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二十九話
しおりを挟むそういえば、とシェリルは考える。
シェリルの母親がまだ生きていた頃、サイラスはシェリルが走ったりするたびに折れるだのなんだのと心配してくるようなとぼけた子供で、シェリルはそのたびに折れるはずがないと主張していた。
背が高くなり、体つきもしっかりしてきた今でもとぼけた性格をしているのだと今さらながらにわかり、シェリルは気を取り直すように小さく息を吐いた。
「一介の騎士と侯爵家の婿をどうして同じだと思えるんですか」
「お前を守る剣になる、という意味では同じかな、と……」
「全然違います」
一介の騎士と侯爵家の婿とでは得られる待遇も地位も違いすぎる。どうしてそれを同じだと思えるのか。
誰に聞いたとしても否と答えるだろう。そしてそれはアシュフィールド家当主であろうと変わらないはずだ。
「……サイラス様。私は、公爵様とお母様の間でどのような取り決めがあったのかは知りません。ですが、まかり間違っても騎士になってもいいという決まりはないと思います」
サイラスは容貌もよく、剣の腕もある。公爵家の血筋ということもあり、婿に迎え入れたい家はいくらでもあるだろう。
それらを蹴り、一介の騎士に身を落とすことをよしとはしないだろう。
「いや……あるかもしれない」
「あるわけがないでしょう!?」
サイラスが叱られた犬のように眉尻を下げるのを見て、シェリルは自分が声を荒げてしまったことに気づく。
父親が後妻を迎えてからこれまで声を張り上げることなどなかった。
それなのにサイラスのとんでもない発言に翻弄された自分に、シェリルは顔を引きつらせた。
否と唱えれば甘やかされたからだと言われ、嫌だと喚き散らせばはしたないと言われたことを思い出し、小さく息を吐く。
付け入る隙は誰であろうと見せてはいけない。それが、シェリルが継母と妹――それから父親から学んだことだった。
「サイラス様。一時の感情で決めず、よく考えてください。今は失敗を悔いているのだとしても、その感情はいずれ薄れます。その時に、どうして忠誠の誓いを立ててしまったのかと後悔されることでしょう」
「それはない。俺は、今も昔も……お前の剣でありたいと思っている」
「……だとしても、公爵様はお認めにならないでしょう」
サイラスがどう思っていようと関係ない。
結婚は家と家の繋がりを生むためのものだ。恋愛結婚だのと騒がれてこそいるが、サイラスとシェリルの関係はそうではない。
どんな取り決めがあろうと政略結婚であることには変わりないのだ。
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