拾いモノが酷い件

すさき(仮)

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4 面倒ごとは歩いて来る

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 明け方。白んでいく空と共に、騒がしい生活音に目が覚めた。
 気怠い身体をどうにか起こし、身なりを整えて部屋を出る。
 ギルド二階の食堂スペースは夜の酒場スペースと同じ場所にあり、引き続き騒がしい。カウンターに向かいメニュー表を確認すると、煮魚定食と焼き肉定食の二種類が目に入った。さてどうするかと、注文列に並ぶ直前、俺に気がついたデイビスが片手を上げて近寄って来る。
「おはようさん」
「おはよう。珍しく早いんだな」
「まあ、な。今日はディーとフラウの家族に挨拶周りだ。……旦那、オルトロスの報酬。ありがとな。何とかコレでアイツらの家族に顔向けできる」
「言葉は良い。発端はお前らの狩り競争だろ。次からは、安全に配慮して程々にやれよ」
「応。ロゼット医師にも言われたわ」
 デイビスは空元気に答える。「そうか」とだけ呟き、俺は前を向くが、デイビスが更に質問してきた。
「ところで旦那。旦那は何頼むんだ?」
「あー肉かな」
 デイビスの方を向きながら答えると、彼はニッと笑う。
「なんだよ」
「いや。旦那に奢ってやろうと思ってな」
「ほーそれは有難い。……礼のつもりか?」
「まあな。昨日ラックと決めたんだが。俺が旦那をラックが門番と新人冒険者を労うってな。適当に座っててくれや」
「そうさせてもらう」
 デイビスの言葉に従い、列から外れ一階フロアを見渡せる端の方の席につく。冒険者の登録窓口に、仮面の医者と昨日の新人冒険者が揃っているのが見えた。あの医者がギルド本館へ来る事は滅多にない。あまりの物珍しさに、暫し行動を観察していた。
 二人が会話をしているようだったが、新人冒険者が一方的に話しかけているだけかもしれない。時折医者が欠伸と思われる行動をとっている。数分後、従業員の出入口から受付嬢が二人へ駆け寄っていく。
 殆ど当時に、デイビスが朝食のトレイを運んで来た。
「何かあったか?」
「いや。ロゼットが珍しくあそこに居るからな」
「ああ。ホントに。あれ? 昨日の冒険者か?」
「恐らく。新規登録受付だとは思うが、わざわざ付いてくるかと不思議でな」
「旦那はロゼットさんと長いんだったか?」
「さあ。どうだったかな」
 曖昧に濁したが、実際は相当長い。冒険者をやっていた時代からの付き合いだ。医者の癖に下手な冒険者より強く、アウトドア派で、よく一緒に狩りにも出ていた。
 かなり早くに結婚して、そして――早々に離婚したのを覚えている。当時を知るものとしては、仕方のない事だったとも思う。
 今でも、子供と奥さんとはそれなりに付き合いがあると風の噂で聞いた。彼らの間で、付き合い方を変えたのだろう。それは、当人同士でしか分からない。
 物思いに耽りながら、ぼんやりと階下を見ていると医者が不意にコチラを向いた。ひょっとこの仮面がコチラを見上げている。
――目が、合っているのだろうか?
 何とも言い難い。不安感を助長する仮面から目を逸らす。しかし、仮面の目はコチラを凝視ししたまま動く様子がない。いや、本人が俺の方を見ているとは限らない。一先ず食事へ向き合う。
 手を合わせ、まだ温かい料理に手を付けた。
「あ」と、デイビスが階下の三人を見て声を上げる。
 何だと思いデイビスを見やると、フォークを咥えながら三人の方を指さした。それに振り返り、階下を見下ろす。
 そこには俺達を見上げながら、ロゼットが新人冒険者手の肩を掴みながら手を振っていた。
 全く持って嫌な予感しかしない。
 きっと仮面の裏で、あの医者はニヤニヤ笑っているに違いない。
 俺は逃げ道を算出すべく、食堂スペースのカウンター、出入口となる宿へ続く階段と、階下へ降りる階段をそれぞれ確認する。
 先ず、食堂スペースのカウンターは基本的に行き止まりだが、従業員室があり、アチラに入れれば脱出可能だ。しかし、ただの嫌な予感だけで、押し入るのは気が引ける。
 次に宿へ向かう階段で駆け上がり、非常口にて脱出――出来なくも無いが、非常口を使うと館内にブザー音が鳴り響く使用になっている。非常時に館内全域に避難を促す為だと聞く。まだ寝ている人もいるだろう。流石に不味い。
