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三十三話 ※サイラス視点

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 食事を終え学舎の裏手に向かうと、そこではすでにアルフが待っていた。
 陽の光を受ける明るい茶色の髪の下では、その眩さをわずらわしく思っているのか目を細めている。線が細く、小柄な体躯だというのに腕を組み壁に背を預けて立っている姿はなんともふてぶてしそうで、サイラスはその姿に昔のことを想起する。

 アルフとサイラスの交流はシェリルとの婚約が結ばれる少し前まで続いていた。
 エイトケン侯爵とアシュフィールド公爵は同じ事業に携わっている。それ関連のやり取りで、エイトケン侯爵が度々アシュフィールド領を訪ねてきていたのだ。
 同じ年ということもあり父親同士が話し合っている間、サイラスとアルフは二人で遊ぶようにと言われていた。

 だが体の弱いアルフと体を動かすのが好きなサイラスでは、趣味が合わなかった。
 最終的に、アルフが「我慢の限界だ」と言い放って交流が途切れた。

「……話とはなんだろうか」

 だからこうしてかしこまって二人きりで話すのは本当に久しぶりのことだった。
 緊張しながらサイラスが話しかけると、アルフの目がサイラスに向く。

「僕と君の間にある共通の話題なんて一つしかないよ」
「シェリルのことか」

 食堂で一度たしなめられている前から、アルフとシェリルが友好関係を築いていることは知っていた。
 学術科生に対して穏和すぎると、武術科生の間で別人疑惑が出てきた時に耳にしたのだ。

「君たちの問題だから僕が口を出すのは間違ってるのはわかってるよ。だけど、彼女は友人だからね。毎回毎回悩んでる姿を見るのは心苦しくもなるんだよ」

 悩みの原因は、まず間違いなく自分なのだろう。
 ここで何を悩んでいるのかととぼけられるほど、サイラスは鈍くはなかった。

「それは……悪いことをした」
「結局さ、君はどうしたいの?」
「……俺は、彼女を守りたいだけだ」

 元来、妻の役割は社交だ。だが当主であるシェリルは社交以外にも様々なことをこなさなくてはいけない。
 女の舞台である社交にサイラスが首を突っこむことはできず、かといって男の舞台である政務でもサイラスにできることはない。
 男であり当主ではないサイラスには何一つとして決定権はなく、すべては女当主になるシェリルにのしかかる。
 サイラスにできることは、武力をもってして言うことを聞かせようとしてくる相手を排除することだけ――だと思っていた。アリシアから話を聞くまでは。

「俺は彼女を支えられなかった。だから、その役目は他に任せようと思ったんだ」

 サイラスは細かいことを考えるのがあまり得意ではない。だから、彼女の変化に気づくのにも遅れ、淑女になるというのはそういうことなのだろうと片付けてしまった。
 より聡く、彼女の変化にいち早く気づける相手のほうが、彼女の平穏のためにはいい。

「……それで、なんで騎士?」
「彼女の支えになれる相手が武にも長けている保証はない。……それに、彼女を守りたいという気持ちに変わりはない。騎士となって外敵を遠ざけられるなら、それに越したことはないだろう」

 こめかみに指を当て考えるような仕草を取るアルフに、サイラスは視線をさまよわせる。
 何か間違ったことを言っただろうか、と。

「僕だったら、元婚約者がつきまとっている相手なんて遠慮したいけどね」


 そう言うと、アルフはサイラスを見上げた。

「君はあいかわらず、人の気持ちってのを考えてないんだね」

 見据える琥珀色の瞳は冷え切っていて、かつて人には向き不向きがあるのだと語った彼の姿がサイラスの脳裏に浮かんだ。
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