26 / 83
第25泳
しおりを挟む
ドアをくぐると、ちゃりんと鳴った。内側に磨かれた貝の板が何枚かまとめてかけてあり、開閉すると揺れて音が出るのだ。しゃれた作りだ。
真珠のドアの向こうには、大きな広間があった。吹き抜けに天井が開いていて、少なくとも三階あり、屋根は透けているデザインなので、そこから聖堂のように光が注いでいる。
広間の奥には高い壁があり、こちら側がバルコニーだ。グリンは、そのバルコニーに砂地の植木鉢がいくつかあるのを見て取った。
上方のバルコニーに開け放されている窓は、縁が銀色に光っている。その銀の外側にも、つつましく真珠が並んでいる。玄関の造りほど目立ちはしないが、趣向が凝らされた家なのだった。
「こんにちは。有名人さんいますか」
大胆にも、見知らぬ年上のグリンをつかまえてイモガイの加工までさせたユキが、うわずった声で肩を心持ちいからせている。
炎のような濃いオレンジというか、赤い髪を頭の上で不思議にまとめた人魚が、バルコニーから顔をのぞかせ、嬉しそうにして言った。
「ユキちゃん! マリンさんいるよ。ちょっと待ってて、呼んでくるから」
「はい!」
ユキは軍隊にでも入ったかのように、緊張した上目遣いで元気よく答えた。
マリンは、この街では知らぬ人魚はいないほどの別嬪であるとの評判だ。生来、優れた容貌の人魚は多いが、マリンのように名高くなる者はほんの一握りだ。
ユキなどは黄金色に輝く髪に生まれながら手入れの方法を知らず、マリンに髪の手入れを教わってからようやく、髪が肩につくほど伸ばせたのだ。それ以前は切れ毛が栄えるままにしていたこともあり、ツヤやしなやかさも、今日には到底及ばなかった。
つまり、マリンはファッションのみならず、日頃の手入れも含めて、美に憧れる人魚を導く仕事をしていることになる。
「有名人さん、イモガイ嫌いだったらどうしよう」
小声でユキが言った。
「イモガイ、嫌いな人魚って、聞いたことないな」
「すっごく綺麗な人だから、イモガイなんか山ほどもらってるかも」
それはあるかもしれない、とグリンは思うだけにしておいた。真珠をドアや窓にあしらうほど恵まれた人魚が、何を欲しがるかなど分からない。イモガイは人魚にとって割と高級な方だが、真珠はもっと高級だ。なにしろ貝の中でしか作れないのだ。
真珠のドアの向こうには、大きな広間があった。吹き抜けに天井が開いていて、少なくとも三階あり、屋根は透けているデザインなので、そこから聖堂のように光が注いでいる。
広間の奥には高い壁があり、こちら側がバルコニーだ。グリンは、そのバルコニーに砂地の植木鉢がいくつかあるのを見て取った。
上方のバルコニーに開け放されている窓は、縁が銀色に光っている。その銀の外側にも、つつましく真珠が並んでいる。玄関の造りほど目立ちはしないが、趣向が凝らされた家なのだった。
「こんにちは。有名人さんいますか」
大胆にも、見知らぬ年上のグリンをつかまえてイモガイの加工までさせたユキが、うわずった声で肩を心持ちいからせている。
炎のような濃いオレンジというか、赤い髪を頭の上で不思議にまとめた人魚が、バルコニーから顔をのぞかせ、嬉しそうにして言った。
「ユキちゃん! マリンさんいるよ。ちょっと待ってて、呼んでくるから」
「はい!」
ユキは軍隊にでも入ったかのように、緊張した上目遣いで元気よく答えた。
マリンは、この街では知らぬ人魚はいないほどの別嬪であるとの評判だ。生来、優れた容貌の人魚は多いが、マリンのように名高くなる者はほんの一握りだ。
ユキなどは黄金色に輝く髪に生まれながら手入れの方法を知らず、マリンに髪の手入れを教わってからようやく、髪が肩につくほど伸ばせたのだ。それ以前は切れ毛が栄えるままにしていたこともあり、ツヤやしなやかさも、今日には到底及ばなかった。
つまり、マリンはファッションのみならず、日頃の手入れも含めて、美に憧れる人魚を導く仕事をしていることになる。
「有名人さん、イモガイ嫌いだったらどうしよう」
小声でユキが言った。
「イモガイ、嫌いな人魚って、聞いたことないな」
「すっごく綺麗な人だから、イモガイなんか山ほどもらってるかも」
それはあるかもしれない、とグリンは思うだけにしておいた。真珠をドアや窓にあしらうほど恵まれた人魚が、何を欲しがるかなど分からない。イモガイは人魚にとって割と高級な方だが、真珠はもっと高級だ。なにしろ貝の中でしか作れないのだ。
1
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ファンタジック・アイロニー[6月5日更新再開!]