 階下へ降りる階段だが、まあ、十中八九かち合う。近づかれた場合、新人冒険者はともかく、あの医者からは逃げられないだろう。
――詰んだな。
 逃げ場がないと分かった所で、諦めて食事を再開する。
 早めに食べきってしまおう。
「良いのか? ほっといて」
「まあ……急用があれば来るだろうし、連絡もあるだろう。それより、今は朝食だ。食える時に食っとかないとな」
「それもそうか」
 デイビスは納得したようで、軽く頷いた。
 ハイペースで朝食を口に入れていると、件の医者が一人でコチラにやって来た。
「よお。珍しい組み合わせだな」
 悠々と歩いてきては、医者は断りもなく同じ卓の空いている席に着く。
――珍しいのはお前だろう。
 言いたい言葉を最後の焼き肉と共に飲み込む。ついで、流し込むように、水を口に含んだ。
「ロゼットさんがギルド棟にいるほどじゃねぇですよ」
 代わりにデイビスが苦笑しながら医者に話しかけた。
「まあ。色々あってなー」
 ひょっとこのお面がどこか遠くを見つめる。
「色々?」
「ああ。色々。……色々ついでに、あの男、タカキと言うらしいんだが」
 示された指の先に、新人冒険者が階下で他の冒険者達と話し合っている。
「タカキ? へーそんな名前だったのか」
「旦那。知らなかったんで?」
「いや、まあ。聞いてないとは思ったよ。なんせ、アイツもお前の名前知らなかったからな」
 デイビスが目を丸くした。
「俺の名前とソイツの名前がどうかしたのか?」
「ああ。ギルドの登録に居住区とか必要だろ? アイツ、それが無いってんで、代わりに身元引受人兼保証人にお前をつけてやった」
 初めて聞く言葉に「へぇー」と感嘆が口に出たが、デイビスが驚きの声を発した為にかき消された。
「ロゼットさん!? 本人の許可無く、いくらなんでも、それは……」
「実績積んで、定住する拠点が見つかれば、どっちも外せるんだ。それに、身元引受人兼保証人は、実質冒険者が死んだ際の、確認元ってだけだしな。問題ないだろ?」
「いや、俺のチームでも、そういう奴は居るが、その説明は足りてない。実績積むまでは、基本的に依頼の受諾許可と、高難易度では付きそう必要がある」
「付き添い人の場合は、報酬入るだろ?」
「報酬があれば良いってもんじゃないだろ」
 尚も淡々とする医者を前に、デイビスは諦念したようで、テーブルに肘を付き額を抑えた。
「まあ。なんだ。衣食住共にって訳じゃないんだろ?」
「アイツ、宿代も無いぞ?」
「……それは……宿代が出来るまで、俺が引き取るのか?」
 医者とデイビスが揃って頷く。事の事態がようやく胃の腑に落ちた。
「嘘だろ!? 犬猫じゃないんだ。それに冒険者嫌いの嫁さんにどう説明しろと?」
「それだ! 犬猫を拾ったと考えれば良いだろ。頑張れ」
「頑張れじゃない。どうするんだよ」
「受付に受理されてる。上手く説明するんだな」
「旦那。御愁傷様です」
 俺に貧乏くじを引かせた医者はケラケラ笑い、デイビスは心底哀れみの満ちた顔を向けてくる。正直、どっちも嫌だ。
 俺が現実逃避気味に、両手で顔を覆い盛大にため息を吐いた時、いっそ見事なタイミングでギルドの正面玄関が開かれた。時間的には、完全開館までは、少し早い。何だと思い、そちらを見ると白い十字架を掲げた僧侶が「神託である!」とズカズカと入ってくる。
「なんだ、あれ」
 率直な感想を口に出す。デイビスは首を傾げ、ひょっとこのお面が階下をマジマジと眺めている。
 謎の僧侶は声高らかに、平然と喋り続ける。
「本日、3時に神託が下った!」
「3時って、真夜中じゃねぇか」
 デイビスが顔を歪める。
「あ。わかった」
「神は仰られた! 悪逆非道の魔王を倒す勇敢なる者が現れると!」
「何がわかったんで?」
「アイツだ」
 僧侶が話す中、デイビスと医者が聞きもせず普通に会話をする。医者に至っては、デイビスを向きながら僧侶を指差す。
「天から降りし、旅の仲間を集めよ!」
「知り合いですか?」
「いや、知り合いにはなりたくないな。一方的に見たことがある」
「魔王を討ち取るその者の名は――レッド!」
「町外れの狂信者、ライオスだ」
 迷惑な僧侶が俺の名を叫ぶのと同時に、医者は僧侶の名を告げた。
 今日は厄日か?
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