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五十八話

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 それからというもの、アンダーソン家の朝の風景が変わった。これまでは朝食の支度が終わるまでは各々の部屋で過ごし、朝食の席で顔を合わせるのが常だったのが、今はまず最初に、屋敷の外を走る掛け声が聞こえてくるようになった。
 毎日同じところ走るのは飽きるだろうというサイラスの配慮により、アンダーソン家に仕える騎士の訓練場であったり、庭園であったり、屋敷の外周であったりと、その日によって走る場所は変わる。

 それでも、ふとした瞬間に窓から外を覗けば、顔を赤くさせて走る父親の姿を見ることも多かった。

「……よく続くものね」

 サイラスが邸宅に来てから一週間。朝食の前、朝食後小休止を取ってから、仕事が一段落ついたら、夕食の前などなど、暇さえあれば走っている。
 サイラスと父親だけでなく、騎士が混ざることもあれば、アリシアが混ざっていることもある。

 感心すればいいのか、呆れればいいのかわからない複雑な感情に、シェリルは自然と苦笑をこぼした。

 もう間もなく、学園に戻ることになる。父親とアシュフィールド公の話し合いがどうなっているのかをシェリルは聞かされていないが、学園に戻る前には決着がつくことだろう。
 ちなみにサイラスはアンダーソン家から学園に戻るそうで、必要なものはすでに持ってきているらしい。

「大きく変わりはしないでしょうけど……」

 サイラスとの婚約は継続されるだろう。これまでのようになんでもかんでもアリシアに与えるということはなくなるとは思うが、変わるとしてもその程度だろう。

 アシュフィールド家――もとい、サイラスから贈られていた誕生日プレゼントの一部がアリシアのものになっているのは、両家共に大事にはしたくないので内々に済ませることになっている。

「ああ、でも……一応、変わったことはあったわね」

 ふと二日ほど前のことを思い出し、シェリルは苦笑を深めた。

 アリシアの手に渡った誕生日プレゼントに代わり、新しく何か用意するとサイラスは提案してきたのだが、豪華な宝石をもらったところで合わせるドレスはなく、きらびやかなドレスをもらっても合わせる宝石も靴もない。

「……なら一式、というのはどうだろうか」

 そう説明し固辞したシェリルに、サイラスは真剣な顔でとんでもないことを言い出した。

 シェリルが装飾品の類をもらった回数はあまり多くない。すぐにお菓子などの、食べて消えるものに変わったからだ。
 どう考えても、一式そろえればこれまでもらった誕生日の総額を優に超える。

「いただいたものが手元にないのは申し訳なく思いますが、だからといってそこまで高額なものをいただくわけにはいきません」

 いくら婚約者という間柄でも、限度というものがある。ちょっとした装飾品ならともかく、一式揃えてのプレゼント、それも婿入り先にとか聞いたことがない。
 アシュフィールド家の資金から出すのか、はたまたサイラスの個人資金から出すのか、どちらにせよシェリルのために使うのは無駄遣いだ。

「いや……」

 だがシェリルが即座に断ったにもかかわらず、サイラスは少し言いよどみ、視線を机に落とした。

「……その、俺は、お前の好みをよく知らないから……一式、一緒に選べば少しはわかるかと、そう思ったんだ」

 サイラスの顔は伏せられている。だが髪の隙間から覗く赤い耳に、シェリルはこの場合どうすればいいのかと頭を抱えかけた。
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