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第一章 初めての務め
042 怒り方
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信長との話が一区切りした時、秀吉が『ホレ、ホレ』と瑞貴を呼んでいる。
「……ほれ、お迎えが来たみたいじゃぞ」
瑞貴は秀吉の指でさし示した方向に目を向けた。
瑞貴が見たのは大黒様を抱えた秋月の姿であり、本屋の駐車場に二人を置き去りにして走り出してしまった場面が頭の中に甦っていた。
瑞貴は慌てて立ち上がり、走って二人のもとへ向かい、
「あっ、ごめんなさい。……いやっ、謝って済むことじゃないですよね。……でも、本当にすいませんでした」
瑞貴は必死に頭を下げて謝ることしか出来なかった。
冷静になって思い出すと我を忘れてしまったとしても酷過ぎる対応になっていると思い、とても許されることではなかった。
「大黒様がココまで案内してくれたんだ。……全然迷わずに滝川君のところに来れるって、すごいね」
秋月は笑いながら話しかけてくる。怒っている様子は全くなかったが、怒っていないわけがない。
「……本当にゴメン」
瑞貴には現状で他に言葉が見つからない。それ以上は何を言えばいいのか分からずに立ち尽くしてしまっている瑞貴の顔に秋月はハンカチを押し当てた。
「まずは、涙を拭いた方がいいよ。……涙の痕でグチャグチャになってる」
指摘されると急に恥ずかしくなった。今までは人が通るのも気にせずに泣いていたにも関わらず、秋月を前にして冷静になってしまった。
秋月が押し当ててくれたハンカチを借りて瑞貴は涙を拭い始める。
「あっ、うん、ごめん。……ありがとう」
突然の展開で頭が整理出来ていなかったが、この場に秋月を連れてきてくれた大黒様には感謝するしかなかった。もっとも、子犬として存在している大黒様も秋月がいなければ危なかったかもしれない。
「……山本さん、ビックリしてたよ」
誰かの言葉で全ての事がどうでも良くなって怒りを吐き出す瞬間を瑞貴は初めて体験した。
「ごめん。……よく思い出せないけど、秋月さんの友達に失礼な事を言ったかも」
「友達、ではないかな。……委員会で少し一緒だっただけなの」
「……そうなんだ。……あの時、自分が何を言ったか、あまり覚えてないんだ。……頭が真っ白になって、それで……」
山本から聞いた話の内容だけは覚えているが、自分の発言には全く現実感がなかった。
「それで、私と大黒様を置いてココに来ちゃったんだ?」
「うっ……」
秋月は抱きかかえている大黒様とタッグを組み、瑞貴を責めながら嬉しそうに話している。
それでも笑顔で話した直後に少しだけ暗い顔になり、
「……すごく怖かった。……滝川君が、あんな顔するなんて知らなかったから驚いちゃった」
「そうかも」
あの時、瑞貴の感情は真っ黒だったのだろう。それは今でも瑞貴の身体の中に『澱』のように残っている。
「……パンケーキ、食べられなかったね」
「あっ、ごめん。俺の方からお願いしたことだったのに」
「もう、いいの」
今回のことで秋月は呆れてしまったと瑞貴は考えた。『もう、いい』は拒絶の言葉にしか聞こえない。
――『もう、いい』、か。当然そうなるよな
瑞貴は秋月から拒絶されてしまったことを受け入れるしかないと諦めていた。
「もう、いいの。……私が作ることに決めたから」
「……!?」
「だって、滝川君も食てないんだからお店の再現なんて出来ないでしょ?……ちゃんと食べたことない人に任せるのは不安だから、私が作ります」
何を話しているのか理解出来なかった。『もう、いい』は瑞貴を拒絶する言葉ではなく瑞貴が料理することを諦めさえる言葉だったらしいが、秋月が怒っていないことが分からない。
