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二話

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 シェリルの暮らすアバークロン国には、貴族の子息と息女が十四歳になると通う王立学園がある。
 学園には武術科と学術科にわかれており、有事には兵を率いる可能性のある子息は武術科に、社交を主とする可能性のある息女は必要な知識を得るために学術科に通うのが一般的だ。
 そしてシェリルとサイラスもその例に漏れず、学術科と武術科に在籍していた。

 それぞれの学科は別棟で授業が行われるため交流はなく、寮生活を営んではいたが、女子寮と男子寮は学園の端と端にあるため、シェリルとサイラスが顔を合わせることはほとんどなかった。
 幼少期から決められていた、月に一度の茶会がなければ没交渉で過ごしていたかもしれないほどだ。

 それでもシェリルにとっては構わなかった。これまでの生活となんら変わりなかったからだ。
 むしろ、継母や妹がいないだけ気が楽だった。
 だがシェリルと妹のアリシアは一歳しか年が違わない。侯爵家の娘として引き取られたアリシアもまた、翌年には学園に通うようになった。

「刺繍って苦手なのよね。代わりにやっておいてくれない?」

 アリシアは当然のようにシェリルの部屋を訪ね、何度もお願いをした。
 自分でやらないと意味がない――などと言う気力は、シェリルにはなかった。


 そうした日々を過ごすうちに季節は流れ、シェリルは十六歳になり、最終学年を迎えた。
 学園を卒業すれば、シェリルはアンダーソン家の正式な跡継ぎとなり、サイラスを婿に迎える予定――だった。


 だがある日、シェリルはアリシアと学園内にある庭園で並んで歩くサイラスを目撃した。
 春のうららかな日差しの中で歩く二人は楽しげで、シェリルはただその光景を見ているしかなかった。


 そして、それから一週間が経ち、月に一度と決められた茶会の日に、サイラスはシェリルに婚約を破棄したいと告げた。
 シェリルの胸の中に湧いたのは、しかたない、という諦めの気持ちだった。
 アリシアがほしいと言えば、それはなんであれアリシアのものとなった。だからサイラスも暗い自分よりも明るいアリシアのものになったのだろう――そう思ったからだ。

「はい、わかりました」
「もちろん、君にも言い分があるのはわかる。だが俺としては、今どき親の決めた結婚を強いられるのは間違っていると――今、なんて言った?」
「ですから、構いませんと」

 シェリルとサイラスは幼い頃からの婚約者ではあるが、決めたのはそれぞれの両親で、そこに当事者である二人の意思はなかった。
 そして昨今、自由恋愛を謳う者が増えているのはシェリルも知っていた。政略結婚など時代遅れだ。自分の決めた相手と寄り添うのが一番いい。そう訴える者たちにより、各家の親が困り果てている、という話を社交の一環で耳にしたからだ。
 サイラスもおそらく、それを耳にし、自分の婚約は間違えていると思ったのだろう。

「どうぞ、サイラス様のなさりたいようになさっていただいて構いません」

 これで話は終わりだろうとシェリルが席を立ちかけたとき、サイラスの目と口が大きく開かれた。

「どうしてそこであっさり引きさがるんだ、そこで!」

 そのあまりの剣幕に、シェリルはぽかんと小さく口を開けた。
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