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三十六話
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シェリルが朝起きてまず思ったことは、今月の茶会はどうするのだろう、ということだった。
毎月決まって最終週に会っていたが、先月はそれよりも前に何度か会っていたことや、贈り物などでうやむやになっている。
だが今月も後少しで終わりで、贈り物を返しに行こうとしたのは数のうちには入らないだろう。
両家の間で決められた約束だ。婚約が成り立っている今は、月に一度茶会を開くのは義務ともいえる。
「……聞きに行かないといけないわよね」
シェリルは義務だと考えているが、サイラスは違うかもしれない。騎士になるとかは置いておいて、婚約を破棄したいと言っていたのだから、定められた茶会に付き合う必要はないと考えているかもしれない。
いつもと同じようにテラスに予約を入れ、待ちぼうけを食らうのは遠慮したい。誰かの目に留まれば、何があったのかと聞かれることだろう。
だ婚約を破棄して騎士になりたいそうだと説明しても、なんで? と問われるのが目に見えている。
シェリルですらわからないのだから、聞かれたところで答えようがない。
後で来るかもしれないわずらわしさと、今の億劫な気持ちを天秤にかけ、シェリルは昼休憩を利用して武術科棟を訪れた。
だが昼食を終えたばかりの武術科棟ではたくさんの生徒が行き交い、どこにサイラスがいるのか見当もつかなかった。
どうしたものかと悩んでいるところで、見知った顔を見つける。
「あの、つかぬことをお伺いしますが……サイラス様がどちらにいらっしゃるかご存じですか?」
声をかけたのは、以前サイラスがアリシアを走らせていた時に会った男子生徒、ダニエルだった。
彼はシェリルに話しかけられ、少し驚いたように目を丸くした後柔らかな笑みを浮かべた。
「サイラスだったらたしか……学舎の裏に行くとかなんとか言ってたかな」
「そうですか……ありがとうございます」
どうしてそんなところにと疑問に思いはしたが、シェリルは一礼して感謝の言葉を告げ、ダニエルに教えてもらった場所に向かった。
歩いていくうちに声が聞こえてきた。取り込み中なのだろうかと思ったところで引き返していればよかったのだろう。
だがかすかに聞こえた自身の名に、シェリルははてと首を傾げ、声のしたほうに近づいてしまった。
「俺は! シェリルが好きだ!」
これでもかと張り上げられた声に、シェリルの頭が一瞬だが真っ白になる。声を発している相手は考えなくてもわかる。もう何年もの間聞いてきた声だ。
「えっ」
そして出てしまった間の抜けた声に、青色の瞳と琥珀色の瞳がシェリルを捕らえた。
見慣れた二人の姿。どうしてサイラスとアルフが一緒にいるのかとか、先ほどの言葉はなんなのかとかがシェリルの頭の中で渦巻く。
「あ、私……その、ごめんなさい」
だが追及することはできなかった。引きつった二人の顔に、シェリルは反射的に謝り、踵を返した。
少し離れた場所で、シェリルは先ほど耳にした言葉を振り払おうと必死に考える。
きっと、聞き間違いか何かなのだろう。あるいは、そういう意図のない言葉だったのかもしれない。
だってそうでないと、あまりにも――
「シェリル!」
後ろからかけられた声に、思考が途切れる。足を止め振り向くと、顔を青くさせたサイラスがそこに立っていた。
「今のはちが……いや、違わないのだが、だが……そうではなく、いや、そうなのだが……」
赤くさせたり青くさせたりとせわしくない顔色を変え、要領を得ないことを言う彼にシェリルは意識して落ちついた声色を出す。
「サイラス様、どうかされましたか?」
聞き間違いでもなんでも、聞かなかったことにすればいい。サイラスとアルフが二人で話していたのに驚いたとでも言えばいい。
そう考えて、シェリルはごまかす道を選んだ。
「……聞かなかったのか?」
どこかほっとしたように言うサイラスにシェリルは首を傾げる。