瑞貴は瑠々のことを何も説明していないければ、瑞貴の周りにいる皆の姿を秋月が見ることも出来ない。大黒様が事情を説明することも不可能なのだから、秋月が怒らないでいてくれる理由がない。
「いや、食べたことなくても、大体のことは分かってるから大丈夫だって。……ネットで調べれば済む話だし、問題ない」
「大切な人たちに、そんな中途半端なモノを食べさせるの?」
「うっっ」
秋月は的確に痛いところを突いてくる。使用する単語も瑞貴にダメージを与えられる絶妙な選択だった。
「滝川君、ちゃんと満足させられるモノを作れる自信あるの?」
「……ソコソコのモノなら、デキル」
「ふーん、ソコソコでいいんだ?」
知ってあげることも、クリスマス・パーティーで満足してもらうことも大切なことに違いはなかった。どちらも疎かにしてはいけないものになる。
「儂らは、美味しいものを食べたいのじゃぞ」
ニコニコ顔の秀吉が秋月の側に立って、瑞貴を追い立てる。
だが、秋月をこんなことに巻き込んでしまって大丈夫なのか瑞貴に不安な気持ちがあった。瑞貴にとって意味があることでも秋月にとって意味があるとは限らない。
「少し、考えさせてほしい」
「いいよ」
優柔不断な答えだが考える時間が欲しかった。瑞貴だけで解決できることなら、他の誰かを巻き込む必要はないはずだ。
秋月が意外にあっさりと了解してくれたのは少しだけ意外な感じがしたが、笑顔で応じてくれる。
「……絶対に、私に頼ることになるんだからね」
抱きかかえた大黒様だけに聞こえる小声で秋月は言っていた。
「わんっ!」
瑞貴が気付かない間に、この二人にも絆が生まれていたのかもしれない。もしかしたら、瑞貴に置き去りにされた者同士の反撃かもしれなかった。
その後、秋月に瑞貴たちが見えない場所まで離れてもらってから信長と秀吉に子どもたちを呼んでもらった。
瑞貴は子どもたち一人一人の顔をしっかりと見て名前を呼びながらギュッと抱きしめる。子どもたちの中には少し照れたりする子もいたが、みんな瑞貴の身体に手を回して抱きしめ返してくれた。
もう一度、自分の出来ることに向き合う力が欲しかった。
流石に信長と秀吉とのハグは遠慮することにしたが、気持ちを落ち着けることは出来ていた。
多少の気まずさを感じながらになるが、秋月と一緒に帰り道を歩き始める。
そして、この状況でも秋月から何も聞かれないことが気持ち悪かった。山本に詰め寄った内容についても秋月は一切触れてこない。
瑞貴からも聞き出しておきたいことがあったのだが、秋月が聞いてこないので会話をためらってしまう。
「……あのさ、さっきの……山本さんが住んでる、ところなんだけど……分かるかな?」
「調べれば分かると思うよ。……どうして?」
「……ちょっと確認したいことがあるんだ」
「分かった、明日、学校で聞いてみる」
ここでも秋月は必要以上のことを瑞貴に聞き返すことはしない。
怒られもしなければ、問い詰められもしない。瑞貴にとって歓迎すべき状況であるはずが却って気まずくなってしまう。
「あと、明日から数日は学校を休むと思うんだ」
「……そっか。……それなら、山本さんの住所が分かったら携帯に連絡するね」
ここでも大きなリアクションはなかった。関心がない訳ではないと思うのだが、聞かないでいてくれるだけなのだろう。
「……でも、もう、あんなに怖い感じにはならないよね?」
「たぶん、秋月さんの前で怒ったりはしない」
「違うの、怒ってもいいの。……怒ってもいいけど、怖い感じにはなってほしくないの」
瑞貴の頭の中に『?』が並んでいる。矛盾したお願いで内容の違いが分からない。
怒れば怖くなるの当然なのに、怖くならない怒り方があるのかが分からなかった。そんな幼稚な矛盾に気付かないはずもない秋月が同じお願いを繰り返す。
「あんなに泣いちゃうくらいに怒ってくれる人がいることは、たぶん嬉しいことだよ。……でもね、それで怖い人になっちゃったら悲しいと思うんだ」
