53 / 61
五十二話
しおりを挟む
「サイラス様――」
何か言おうと決めて口を開いたわけではない。ただ何か言わないといけないような気がして名前を呼ぶと、サイラスが不思議そうにシェリルを見つめた。
そしてその先を続けるよりも早く――ノックの音が部屋に飛びこんできた。
シェリルは一度開きかけた口を閉じると、改めて扉に向けて「どうぞ」と声をかける。現れたのは、アンダーソン家に仕える侍女だ。
「ご当主様とアシュフィールド公爵がお呼びです」
恭しく言う侍女にシェリルは一瞬だけサイラスに視線を送ってから、頷いて返した。
そうして、侍女に連れられながらサイラスと共に執務室まで戻ると、中には対面するようにソファに座る父とアシュフィールド公がいた。
父はうなだれ、アシュフィールド公はそれを見据えている。どういったやり取りが交わされたのかは定かではないが、父にはあまり喜ばしい話ではなかったようだ。
「戻ったか」
入ってきたシェリルとサイラスを見て、アシュフィールド公が言う。父はこちらにちらりと視線を送っただけで、何も言わなかった。
「――話は以上だ。そのうえでどうするかは、自身で決めるように」
アシュフィールド公の言葉にも、父は何も答えない。いったい、どんな話をしていたのか。
シェリルが疑問に思っていると、サイラスが前に進み出て父の近くに立った。
「詳しいことは知らんが、走るといい」
そしてその口から出てきた言葉に、シェリルだけでなく父までもが顔を上げてぽかんとした顔になった。
「陰鬱としている時には走るのが一番だ。体を動かし鍛えれば、鬱屈とした精神もどうにかなるだろう」
そういえば、とシェリルは思い出す。
頑丈な肉体には頑丈な精神が宿ると、以前サイラスは言っていた。健全の間違いで、しかも宿るといいなという意味だということを、話してはいない。
まさかまだ勘違いしているのではないかとシェリルの口元に苦笑が浮かぶ。
「……それもいいだろう。私は少しシェリル嬢と話があるから、アンダーソン侯はサイラスと走ってくるがいい」
訂正せず促すアシュフィールド公に、シェリルはまたもサイラスの勘違いを正す機会を失う。アシュフィールド公まで勘違いしている、ということはないだろう。
サイラスと父がいてはできない話をするつもりなのだと悟り、シェリルは口を閉ざすことにした。
何か言おうと決めて口を開いたわけではない。ただ何か言わないといけないような気がして名前を呼ぶと、サイラスが不思議そうにシェリルを見つめた。
そしてその先を続けるよりも早く――ノックの音が部屋に飛びこんできた。
シェリルは一度開きかけた口を閉じると、改めて扉に向けて「どうぞ」と声をかける。現れたのは、アンダーソン家に仕える侍女だ。
「ご当主様とアシュフィールド公爵がお呼びです」
恭しく言う侍女にシェリルは一瞬だけサイラスに視線を送ってから、頷いて返した。
そうして、侍女に連れられながらサイラスと共に執務室まで戻ると、中には対面するようにソファに座る父とアシュフィールド公がいた。
父はうなだれ、アシュフィールド公はそれを見据えている。どういったやり取りが交わされたのかは定かではないが、父にはあまり喜ばしい話ではなかったようだ。
「戻ったか」
入ってきたシェリルとサイラスを見て、アシュフィールド公が言う。父はこちらにちらりと視線を送っただけで、何も言わなかった。
「――話は以上だ。そのうえでどうするかは、自身で決めるように」
アシュフィールド公の言葉にも、父は何も答えない。いったい、どんな話をしていたのか。
シェリルが疑問に思っていると、サイラスが前に進み出て父の近くに立った。
「詳しいことは知らんが、走るといい」
そしてその口から出てきた言葉に、シェリルだけでなく父までもが顔を上げてぽかんとした顔になった。
「陰鬱としている時には走るのが一番だ。体を動かし鍛えれば、鬱屈とした精神もどうにかなるだろう」
そういえば、とシェリルは思い出す。
頑丈な肉体には頑丈な精神が宿ると、以前サイラスは言っていた。健全の間違いで、しかも宿るといいなという意味だということを、話してはいない。
まさかまだ勘違いしているのではないかとシェリルの口元に苦笑が浮かぶ。
「……それもいいだろう。私は少しシェリル嬢と話があるから、アンダーソン侯はサイラスと走ってくるがいい」
訂正せず促すアシュフィールド公に、シェリルはまたもサイラスの勘違いを正す機会を失う。アシュフィールド公まで勘違いしている、ということはないだろう。
サイラスと父がいてはできない話をするつもりなのだと悟り、シェリルは口を閉ざすことにした。
12
お気に入りに追加
5,253
あなたにおすすめの小説
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?
鏑木 うりこ
恋愛
父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。
「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」
庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。
少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *)
HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい!
色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー!
★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!
これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい!
【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる