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四十三話 ※サイラス視点

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 テラスには白い机と白い椅子が二脚用意されている。その一つにはすでにシェリルが座っていた。サイラスは空いた椅子に座る前にシェリルの前まで行き、花束を差し出した。

「これを……先日は、すまなかった」
「いえ……お気になさらないでください」

 そう言ってシェリルが花束を受け取ると椅子に座り、お茶を注ぎ終わった使用人がテラスを出ると、サイラスはぐっと顔に力をこめ、真剣な表情を作った。

「最近、アルフから色々と学んでいる。……これまでおろそかにしていたから大変ではあるが、少しずつ身についている、とは思う」
「……そうなのですね。新しいことを学ぶのはよいことかと思います」

 ぎこちないやり取りに、サイラスはこれまでどんな風に茶会を過ごしていたかを必死に思い出す。
 だが思い出せるのは互いに近況報告をして相槌を打っていたことだけ。話が弾むということもなく、決められていた時間が過ぎればそこでお開きとなっていた。
 領地で茶会を開いていた時はその後でそれぞれの親に挨拶をしていたが、それもほとんどが形式的なものばかりだった。
 シェリルとアシュフィールド公爵とではまた違ったかもしれないが、少なくともサイラスの側はアンダーソン侯爵と親身に話したことはない。

 だからこそシェリルが置かれた状況に気づけなかったのことに、サイラスは落ちこみそうになるのを必死にこらえた。

「……そちらは、どうだった?」
「先日、隣国について学びました。あちらの国は芸術が盛んで、隣同士だというのに文化に違いがあるのは風土や歴史の違いなどが関係しているのだと……そう教わりました」

 隣の国では絵画だけでなく、工芸や陶芸、染めにも力を入れている。アシュフィールド家でも隣国の品を仕入れることが多く、サイラスも何度も目にしたことがあった。

「……あちらでは、染めに使われる鉱石や植物がよく採れるからな」

 これまでであれば相槌を打つだけで終わっていた。サイラスが知っていることは当然シェリルも知っていると考えて、口を閉ざしていただろう。
 だが今は、どうにかして話を膨らませようと必死だった。これまでの茶会での自分の態度を反省した結果でもある。

 そんななんてことのないやり取りを繰り返しているうちに時間が過ぎ、決められた時間が終わるのも後少しとなった頃だった。

「アリシアが鍛錬場にお邪魔しているようで……ご迷惑をおかけしていないとよろしいのですが……」

 申し訳なさそうに目を伏せるシェリルに、サイラスはどうして今回茶会を開くことにしたのかを理解した。
 婚約の破棄を申し込んだのはサイラスのほうで、シェリルの側は茶会などを放棄しても咎められるいわれはない。だが、アリシアについて申し訳なく思っていたから茶会を開き、直接謝りたいと――そう思ったのだろうと、サイラスは苦笑を浮かべる。

「鍛錬に来るように言ったのは俺だから、気にするな。……それに、誰も迷惑だとは思っていない。元々、武術科生は歯に衣を被せないやつらが多いからな。お前の妹の言動に注意したりで、楽しそうにしているやつも多い」
「それは本当に大丈夫なのでしょうか……?」

 学術科の生徒相手であれば多少なりとも配慮する生徒も多いが、放課後にまで鍛錬を行っている生徒の多くは次男や三男――次期当主になることはなく、騎士になる可能性の高い者ばかりだ。
 中には、アリシアと同様の立場。場合によっては正妻がいる状態での愛妾の子だったりと、アリシアよりも家での立場が悪い者もいたりする。
 そんな中に、何かとずるいずるいと言うアリシアが放り込まれたのだから、当然駄目出しの嵐が起きた。

 たいてい言い負かされるのはアリシアのほうで、学術科の生徒相手に口喧嘩で買ったと、言い負かしたほうは喜んでいる。

「ああ、まったく問題ない」

 一族郎党処刑レベルのことをしでかさない限り、シェリルが害を被ることはない。アリシアが何かしでかしたとしても、その責任を取るのはアンダーソン侯爵。彼女たちの父親だ。
 そのため、シェリルが気に病む必要はどこにもないのだと言っても、真面目な性分である彼女は納得しないだろう。

 だからサイラスはそれを口にすることなく、首を傾げているシェリルに向けて力強く頷いた。
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