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ネコ達の夜

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ハレムの主人が去った室内、早速正室であるエドウィンは側室達を椅子に座らせ説教の準備に入った。
アルフレッドが他国の王子に手を上げた事への異論は無い。あくまでタチ同士の揉め事なので、ネコが口を出す範疇では無いのだ。

問題は、ラティーフの付けた従者の行動である。
命じられた仕事を行わず、タチを不快にさせた。今のハレムの居心地の良さは、主人の人柄故なのだ。優しさに甘えて気分を害するなどあってはならない。

「…申し訳ありません。この度は、ぼくの至らなさが招いた結果です。旦那様にご迷惑をお掛けし、ひいてはハレム自体の名を損ねる所でした。」
「シャヒーン殿…。」

開口一番、ラティーフが謝罪を口にする。
普段の気位の高さも形を潜め、心から反省している様に見えた。その姿は想定外だったのか、エドウィンの昂っていた感情は急激に萎んでいく。

「キャベンディッシュ様、どの様な罰も受け入れる所存です。正室お二人の決定に従います。」

静かに頭を下げる姿に、エドウィンもだがジレスも驚きを露わにして顔を見合わせた。
何がそうさせたか分からなかったが、昨日までとまるで別人だった。ラティーフは唯一ファビアンに対して敬意を払っていたが、エドウィンには言葉遣い以外尊大さが見え隠れしていた。むしろ、夫であるアルフレッドの機嫌すら取った事も無い。

(何かあったのか?)

疑問が浮かぶエドウィンだが、一応厳しい態度は崩さず話の決着に悩んだ。第1側室の反省が無ければファビアンの到着を待たずに、それなりの罰を与えようと考えていた。
だが今のラティーフが演技で無ければ、過度な罰は不必要かもしれない。

「あ、あの…。」

震えるか細い声に、その場の視線が集中する。
声を発した本人は視線に怯みながら、少しずつ言葉を紡ごうとする。

「…っ僕、僕も、罰を与えて…く下さい。」
「?何故そう思う。」

言い終えたネコの意思の強さに、エドウィンも瞳を丸くした。
罰を望む第3側室のチコ。初めての社交界で何とかダンスも形を成せた、むしろ褒められるべきだ。

「…僕が、うまく行けた、のは…旦那様と、ジレス様が見守って、下さってくれ、くれた、からです。…それ以上に…シャヒーン様が、い色々教えて、下さい…ました。」

チコを気遣ったラティーフが罰を受けるなら、参加するだけでやっとの何も出来ない自分も共に罰を受けたいと続けた。

「ドラード…。そういう問題では無いのだが。」
「キャベンディッシュ卿。」
「何だ、ジレス。」

チコの拙い言い分に頭を悩ませるエドウィンに、今度はジレスが口を開く。

「シャヒーン様はザッハー殿を薦めたとは言え、仕事を怠った際にはキチンと叱責し素早い対応をなさいました。第1側室として、申し分無い働きかと思います。
ですが、旦那様のご気分を害したのは事実…。第2側室として、力の及ばなかった私にも責任があります。」
「…君もか。」
「はい。どうか、シャヒーン様と共に責任を負わせて頂きたく存じます。」

困惑気味に思案するエドウィンとは異なり、ラティーフは呆然と2人へ顔を向けていた。側室同士での良好な関係を築いていなかったのだから、ジレスとチコの反応は想定外だったのだ。
冷静になったのか、呆気に取られた顔がみるみる変化し眦を吊り上げた。

「…あのさ、勝手な事をお言いで無いよ。今夜のハレムを任されたのは、このぼく。第1側室が責任を取るのは当然なんだよ。良い?分かったら自身の役割を理解して、黙って頷いていなよ。」

いつも以上に尊大に言い切るが、チコとジレスの意思は変わらない。
思いも寄らない2人の反応に悩むのはエドウィンであった。チコはともかく、ジレスがラティーフを庇う発言をするとは想像していなかったのだ。

(少々ややこしい状況になったな。…やはり、デルヴォー閣下と相談するべきだな。)

「…皆の言い分は分かった。デルヴォー伯爵閣下と話し合い、然るべき結論を下そう。明日も夜会がある、今宵はしっかりと身体を休めるように。」

「はい。」
「わ、分かり…ました。」

自分の中で思考を終えてから、側室達へ声を掛ける。素直に頷く2人に対し、ラティーフは戸惑いを浮かべていた。エドウィンからの叱責か、暴力を含む躾すら覚悟していたのだろう。

話しが終わり、チコとジレスが部屋から出た後に続こうとするが、浮かぶ疑問は拭えなかった。止まる足の進み、年上の第2正室を振り返るラティーフ。

「…ぼくは、貴方に叩かれる覚悟でしたよ。優し過ぎるのも、いずれ側室や妾を付け上がらせるのでは?」

ハレムの崩壊を招く…と言外に言い放つ。

「ああ、最初は多少痛い思いをして貰うつもりだった。」
「…では、何故ですか?」

エドウィンの口調は混ざりけの無い、サッパリした物だった。

「シャヒーン殿は、心から自省している。そんな相手に、意味の無い躾は必要ないだろう。
それにアルフレッド様はきっと、貴方が痛い思いをしたら御心を痛める筈だ。言葉で解決することを望むだろう。」

旦那様が…。
夫の名前を耳にすると、ラティーフは知らず心臓付近を手で触れる。
勿論その仕草をエドウィンが見逃す訳は無かったが、理由を指摘するのは躊躇われた。気持ちを自覚していないなら、自ら理解するのを待てば良い。
何となく、嫌だった。それが子どもじみた思いだとしても。






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