なぎコミュニティー
ファンタジー
――少年少女は神の悪戯で異世界に誘われた。これはとある兄妹が綴るストーリー。
ある日、神による悪戯により、兄妹は異世界に誘われる。基本世界「 ヒューマニー 」と童話や童謡の世界「 メルフェール 」で引き起こされる世界の混乱に兄妹はどのように挑むのか?! 神の思惑に挑む異世界幻想ストーリー。
※当作品はなぎコミュニティにて行われている「リレー小説」ですので、各話に応じて話がぶっ飛んでいたり、文体が異なっている場合があります。
※6月5日20時に更新再開しますが、執筆者多忙のため更新は隔週です! (5日の次の更新は19日となります)
※文章の量に応じて複数に話を区切らせていただいております。また、題名の末尾にあります括弧内の文字は、執筆担当者の名前です。もし担当者の文体が気に入りましたら、覚えておいていただけますと、メンバー総出で喜びます!
以上の事をご考慮の上、読了ください!
新約・精霊眼の少女外伝~蒼玉の愛~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
偉大な大魔導士である母親を尊敬する、幼い侯爵令嬢マリオン。
彼女は「我が家には富も名声も地位もある! 足りないのは血筋だけね!」と日々思っていた。
目指すは高貴な血筋への玉の輿!
王家か公爵家に嫁ぐために頑張るのだが――?
母親の弟子たちで結成したチーム「ザフィーア」でなぜか勃発する、男子七人による「マリオン争奪ゲーム」。
困惑するマリオンは、ゲームの中で自分の愛の姿を見つけることになる。
----
本作は「新約・精霊眼の少女」のアフターストーリーですが、本伝を知らなくても読めるようになっています。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
尿・便表現あり
アダルトな表現あり
修学旅行に行くはずが異世界に着いた。〜三種のお買い物スキルで仲間と共に〜
長船凪
ファンタジー
修学旅行へ行く為に荷物を持って、バスの来る学校のグラウンドへ向かう途中、三人の高校生はコンビニに寄った。
コンビニから出た先は、見知らぬ場所、森の中だった。
ここから生き残る為、サバイバルと旅が始まる。
実際の所、そこは異世界だった。
勇者召喚の余波を受けて、異世界へ転移してしまった彼等は、お買い物スキルを得た。
奏が食品。コウタが金物。紗耶香が化粧品。という、三人種類の違うショップスキルを得た。
特殊なお買い物スキルを使い商品を仕入れ、料理を作り、現地の人達と交流し、商人や狩りなどをしながら、少しずつ、異世界に順応しつつ生きていく、三人の物語。
実は時間差クラス転移で、他のクラスメイトも勇者召喚により、異世界に転移していた。
主人公 高校2年 高遠 奏 呼び名 カナデっち。奏。
クラスメイトのギャル 水木 紗耶香 呼び名 サヤ。 紗耶香ちゃん。水木さん。
主人公の幼馴染 片桐 浩太 呼び名 コウタ コータ君
(なろうでも別名義で公開)
タイトル微妙に変更しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる