101 / 106
ネコ達の夜
しおりを挟むハレムの主人が去った室内、早速正室であるエドウィンは側室達を椅子に座らせ説教の準備に入った。
アルフレッドが他国の王子に手を上げた事への異論は無い。あくまでタチ同士の揉め事なので、ネコが口を出す範疇では無いのだ。
問題は、ラティーフの付けた従者の行動である。
命じられた仕事を行わず、タチを不快にさせた。今のハレムの居心地の良さは、主人の人柄故なのだ。優しさに甘えて気分を害するなどあってはならない。
「…申し訳ありません。この度は、ぼくの至らなさが招いた結果です。旦那様にご迷惑をお掛けし、ひいてはハレム自体の名を損ねる所でした。」
「シャヒーン殿…。」
開口一番、ラティーフが謝罪を口にする。
普段の気位の高さも形を潜め、心から反省している様に見えた。その姿は想定外だったのか、エドウィンの昂っていた感情は急激に萎んでいく。
「キャベンディッシュ様、どの様な罰も受け入れる所存です。正室お二人の決定に従います。」
静かに頭を下げる姿に、エドウィンもだがジレスも驚きを露わにして顔を見合わせた。
何がそうさせたか分からなかったが、昨日までとまるで別人だった。ラティーフは唯一ファビアンに対して敬意を払っていたが、エドウィンには言葉遣い以外尊大さが見え隠れしていた。むしろ、夫であるアルフレッドの機嫌すら取った事も無い。
(何かあったのか?)
疑問が浮かぶエドウィンだが、一応厳しい態度は崩さず話の決着に悩んだ。第1側室の反省が無ければファビアンの到着を待たずに、それなりの罰を与えようと考えていた。
だが今のラティーフが演技で無ければ、過度な罰は不必要かもしれない。
「あ、あの…。」
震えるか細い声に、その場の視線が集中する。
声を発した本人は視線に怯みながら、少しずつ言葉を紡ごうとする。
「…っ僕、僕も、罰を与えて…く下さい。」
「?何故そう思う。」
言い終えたネコの意思の強さに、エドウィンも瞳を丸くした。
罰を望む第3側室のチコ。初めての社交界で何とかダンスも形を成せた、むしろ褒められるべきだ。
「…僕が、うまく行けた、のは…旦那様と、ジレス様が見守って、下さってくれ、くれた、からです。…それ以上に…シャヒーン様が、い色々教えて、下さい…ました。」
チコを気遣ったラティーフが罰を受けるなら、参加するだけでやっとの何も出来ない自分も共に罰を受けたいと続けた。
「ドラード…。そういう問題では無いのだが。」
「キャベンディッシュ卿。」
「何だ、ジレス。」
チコの拙い言い分に頭を悩ませるエドウィンに、今度はジレスが口を開く。
「シャヒーン様はザッハー殿を薦めたとは言え、仕事を怠った際にはキチンと叱責し素早い対応をなさいました。第1側室として、申し分無い働きかと思います。
ですが、旦那様のご気分を害したのは事実…。第2側室として、力の及ばなかった私にも責任があります。」
「…君もか。」
「はい。どうか、シャヒーン様と共に責任を負わせて頂きたく存じます。」
困惑気味に思案するエドウィンとは異なり、ラティーフは呆然と2人へ顔を向けていた。側室同士での良好な関係を築いていなかったのだから、ジレスとチコの反応は想定外だったのだ。
冷静になったのか、呆気に取られた顔がみるみる変化し眦を吊り上げた。
「…あのさ、勝手な事をお言いで無いよ。今夜のハレムを任されたのは、このぼく。第1側室が責任を取るのは当然なんだよ。良い?分かったら自身の役割を理解して、黙って頷いていなよ。」
いつも以上に尊大に言い切るが、チコとジレスの意思は変わらない。
思いも寄らない2人の反応に悩むのはエドウィンであった。チコはともかく、ジレスがラティーフを庇う発言をするとは想像していなかったのだ。
(少々ややこしい状況になったな。…やはり、デルヴォー閣下と相談するべきだな。)
「…皆の言い分は分かった。デルヴォー伯爵閣下と話し合い、然るべき結論を下そう。明日も夜会がある、今宵はしっかりと身体を休めるように。」
「はい。」
「わ、分かり…ました。」
自分の中で思考を終えてから、側室達へ声を掛ける。素直に頷く2人に対し、ラティーフは戸惑いを浮かべていた。エドウィンからの叱責か、暴力を含む躾すら覚悟していたのだろう。
話しが終わり、チコとジレスが部屋から出た後に続こうとするが、浮かぶ疑問は拭えなかった。止まる足の進み、年上の第2正室を振り返るラティーフ。
「…ぼくは、貴方に叩かれる覚悟でしたよ。優し過ぎるのも、いずれ側室や妾を付け上がらせるのでは?」
ハレムの崩壊を招く…と言外に言い放つ。
「ああ、最初は多少痛い思いをして貰うつもりだった。」
「…では、何故ですか?」
エドウィンの口調は混ざりけの無い、サッパリした物だった。
「シャヒーン殿は、心から自省している。そんな相手に、意味の無い躾は必要ないだろう。
それにアルフレッド様はきっと、貴方が痛い思いをしたら御心を痛める筈だ。言葉で解決することを望むだろう。」
旦那様が…。
夫の名前を耳にすると、ラティーフは知らず心臓付近を手で触れる。
勿論その仕草をエドウィンが見逃す訳は無かったが、理由を指摘するのは躊躇われた。気持ちを自覚していないなら、自ら理解するのを待てば良い。
何となく、嫌だった。それが子どもじみた思いだとしても。
142
お気に入りに追加
1,093
あなたにおすすめの小説
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する
鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】
余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。
いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。
一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。
しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。
俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
お兄ちゃんだって甘えたい!!
こじらせた処女
BL
大江家は、大家族で兄弟が多い。次男である彩葉(いろは)は、県外の大学に進学していて居ない兄に変わって、小さい弟達の世話に追われていた。
そんな日々を送って居た、とある夏休み。彩葉は下宿している兄の家にオープンキャンパスも兼ねて遊びに行くこととなった。
もちろん、出発の朝。彩葉は弟達から自分も連れて行け、とごねられる。お土産を買ってくるから、また旅行行こう、と宥め、落ち着いた時には出発時間をゆうに超えていた。
急いで兄が迎えにきてくれている場所に行くと、乗るバスが出発ギリギリで、流れのまま乗り込む。クーラーの効いた車内に座って思い出す、家を出る前にトイレに行こうとして居たこと。ずっと焦っていて忘れていた尿意は、無視できないくらいにひっ迫していて…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる