拾いモノが酷い件

すさき(仮)

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6 医者の不養生はなんとやら

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 ライオスに会いに行くと言うことで、一旦医者と別れた。トレイを下げる時、階下で新人冒険者のタカキが他の冒険者たちに紛れてギルドを出ていくのを見かけた。
 新人が最初に受けるクエストは、周辺のマッピングだ。より早く、より正確にを求められる。絵が苦手な俺には苦痛でしかなかった。当時チームを組んでいた連中に笑われたのを思い出す。
 アレはあれで楽しかったが、まあ、アイツらは今も元気でいるだろう。
 遠い日に思いを馳せながら、宿舎に戻り身支度を整える。
 階段を降りて、待ち合わせの場所に着くと、医者はまだ来ていなかったが、病棟の方が異常に騒がしかった。
 何かあったなと、足を向けるた時、ロゼットがいくつもの看護師に掴まれながら前進して来る所だった。
「待たせたな」
「ロゼット先生! まだ話は終わってません!」
「ロゼットさん! ちゃんと説明を!」
「困ります! 今日の外来受付、もう始まるんですよ!?」
「ええい! 煩い! さっき言っただろう!」
 医者が看護師の手を振り払いながら怒鳴った。
 いったいどんな説明をしたのか。看護師達は必死に医者を引き留めようとしている。
「納得できません!」と一人が叫んだ。丁度その時、老医師――アッカスが杖をつきながら、居酒屋通りをのんびりと歩いて来た。
「御機嫌よう。皆さん。何事かな?」
「アッカス先生……」
 看護師達は互いに視線を彷徨わせながら、アッカスに説明する言葉を探している様だった。当事者ではあるが、彼らの人間関係や業務内容等は皆目わからない俺は、居心地悪く様子を伺いながら沈黙する。
 さて、どうするとロゼット医師を見ると、彼は普段と変わらず姿勢良く立っている。
「爺さん。俺、いや、私は医者を辞めます」
「おや。それは、困ったね」
 アッカスがおっとりと呟く。にこやかなアッカスの表情がほんの少し曇った。これは良くない兆候だ。ロゼット医師に視線を向けるも、お面のせいで表情は見えない。
「出来れば今日中に」と涼やかに声を発した。
 アッカスの笑みがピクリと動く。
「ロゼット君」
「はい」
「君の気持ちはわかりました。が、それは認められません」
「雇用契約としては問題ないはずですが?」
「そうですね。しかし――君にとっては不幸な事に、ココに国の登録通知があります。今日この時を持って、国の指定医師にロゼット医師が任命されました」
「は?」
 その場にいたロゼット医師含め、看護師一同とほぼ同時に、俺は声を上げた。彼らは「国の指定医師はアッカスさんじゃ……」や「コークさんは?」と言い合っていたが、俺としては国の指定医師と言うモノがそもそもわからない。ロゼット医師の肩を叩きながら「国の指定医師ってなんだ?」と問うも返答は無かった。
 コチラの混乱を他所に、アッカスは穏やかな水面の如く、緩やかに話し始める。
「私ももう年でね。次の管理者を選ばなければならなかった。年齢的にはコーク医師だろうけどね。彼はちょっっとミスが多い。ロゼット君は若いけれど、腕も良いし冒険者からの信頼も厚い。何より、回復系の魔法使いは大変貴重だ。2ヶ月前に申請して、今日返答が来たんだよ」
「あの。そう言うモノは、本人の承諾が必要かと思うのですが……?」
 ロゼット医師が声を微妙に震わせる。
「本人。もしくは、ご家族の承諾ね。貰ったよ?」
 アッカスが俺に同意を求めるように視線を向けてきた。思わず「えっ?」と声が漏れる。
「えっ? てなんだい?」
 アッカスは俺を見上げてきた。
「君もその時居ただろう?」
「え?」
 アッカスに問われるも、全く覚えがなく、何故か看護師、ロゼット医師からの視線を集めてしまった。
「正確には君の奥さん。さんと話していた時ね」
「妹から貰ったんですか?」
 アッカスの言葉にロゼット医師が、苛立ちを隠さずに刺々しく尋ねる。アッカスは気にせず、ニコニコと表面上は好々爺気取りだ。
 はからずも目撃者となってしまった俺は、ロゼット医師の苛立ちに当てられ、口を噤むしかなかったと言うのに。
「うん。君本人だと断られると思ったからね。妹さんは快く承諾してくれたよ。君の代わりにサインもしてくれた。フォード医師も一緒だったから、承認は十分なはずだ」
 いけしゃあしゃあとアッカスは答えた。「これが登録書だよ」と、国から届いた手紙をロゼット医師に見せる。ロゼット医師は荒々しく手紙を奪い取り、既に封の開いているそれを開いた。手紙の内容は俺には見えなかったが、ザッと目を通したロゼット医師の沈黙がただただ怖かった。沸々と怒りが視えるようだ。
「わかってくれたかな? コレにより、次の代役が決まるまで、君が例え何かになろうとも――医者のままだよ」
 アッカスはニコニコと笑う。この老医師は、ロゼットの焦りの原因が見えていたのだろう。全く食えない老人である。
「ロゼット先生、先生を続けてください。まだまだ、教わりたい事たくさんあるんですから」
「そ、そうですよ! 例え、ロゼットさんが魔王になったとして、今でも十分怖いんですから! 外見が変わるくらいじゃ、ここの従業員は驚きません!」
「いや、お前、それは違うだろ。妹さんはどうなる?」
「それはそうだけど……」
「魔王になる前に、どうにか出来ないか方法を探しましょう!」
「どうやって?」
「水を指すなよ。試してない物は色々あるだろ?」
 看護師達の話がそれる中、ロゼット医師は静かに手紙を閉じた。
「――先生」
「はい」
 ロゼット医師が重い沈黙を破り口を開いた。アッカスは緩やかに相槌を打つ。それにより、先程まで騒いでいた看護師達も一斉に口を閉ざした。
 そして――ロゼット医師が表を上げる。
「一先ず……殴って良いですか?」
 言うやいなや、ロゼット医師はアッカスの腹部目掛けて蹴りを入れる。ダンッと鈍い音がしたが、アッカスは飄々と手にした杖で足を受け止めていた。
「これは蹴りだね」
「ええ。そうですよッ」
 ロゼット医師はそのまま、腕をアッカスに振り下ろす。避ける間もなく、アッカスの剥げた頭皮に手刀が直撃した。「アイタッ」とアッカスが頭を抱えるも、大して痛くはなさそうだった。看護師の一人が「アッカス先生大丈夫ですか?」と駆け寄るが、瘤などは出来ていない様だ。
「老体に何をする!」と珍しくアッカスが声を荒げる。
「いや、十分若いですよ。白骨遺体より」
 ロゼット医師は不貞腐れたように呟いた。
「まあ。これでロゼット君は医者を辞められないってわかったろ?」
「ええ。ホント、勝手なことをしてと思ってます」
 ロゼット医師の言葉にアッカスは満足げに何度も頷く。
「あ。そろそろ、外来受付です。お二人共ご準備を」
「辞められないのはわかりました」
 そうだったと言わんばかりに、看護師の殆どはバタバタと引き換えして行った。が、ロゼット医師は再び口を開いた。ライオスの件をどうするか、声をかけるタイミングを逃した俺は、さてどうするかと成り行きを見守る。
「では、長期休暇を頂きます。今から」
「え? いや、聞いてました? コレから外来……」と声をかける看護師の隣で、アッカスは「ならば良し!」とサムズアップした。
「えっ? 困りますよ。ロゼット医師ご指名の方もいらっしゃるんですよ?」
「風邪とか適当に言っておけ。今日は遠出してたフェイ君も帰ってくるし、まあ大丈夫だろう」
 アッカスはのほほんと答える。
「じゃあそれで。体調悪くしたので、帰宅。暫くは病欠で休みます」
「たまには連絡するんじゃよー」
「わかりました」
 果たしてそれで良いのだろうかと頭を抱える中、ロゼット医師とアッカスの会話は進んでいく。ロゼット医師が俺の肩を叩き歩き始めたので、それに習い同方向へ歩みを進める。
 後方で看護師の「えーっ!」と言う警報に似た声を聞いた気がするが、きっと気のせいだろう。そう思い込んで、振り返らずに、病欠と偽った医者の足早に歩く背を追いかけた。
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