「なんのお話でしょうか」
「その、俺がお前を好きだということを」
気が抜けたのだろう。あっさりと言うサイラスにシェリルは顔を引つらせた。
毎月決まって最終週に会っていたが、先月はそれよりも前に何度か会っていたことや、贈り物などでうやむやになっている。
だが今月も後少しで終わりで、贈り物を返しに行こうとしたのは数のうちには入らないだろう。
両家の間で決められた約束だ。婚約が成り立っている今は、月に一度茶会を開くのは義務ともいえる。
「……聞きに行かないといけないわよね」
シェリルは義務だと考えているが、サイラスは違うかもしれない。騎士になるとかは置いておいて、婚約を破棄したいと言っていたのだから、定められた茶会に付き合う必要はないと考えているかもしれない。
いつもと同じようにテラスに予約を入れ、待ちぼうけを食らうのは遠慮したい。誰かの目に留まれば、何があったのかと聞かれることだろう。
だ婚約を破棄して騎士になりたいそうだと説明しても、なんで? と問われるのが目に見えている。
シェリルですらわからないのだから、聞かれたところで答えようがない。
後で来るかもしれないわずらわしさと、今の億劫な気持ちを天秤にかけ、シェリルは昼休憩を利用して武術科棟を訪れた。
だが昼食を終えたばかりの武術科棟ではたくさんの生徒が行き交い、どこにサイラスがいるのか見当もつかなかった。
どうしたものかと悩んでいるところで、見知った顔を見つける。
「あの、つかぬことをお伺いしますが……サイラス様がどちらにいらっしゃるかご存じですか?」
声をかけたのは、以前サイラスがアリシアを走らせていた時に会った男子生徒、ダニエルだった。
彼はシェリルに話しかけられ、少し驚いたように目を丸くした後柔らかな笑みを浮かべた。
「サイラスだったらたしか……学舎の裏に行くとかなんとか言ってたかな」
「そうですか……ありがとうございます」
どうしてそんなところにと疑問に思いはしたが、シェリルは一礼して感謝の言葉を告げ、ダニエルに教えてもらった場所に向かった。
歩いていくうちに声が聞こえてきた。取り込み中なのだろうかと思ったところで引き返していればよかったのだろう。
だがかすかに聞こえた自身の名に、シェリルははてと首を傾げ、声のしたほうに近づいてしまった。
「俺は! シェリルが好きだ!」
これでもかと張り上げられた声に、シェリルの頭が一瞬だが真っ白になる。声を発している相手は考えなくてもわかる。もう何年もの間聞いてきた声だ。
「えっ」
そして出てしまった間の抜けた声に、青色の瞳と琥珀色の瞳がシェリルを捕らえた。
見慣れた二人の姿。どうしてサイラスとアルフが一緒にいるのかとか、先ほどの言葉はなんなのかとかがシェリルの頭の中で渦巻く。
「あ、私……その、ごめんなさい」
だが追及することはできなかった。引きつった二人の顔に、シェリルは反射的に謝り、踵を返した。
少し離れた場所で、シェリルは先ほど耳にした言葉を振り払おうと必死に考える。
きっと、聞き間違いか何かなのだろう。あるいは、そういう意図のない言葉だったのかもしれない。
だってそうでないと、あまりにも――
「シェリル!」
後ろからかけられた声に、思考が途切れる。足を止め振り向くと、顔を青くさせたサイラスがそこに立っていた。
「今のはちが……いや、違わないのだが、だが……そうではなく、いや、そうなのだが……」
赤くさせたり青くさせたりとせわしくない顔色を変え、要領を得ないことを言う彼にシェリルは意識して落ちついた声色を出す。
「サイラス様、どうかされましたか?」
聞き間違いでもなんでも、聞かなかったことにすればいい。サイラスとアルフが二人で話していたのに驚いたとでも言えばいい。
そう考えて、シェリルはごまかす道を選んだ。
「……聞かなかったのか?」
どこかほっとしたように言うサイラスにシェリルは首を傾げる。
「なんのお話でしょうか」
「その、俺がお前を好きだということを」
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