分かるような、分からないような漠然とした話だが、『怒ってもいい』と思えているのは少しだけ気持ちが楽になった。
「……ほれ、お迎えが来たみたいじゃぞ」
瑞貴は秀吉の指でさし示した方向に目を向けた。
瑞貴が見たのは大黒様を抱えた秋月の姿であり、本屋の駐車場に二人を置き去りにして走り出してしまった場面が頭の中に甦っていた。
瑞貴は慌てて立ち上がり、走って二人のもとへ向かい、
「あっ、ごめんなさい。……いやっ、謝って済むことじゃないですよね。……でも、本当にすいませんでした」
瑞貴は必死に頭を下げて謝ることしか出来なかった。
冷静になって思い出すと我を忘れてしまったとしても酷過ぎる対応になっていると思い、とても許されることではなかった。
「大黒様がココまで案内してくれたんだ。……全然迷わずに滝川君のところに来れるって、すごいね」
秋月は笑いながら話しかけてくる。怒っている様子は全くなかったが、怒っていないわけがない。
「……本当にゴメン」
瑞貴には現状で他に言葉が見つからない。それ以上は何を言えばいいのか分からずに立ち尽くしてしまっている瑞貴の顔に秋月はハンカチを押し当てた。
「まずは、涙を拭いた方がいいよ。……涙の痕でグチャグチャになってる」
指摘されると急に恥ずかしくなった。今までは人が通るのも気にせずに泣いていたにも関わらず、秋月を前にして冷静になってしまった。
秋月が押し当ててくれたハンカチを借りて瑞貴は涙を拭い始める。
「あっ、うん、ごめん。……ありがとう」
突然の展開で頭が整理出来ていなかったが、この場に秋月を連れてきてくれた大黒様には感謝するしかなかった。もっとも、子犬として存在している大黒様も秋月がいなければ危なかったかもしれない。
「……山本さん、ビックリしてたよ」
誰かの言葉で全ての事がどうでも良くなって怒りを吐き出す瞬間を瑞貴は初めて体験した。
「ごめん。……よく思い出せないけど、秋月さんの友達に失礼な事を言ったかも」
「友達、ではないかな。……委員会で少し一緒だっただけなの」
「……そうなんだ。……あの時、自分が何を言ったか、あまり覚えてないんだ。……頭が真っ白になって、それで……」
山本から聞いた話の内容だけは覚えているが、自分の発言には全く現実感がなかった。
「それで、私と大黒様を置いてココに来ちゃったんだ?」
「うっ……」
秋月は抱きかかえている大黒様とタッグを組み、瑞貴を責めながら嬉しそうに話している。
それでも笑顔で話した直後に少しだけ暗い顔になり、
「……すごく怖かった。……滝川君が、あんな顔するなんて知らなかったから驚いちゃった」
「そうかも」
あの時、瑞貴の感情は真っ黒だったのだろう。それは今でも瑞貴の身体の中に『澱』のように残っている。
「……パンケーキ、食べられなかったね」
「あっ、ごめん。俺の方からお願いしたことだったのに」
「もう、いいの」
今回のことで秋月は呆れてしまったと瑞貴は考えた。『もう、いい』は拒絶の言葉にしか聞こえない。
――『もう、いい』、か。当然そうなるよな
瑞貴は秋月から拒絶されてしまったことを受け入れるしかないと諦めていた。
「もう、いいの。……私が作ることに決めたから」
「……!?」
「だって、滝川君も食てないんだからお店の再現なんて出来ないでしょ?……ちゃんと食べたことない人に任せるのは不安だから、私が作ります」
何を話しているのか理解出来なかった。『もう、いい』は瑞貴を拒絶する言葉ではなく瑞貴が料理することを諦めさえる言葉だったらしいが、秋月が怒っていないことが分からない。
瑞貴は瑠々のことを何も説明していないければ、瑞貴の周りにいる皆の姿を秋月が見ることも出来ない。大黒様が事情を説明することも不可能なのだから、秋月が怒らないでいてくれる理由がない。
「いや、食べたことなくても、大体のことは分かってるから大丈夫だって。……ネットで調べれば済む話だし、問題ない」
「大切な人たちに、そんな中途半端なモノを食べさせるの?」
「うっっ」
秋月は的確に痛いところを突いてくる。使用する単語も瑞貴にダメージを与えられる絶妙な選択だった。
「滝川君、ちゃんと満足させられるモノを作れる自信あるの?」
「……ソコソコのモノなら、デキル」
「ふーん、ソコソコでいいんだ?」
知ってあげることも、クリスマス・パーティーで満足してもらうことも大切なことに違いはなかった。どちらも疎かにしてはいけないものになる。
「儂らは、美味しいものを食べたいのじゃぞ」
ニコニコ顔の秀吉が秋月の側に立って、瑞貴を追い立てる。
だが、秋月をこんなことに巻き込んでしまって大丈夫なのか瑞貴に不安な気持ちがあった。瑞貴にとって意味があることでも秋月にとって意味があるとは限らない。
「少し、考えさせてほしい」
「いいよ」
優柔不断な答えだが考える時間が欲しかった。瑞貴だけで解決できることなら、他の誰かを巻き込む必要はないはずだ。
秋月が意外にあっさりと了解してくれたのは少しだけ意外な感じがしたが、笑顔で応じてくれる。
「……絶対に、私に頼ることになるんだからね」
抱きかかえた大黒様だけに聞こえる小声で秋月は言っていた。
「わんっ!」
瑞貴が気付かない間に、この二人にも絆が生まれていたのかもしれない。もしかしたら、瑞貴に置き去りにされた者同士の反撃かもしれなかった。
その後、秋月に瑞貴たちが見えない場所まで離れてもらってから信長と秀吉に子どもたちを呼んでもらった。
瑞貴は子どもたち一人一人の顔をしっかりと見て名前を呼びながらギュッと抱きしめる。子どもたちの中には少し照れたりする子もいたが、みんな瑞貴の身体に手を回して抱きしめ返してくれた。
もう一度、自分の出来ることに向き合う力が欲しかった。
流石に信長と秀吉とのハグは遠慮することにしたが、気持ちを落ち着けることは出来ていた。
多少の気まずさを感じながらになるが、秋月と一緒に帰り道を歩き始める。
そして、この状況でも秋月から何も聞かれないことが気持ち悪かった。山本に詰め寄った内容についても秋月は一切触れてこない。
瑞貴からも聞き出しておきたいことがあったのだが、秋月が聞いてこないので会話をためらってしまう。
「……あのさ、さっきの……山本さんが住んでる、ところなんだけど……分かるかな?」
「調べれば分かると思うよ。……どうして?」
「……ちょっと確認したいことがあるんだ」
「分かった、明日、学校で聞いてみる」
ここでも秋月は必要以上のことを瑞貴に聞き返すことはしない。
怒られもしなければ、問い詰められもしない。瑞貴にとって歓迎すべき状況であるはずが却って気まずくなってしまう。
「あと、明日から数日は学校を休むと思うんだ」
「……そっか。……それなら、山本さんの住所が分かったら携帯に連絡するね」
ここでも大きなリアクションはなかった。関心がない訳ではないと思うのだが、聞かないでいてくれるだけなのだろう。
「……でも、もう、あんなに怖い感じにはならないよね?」
「たぶん、秋月さんの前で怒ったりはしない」
「違うの、怒ってもいいの。……怒ってもいいけど、怖い感じにはなってほしくないの」
瑞貴の頭の中に『?』が並んでいる。矛盾したお願いで内容の違いが分からない。
怒れば怖くなるの当然なのに、怖くならない怒り方があるのかが分からなかった。そんな幼稚な矛盾に気付かないはずもない秋月が同じお願いを繰り返す。
「あんなに泣いちゃうくらいに怒ってくれる人がいることは、たぶん嬉しいことだよ。……でもね、それで怖い人になっちゃったら悲しいと思うんだ」
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