神媒師 《第一章・完結》

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第一章 初めての務め

039 対面

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 大黒様が進む先で、人影がスッと物陰に隠れたのを瑞貴は確認した。
 スーツを着た30代くらいの大人だったが、秋月を相手に見惚みほれる年上の男がいたとしても不思議はないと思っている。

――どうする?……声をかけたりするのはヤバいのかな?

 どんな行動が正解か瑞貴には分からない。それでも秋月が危険な目に遭うことがあってはならないと考えていた。
 結論が出せないまま進んでいくが、相手は逃げ去ることもなく同じ場所に立っていた。

 気が付けば、瑞貴と男は正面で向き合ってしまっていた。
 年齢は20代後半から30代前半くらいで身なりも整っている。背も高く普通にカッコイイ部類であるのだから、瑞貴は『ストーカー』になる思考を疑ってしまっていた。

「……君は私が見えているのか?」

 スーツ姿の男性が優しい声で瑞貴に話しかけてきた。

「はっ?」

 その内容は意外過ぎる展開だった。
 この男性は既に死んでいて、存在してはいけない人が『ストーカー』として行動していることになる。

「驚いたな……。動物は勘がいいから、この犬が気付いているとは思ったけど君まで見えていることは想定外だったよ」

 自分がしている行動を反省している様子はない。秋月を独占したい男の攻撃的な言葉を予想していた瑞貴は完全に気が抜けてしまった。

「……見えてますけど、貴方は、その……」
「もう、この世の人間ではないよ。所謂いわゆる『幽霊』ってやつだ。……そんな区別もつかないくらいにハッキリ見えてるんだね?」
「……俺には生きている人と変わらない姿で見えてます」
「ははは、それは大変だ。苦労するだろうね」

 二人は普通に会話をしていた。瑞貴の父は簡単に出会うことはない存在と言っていが、思ったよりも簡単に出くわしてしまったことになる。
 出会っていたとしても生きた人間と区別がつかないので、出会っていなかったと思い込んでいただけなのかもしれない。

「……はい、苦労させられてます」
「私はね、あの子の……、秋月穂香の父親だ」

 この数時間の内で、どれだけ感情が揺り動かされるのだろうか。瑞貴の感情が振れ幅に全く追いつかないくらいになっている。

「えっ、秋月さんのお父さん?」

 瑞貴の反応を見てニッコリと笑っていた。
 予想が外れており『ストーカー』だと思っていたのは『父親』だった。そして、『うちの娘に近付くな』的展開もなく優しく微笑んでくれている。

 瑞貴は秋月に父親がいなかったことを知らなかった。秋月が二度と会うことが出来ない存在を瑞貴は見ていることになる。
 
 今日の瑞貴の涙腺るいせんは多少崩壊気味だった。

「……君のように優しい子が見えてしまうのは残酷なことかもしれないね」

 今まで楽し気に話をしていた秋月が父親を失っていたことを知り無性に悲しくなってしまっていた。瑞貴の目から涙が溢れていしまっている。
 瑞貴の気持ちが安定するまで秋月父は黙って待っていてくれた。

「……大丈夫かい?」
「はい、すいませんでした。もう、大丈夫です」
「驚いたよ、穂香に君のような友達がいるなんてね。……まさか、見つかってしまうとは思ってもみなかった」
「俺もビックリしました。秋月さんのお父さんが亡くなっていたなんて知らなかったので……」
「私が死んだのは、あの子が5歳の頃だからね。……あの子にとっては、父親のいない生活が普通のことなんだ。知らなくて当然だよ」
「……この世に留まって秋月さんを見てたんですか?」
「時々、ね。親が子供に干渉かんしょうするのは良くないから。……と言っても、干渉なんて出来ないんだけど」

 自虐的なブラックジョークへの対応は困惑させられるので、正直やめてほしいと瑞貴は思う。

「それに干渉し過ぎて『彼氏』の存在でも知ってしまったら、『彼氏』を呪い殺しかねないから……ね」

 これも冗談にはならず優しそうだと思ったことを、すぐにでも撤回したい気持ちになっていた。

「今のところ、そんな話を聞いたことないので大丈夫だと思います」
「『今のところ』は、ね」

 瑞貴はゾクッとした。本当に発動させてはいけない能力でも使えそうな雰囲気が秋月父にはあった。父親の怖さである。

「まぁ、秋月さんは人気ありますから。……ん?……外で誰かの気配を感じるって言ってましたけど秋月さんって霊感が強いんですか?」

 大黒様と仲良くできているし、父親の存在を霊的な気配として感じ取っているのかもしれない。
 それであれば『ストーカー』は勘違いでしかないことになるので一件落着だ。

「残念ながら霊感は強くないと思う。……あの子が不安に感じていることは事実だ。今は、あの子の姿をチラチラと見ているだけだが、このまま放っておけば怖いことになりかねない」
「やっぱり『ストーカー』がいる?……誰か分からないんですか?」
「たぶん年の近い男だ。……あまり詳しく調べらて穂香に嫌われるようなことになったら困るから、正直どうしようか迷っていた」

 死んでからも娘には嫌われたくないのは親心なのだろう。心配で仕方ないけど過保護で嫌われるようなこともしたくない、複雑な父親の心境かもしれない。

「あっ、そうだ。次にその男を見つけた時、君に教えるから君が何とかしてくれないか?」
「えっ、俺が?」
「……良し、決まりだ!対応策が見つからなくて困っていたんだ、助かるよ」

 瑞貴が明確な返事をするのも待たずに、秋月父は『また、よろしくね』と言い残して去ってしまう。
 僅かな時間で『父親の優しさ』『怖さ』『強引さ』をマイペースに見せつけて何処かに行ってしまっていた。

――秋月って、お父さん似かな?

 瑞貴の返事を待たずに進められる会話の直感的な印象でしかない。だが、それと同時に『良い人』であることも間違いないと感じている。
 秋月父が『ストーカー』の存在を認めているのであれば、瑞貴としても助けないわけにはいかない。

「大黒様は秋月さんのお父さんだって分かっていたんですか?」

 瑞貴の問いかけに答えてはくれないが、大黒様の狙い通りの展開になっているはずだった。大黒様が秋月を助けたいと望んでいるのであれば神媒師としての役割でもある。

「大黒様が秋月さんを助けたいなら俺は従います」

 神媒師としてではなく瑞貴自身の望みにもなるが、自分の気持ちを正直に認めることはしなかった。

「それじゃぁ、今度こそ本当に帰りましょう」

 大黒様は静かに歩き始めた。この時点で出来ることはなくなったことを理解して瑞貴も歩き始める。

 家に戻ると両親が出張の準備をしていた。これから年の瀬ギリギリまでを出張先での滞在になるらしい。年明け早々から始まるプロジェクトの都合でやむを得ないことだった。
 これまでも両親揃って家を空けるケースはあったのだが、今回は大黒様もいるし閻魔様の件もあるので少し勝手が違う。

「すまないな、お前も忙しい時に二人揃って手伝えない」

 何もない時期であれば平気なのだが、いろいろと重なっている時期で不安もある。それでも両親が働いて生活が成り立っていることを考えれば瑞貴だけで乗り切るしかない。

「大丈夫だよ。心配いらない」

 翌日の予定を思い浮かべて瑞貴は前向きな返事をする。
 悲しく感じることもあったり面倒な頼みごとが増えたりもしていたが、予想外に嬉しい展開も含まれていたのでプラス思考で向き合うことにした。
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