが、潔白である以上、疚しさはない。

「……ずっと、あそこにいたんですか?」
「私たちの身体は疲れを感じることもないからね。……時間的な感覚も生きていた時と違って、待つことも苦にならなくなる」

 死後の世界での情報は貴重だった。信長や秀吉が400年以上もあのままでいられたのは時間感覚のズレも起因していたのかもしれない。

「偶然、君が連れていた子犬を見つけてね。……そしたら、穂香も一緒になって、ここに入っていくじゃないか。……しばらくすると、君のご両親は出かけてしまうし……」
「……ずっと、待ってたんですか?」
「そんな、無粋な真似はしない」

 父親として娘を心配する気持ちと、娘のプライバシーは守りたい気持ちでせめぎ合っていたのだろう。娘を問いただすことが出来ないいのであれば、必然的にターゲットは瑞貴になる。

「本当に何もなかったので……、心配しないでください。……俺が風邪を引いて、寝込んでいたから様子を見に来てくれただけなんです」

 瑞貴も後ろめたさはゼロではない。それでも、こんな場面で事細かに説明するほどのバカでもない。

「佳奈が、あの子に任せているのだから仕方ないが……、泣かせるようなことだけはしないでくれよ」

――『かな』?……あぁ、秋月さんのお母さんの名前?

 秋月父は少し落ち着き始めており、声のトーンは穏やかになってきていた。

――あれも、泣かせてしまったことになるのだろうか……?

 瑞貴の話を聞いてくれて、その感情に同調し始めた秋月も涙を流してしまっていた。その後は瑞貴が一方的に泣いてしまっただけになるが、あれは泣かせたことにカウントしないでおいた。

「……ところで、ストーカーが出たって本当ですか?」

 瑞貴にとっては、そちらの方が大問題だった。そんな中で昨日の夜に秋月一人で帰らせてしまっていたし、今日の夜も来ると言っている。
 瑞貴のために行動させて秋月を危険な目に遭わすわけにはいかなかった。

「コホッ、コホ」

 少しだけ興奮したことで瑞貴は咳込んでしまった。

「大丈夫かい?……風邪、まだ治っていないんだったら休んだ方がいい。……私の用事は別の日でも構わないから」
「いえ、大丈夫ですから教えてください。俺の方が気になってしまっているので、このままの方が身体に悪いです」

 確かに体調の面では最悪な状態を脱しただけで、まだまだ良くない。
 それでも、このまま先送りにされてしまえば余計な気持ち悪さだけが残されてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~配信中に最弱の俺が最強をボコしたらバズりまくった件~

果 一
ファンタジー
 《第17回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を賜りました》 俺こと、息吹翔の通う学校には、Sランクパーティーのメンバーがいる。名前は木山豪気。ハイレベルな強さを持つ“剣士”であり、世間的にも有名である――ただし悪い意味で。  人を見下し、学校のアイドルを盗撮し、さらには平気で他のダンジョン冒険者を襲う、最低最悪の人間だった。しかも俺が最弱ジョブと言われる「弓使い(アーチャー)」だとわかるや否や、ガムを吐き捨てバカにしてくる始末。 「こいつとは二度と関わりたくないな」  そう思った矢先、ダンジョン攻略中に豪気が所属するSランクパーティーと遭遇してしまい、問答無用で攻撃を受けて――  しかし、豪気達は知らない。俺が弓捌きを極め、SSランクまで到達しているということを。  そして、俺も知らない。豪気達との戦いの様子が全国配信されていて、バズリまくってしまうということを。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。 ※本作はカクヨム・小説家になろうでも公開しています。両サイトでのタイトルは『【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~全国配信されていることに気付かず全員返り討ちにしたら、バズリまくって大変なことになったんだが!?~』となります。

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。 だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。 無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。 人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。 だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。 自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。 殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

【完結】月下の聖女〜婚約破棄された元聖女、冒険者になって悠々自適に過ごす予定が、追いかけてきた同級生に何故か溺愛されています。

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編完結しました。お付き合いいただいた皆様、有難うございました!※ 両親を事故で亡くしたティナは、膨大な量の光の魔力を持つ為に聖女にされてしまう。 多忙なティナが学院を休んでいる間に、男爵令嬢のマリーから悪い噂を吹き込まれた王子はティナに婚約破棄を告げる。 大喜びで婚約破棄を受け入れたティナは憧れの冒険者になるが、両親が残した幻の花の種を育てる為に、栽培場所を探す旅に出る事を決意する。 そんなティナに、何故か同級生だったトールが同行を申し出て……? *HOTランキング1位、エールに感想有難うございます!とても励みになっています!

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

処理中です...