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土を固めた様な壁と、地面と呼んでも遜色ない床。奥行きも天井も全容の掴めぬ場所に、ポツンと一人佇んで居た。フードを目深に被り、年齢も容姿も伺えない人物。何も見えない闇へ、まるで独り言の様に声を発した。

『それでナイン、作戦の進行は?』
『肯。まず第1皇子の城は警備が厚く、少々時間を掛けさせて頂きたい。』

4大国の主要言語でも、共通語ですら無い言語が交わされる。闇を溶かした様な足元の影から、硬質な声が返された。ナインと呼び掛けられた声は、淀みない口調で佇む相手へ話し続ける。

『次に、やはり三日目に関しては参加者が多く、警備が手薄になる箇所が見られます。』
『左様か。ならば決行は第三夜としよう。ナインとファイブは引き続き情報収集を。』
『肯』
『肯』

二人分の返答を得て、頷いた人物は暫くの間その場での静寂を楽しむ。影からの反応が無くなったのを確信した様に、また口を開く。

『…さて。リストの作成は終えたのか?』
『肯。各国の主要人物を選抜致しました。情報班との擦り合わせ後、人物の確定を行います。』

まるで夕飯のメニューを決めるかの如く楽し気に『そうか』と相槌を打つ。足元の影へと手を伸ばし、闇を撫でれば僅かに揺らいだ気がする。

『…確定した者は?』
『肯。
ジルックェンドは、フレデリク・フォンテーヌ第6王子。ファビアン・デルヴォー伯爵。
バルディオスは、ルキウス・キケロ・バルディオス第1皇子。バイロン・ギー公爵。
フォーランは、カーシム・シャヒーン神官。ラティーフ・シャヒーン。
セリアルは、ユミル・パパドプロス第17王子。ノアベルトレ・ライヒテントリット子爵。』

『左様か。』
『肯』

会話が途切れ静寂が戻った中、足早の影の濃さに視線を戻す。

『まだ何かあるのか?』
『…いえ、ただ…』

ナインが…と影から呟きが洩れる。無機質な声の中に混じる戸惑いに、ふと何か思案し口を閉ざす。惑う影に靴の爪先で何度か触れ、顎でしゃくり続きを催促した。

『…昨夜第1皇子の城へ潜入したナインが、深夜から明け方頃まで連絡が途絶えた時間がありました。』
『左様か…。確かに城内へと入ったのだな?』
『肯。潜入する姿を確認しています。ルーク・フェルナンドの私室を探すと消えて行きそのまま…。』

まさか…とが一人ごちる。表情も声質も変化は無いが、瞳に剣呑な光が宿る。

『…裏切った…か?』
『否、ナイン程忠実な者はおりません。』

フードの人物は、小さく笑みを溢す。それもそうか、と足元の闇を見下ろした。
9ーナインーと呼ばれた者、5ーファイブーと呼ばれた者、足元の影に潜む者。名を持たず数字を与えられた、生涯陽の光を浴びる事の許されぬ者達。

『…では、変更しよう。ナインとファイブは諜報部隊Bより実行部隊Aに移る様伝えよ。』
『肯』

直ぐ様影の揺らぎが収まり、話していた者の不在を現していた。フードの人物は踵を返し、後方の闇へと手を差し込み囁く。

『ニオ、フェム。出て来い。』
『『肯』』

闇から姿を現した二人組は、その場に膝を着き恭順の意を示す。今まで話して居た者と違う点は、鉄製の首輪以外一糸纏わぬ姿という所だ。煤けて薄汚れた褐色の肌に、傷んだ上に刃物で乱暴に刻まれた髪は短くそこらの奴隷以下である。


『…さて、どうしたい?』
『っし、死なせて下さい!』

顔の半分が酷い火傷で爛れたニオと呼ばれた者が、地面に額を擦り付けて悲痛な叫び声を上げる。言われた方は何の感慨も無く、相手の後頭部に足を乗せて体重を掛ける。

『はっはっは。そんな寂しい事を言うな。話せるならば、まだ仕事は出来そうだな。』

呻き声を堪えて歯を食いしばるニオの隣で、フェムと呼ばれた者は全身を震わせ地面に目を落としていた。

『…お前はどうだ?』
『ひっ…あ、あああ…わ、わたし、まだやれま…す。ごしゅ、ご主人さまの、やっ…役に、立て…立ちます!』

ガタガタと震えながら顔にも血の気の無い様は、今にも気を失ってもおかしく無かった。

『口を閉じろ。お前の声は耳に障る。』

笑みを浮かべながらニオから足を離し、震えながら媚びる様に此方を見上げるフェムの髪を乱暴に掴む。『ぎゃ』と思わず声を上げかけて必死で声を抑える。
顔半分爛れたニオに対し、フェムは眼球の無い右目と目の下から顎に掛けて新しい刃物の跡が目立つ。

『お前達には長らく【練習台】をさせて来たが、そろそろ新しい5番と9番と交代になるだろう。』
『?!』

交代…という単語に二人の顔色が変わる。驚きと戸惑い、僅かな期待にフードで隠れる顔色を伺う。

『ニオ、死にたいか?』
『…肯。』
『フェム、生きたいか?』
『肯…!』

二人分の真剣な眼差しにフードの人物は深く頷く。

『ならば、作戦の実行部隊Cに入れてやる。丁度良かった…その相貌ならば哀れを誘えるだろう。』

ニオとフェムは揃って凍り付く。仕事を貰い成果を出せば要望が通るかもしれない。それでも、直ぐに頷けない理由はあった。
実行部隊Aは前線、実行部隊Bは遂行後の足止め、実行部隊Cは…尋問。

『返事は?』
『『肯』』

生死への渇望と恐怖、身体中の痛みと常に抱える空腹。異臭の漂う傷だらけの身体と汚く短い髪。尋問担当となれば、身分の高いタチに姿を晒す事になる。
理性では納得出来ても、ネコの本能が拒むのか総毛立つ身体に迫り上がる嘔吐感を堪える二人。

フードの人物は満足気に口角を上げ、作戦へ移るよう命じたのだった。







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