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明け方

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驚くアルフレッドの顔を見て、慌てて口元を自分の手で隠して何度も頭を下げるチコ。共に獣耳が小さく動くものなので、つい目で追ってしまうのを堪える。

「あー、えっと、怒ってないよ。…何か変な事言ったかな?」
「い、いえ!…あ、の、違い…ます…その、」

わたわたと手を振って言葉に詰まるものの、根気よく待つ姿勢を見せた事で少しずつ理由を口にしてくれた。
チコが言うには、昨夜入城してからファビアンが訪ねてくれたという。流石はファビ…何て優しいんだと思うのも束の間、チコの話は続く。

「…デルヴォー様、に…言って頂けた、んです…。『無理をさせてないですか?』って。」

あえて口には出さないが、更にファビアンは欠席する事も可能だと伝えてくれたのだ。チコにとって、それは感じていた肩の重荷をどんなに軽くしてくれたか分からない。

「…旦那様、が、同じ事を…仰って、下さったので、驚い…てしまって…。」

それで、笑ってしまいました…と微笑む姿に釣られて笑みを返す。
素直で真面目でひたむきで…何とも可愛らしいと思った。辛い事ばかりだったのに、何故此処まで曲がらずに生きられたのか、生きてくれたのか。

「僕…いつか、皆様の、旦那様、の…役に立てる様に、頑張ります。」

優しい瞳の奥に覗く寂しさに、ドキリと心臓が跳ねる。
まるで、自分には価値が無いと言っている様な気がした。後ろ盾の家も血筋も無く、前は奴隷でさえあって深い心の傷も負っていて、ハレムの者の中で最もクラスも低い。

「…努力、して、他のハレムの方に、少しでも…価値を、見出せて、貰えたら…。」

笑っていた口元のまま、潤む瞳から大粒の雫が頬を伝う。

「…ハレム、に…ずっと、居ても良い、ですか…?」

ああ…ごめん。
相手の言葉も終わらぬ内に、背中に腕を回して強く抱きしめる。今は身体を重ねられないのだから、もっと気に掛けてあげなければいけなかった。心を許せる相手も無く、たった一人の家族にも会えておらず、傷付いた心のまま準備の足りない社交場に出る事になり…どれだけ不安で心細かった事か。
…俺は本当に馬鹿だった。

「…ずっと居てよ。
いつか学園を出て成人しても、皆んなで同じ屋敷に住んでからも、子どもが居ても居なくても、歳を取って皺々になって…杖を付いて歩くようになっても…。」

抱きしめた胸の中で、鼻を啜る音が聞こえる。

「……僕、デルヴォー様、の様に…美人じゃありません。」
「ああ、チコは可愛いからな。」
「…キャ、キャベンディッシュ様の様に、頼り、になれません。」
「反対に、君は人に素直に頼る事が出来る。」

背中に回した手とは逆の手で、後ろ髪に触れて優しく何度も撫でてみる。タチから惨い事をされたのだから、それを掻き消してしまえる位優しい記憶で埋め尽くしてしまおう。

「…っシャヒーン様は、完璧に、何でもこなして…しまいます。」
「確かにな。それが少し寂しくもあるかな。」
「……えと、ジレス様、は…い、いつも、冷静で賢明な方で…。」
「うんうん。ジレスはいかにもクールビューティー。チコは、笑顔に愛嬌があって癒されるよ。」

俺にとって勿体無いネコばかり。
やっと顔を上げたチコの鼻先と目元は赤みは見えるものの、溢れ出しそうな涙は既に無かった。身体から離した両手で、そっと相手の頬を包み込む。

「…可愛くて、何でも一生懸命に行う努力家で、誰に対しても丁寧に応じていて、人から貰った言葉を素直に受け止められて、凄く謙虚で…こうやって、人の美点を見つけられる。
役に立つとか立たないとか…どっちでも良いんだよ。」

獣人の眉が下がり、ぐっと握る拳に力が込めているようだった。

「…何で……?」

ぽつりと呟かれた疑問に、返す答えは一つしか無い。

「チコが好きだから。愛しているからに決まってるだろ。」
「…っ!」

目を丸くして、小さく唇を開閉させ視線を落とす姿に微笑む。ぽと…と床を濡らす水滴は、先ほどと違って温かな物に変わっていた。好きとか愛とか…不確定な物の筈なのに、アルフレッドの言葉は今まで掛けられた言葉の中で、冷たい心を打つのに足りえたのだ。

うーん。役立たずだとか言うなら、今回の舞踏会で一番何もしてないの俺だしなー。準備は全て正室や周りの使用人達で、チコのフォローもハレム総出だった訳で。





黙って涙を流すチコの手を引いて、寝台の前まで着くと座らせる。此方をぼんやりと見上げる目元を羽織りの袖で拭ってやり、そのまま横になるように促してみると素直に横たわった。

すっぽりと顔の下から足先まで布団を被せて、困惑する顔に向かって笑みを向けながら額に手を置いてみる。
「午後まで少し眠った方が良い」
暫く頭を撫でていると、やはり体力の限界だったのか微睡み規則的な寝息が聞こえて来た。

まるで赤子の様に此方の上着の裾を握ったままの手を離すのは忍びなく、上着を脱いでそのままにして置いたのだ。






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