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五十話
しおりを挟む使用人はお茶を淹れてすぐに退出している。そのため、シェリルかサイラス。どちらかが口を開かない限り、室内は静かなままだ。時折窓の外から鳥の鳴く声が聞こえてくるが、その程度。
シェリルからはこれといって言うことはなく、サイラスはサイラスで視線を泳がせてはカップに口をつけ、わずかに唇をしめらせてからソーサーにカップを置き直すのを繰り返している。
何か言いたいことがあるのだろうと察して黙したまま待っているが、中々サイラスの口から用件が出てこない。
こちらから話題を振るべきなのだろうかと考えはしても、この状況に適した話題が思いつかず、結局シェリルも口を閉ざしたまま。
「……その、本当はもう少し早くこちらに到着する予定だったのだが……悪天候に見舞われてしまい、遅くなった。そのせいでいらぬ諍いを生んでしまったようで……すまなかった」
そうした長い沈黙の後、ようやくサイラスの口から出てきた謝罪の言葉にシェリルは小さく苦笑を浮かべる。
諍いを見聞きしたことに触れてもいいのかどうか悩んでいたのだろう、と察しがついたからだ。
そして苦笑を浮かべた理由はそれだけではない。
手紙が届いたのはおそらく二、三日前。それなのに遅くなったということは、手紙の到着とほぼ同時期にこちらに到着する予定だったのだろう。
それは、婚約が破談になると知った父の出方を危ぶんだからに違いない。サイラスではなく、アシュフィールド公が。
「いえ……遅かれ早かれ生じていたことでしょうから、お気になさらないでください」
母が別の人を思慕していたと思っていた父。そこから生まれた歪みは、いずれ思わぬところで爆発していたことだろう。
それを考えれば、今日この日であってよかったとも言えるかもしれない。何しろ、横槍が入ったことにより平行線になったであろう話を中断することができた。それに母を非難する父の言葉をあれ以上聞かずに済んだのだから。
「むしろ、感謝しております。どうしてなのかを知ることができましたから」
どうして母の話をしないのか。どうして同じ父の子でありながら自分ばかり我慢を強いられるのか。
どうして、たった一歳違いの異母妹ができたのか。
母のことで激情する父の歪んだ顔と発せられた言葉は、まるでそうであるべきだと自らに言い聞かせているようでもあった。
きっと父は少なからず母に好意を抱いていたのだろう。だが、叶わぬ想いと決めつけて他に心の安息を望んだのだろう。それが、継母とアリシアだったのだろう。
もしも、母がもう少し長く生きていられたら。もしも、父が母の想いに気づけていたら。もしも、シェリルが母の想いを父に伝えていたら――何か違っていたのだろうか。
そこまで考えて、シェリルは小さく首を横に振る。シェリルとアリシアの間にはたった一年の差しかない。たとえどれほど母が長く生きていようと、父が外に子供を作ったことも、外に安息を望んだことも覆すことはできない。
結局のところ、すべて手遅れだったのだ。
死の間際まで父のことを想っていた母に、シェリルの視界がわずかに歪む。その端に、白い布地が映りこんだ。
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