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いざバルディオス帝国VI

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バルディオス帝国2日目はタチと側室がメインの舞踏会。ネコ達は朝からバタバタと忙しく走り回っているが、タチは昼過ぎから準備をすれば十分間に合うだろう。
アルフレッドも本来なら十分に睡眠を摂ってから、遅めの朝食を済ましてのんびり過ごしていた筈だ。

…結局眠れなかったなあ。

暗殺者君との濃厚な一夜を明かし、明け方過ぎにお風呂を使ってから眠ろうと部屋に戻った。使用人によって真新しいシーツと整えられたベッドを目にし、どう思われたのかと動揺してしまう。
それでも用意された飲み水を口にし、寝台へと潜り込む。

身体は疲れてるんだ、寝ろ…全力で眠れ!
呼吸を整え、眠りへと意識を向けてみる。少し開いた窓の隙間から心地よい風がカーテンを揺らし、小鳥の囀りが春らしい空気を告げる。

……眠れ無いんだよな。

時間を掛けずに布団を剥ぎ取り、スラックスとシャツ、普段着用の外套を羽織って室内から足を踏み出した。廊下に出ると、早速護衛騎士から挨拶を受け会釈を返す。流石は皇子の城だと言うべく、明け方にも関わらず既に働き始める者達が目に入る。
廊下の窓から見えるのは、厩舎へと餌を運ぶ使用人、庭園の手入れを行う者…他にも多岐に渡っていた。

城内でアルフレッドの担当となっていた使用人だろうか、此方に足早に近付いて来た。

「…シュタルト様、ご機嫌麗しく存じ上げます。何か必要な物はございますか?」
「ああ、少し目が覚めてね。散歩をしてから部屋に戻ろうと思っていたんだ。…ハレムの者達もまだ寝ているだろうし。」

気にしないで戻って欲しいと遠回しに伝えてみれば、使用人が一度口を閉ざす。不思議に思い見つめたままでいると「失礼致しました…」と慌てた様子で頭を下げてくる。

「その…いえ、先ほど他の者が第3側室様の着替えを運んでおりましたので。」
「…え?もしかして起きてる?」

側室3名は、昨夜転移門で城へと到着し滞在している。夜会後の慌ただしさと、ネコ同士の打ち合わせがあるからと軽く挨拶を交わすのみであった。
第3側室…チコは、連日夜会の練習に励んでいるとジレスから話を聞いていた。一度見に行こうかとも思ったが、エドウィンとジレスのあまりに真剣な指導内容の打ち合わせを見てしまい、邪魔するべきでは無いと判断したのだ。

上流階級では無いチコを突然参加させ、無理をさせているのか危惧はあった。…緊張で眠れていないとか?

此方を静かに伺う使用人を安心させるよう笑みを向け、チコの居る場所へ案内を頼む事にした。





「…えっと、此処で回る…よし、もう一度…。」

案内された部屋の前に立ち、隙間から中を覗き込むとチコの姿を確認した。一人で何か呟きながら長枕を腕に抱え、部屋の中央でステップを踏んでみたり何度もターンを繰り返している。
その表情は真剣そのものだが、うっすらと隈の見える目の下は睡眠時間の不足を示唆していた。

…一人で、練習していたのか。

湧き上がる罪悪感に思わず胸元のシャツを握っていた。
チコに課せられたのは礼儀作法を覚え、場に応じた所作や言葉遣いを学び、幼い頃から当たり前に身に付けた者達との舞踏をする事。
一朝一夕で身に付けるのは到底不可能だ。

だと言うのに俺がしていたのは、正室二人の正装を見て目の保養をして、他国の王子様と仲良くなったと満足して…挙句ハレムの子以外に勢いのまま手を出して…ほんっと何やってんだよ俺!
側室チコの気持ちを察せないとんだゴミ屑野郎じゃねえか。

「…!シュタ…だ、旦那様、あっ…おはよう、ございます。」

極力驚かせない様に扉を開けたつもりだが、獣人のチコは匂いで既に気付いていたようだ。慌てて頭を下げながら笑顔を見せる相手の健気さに居た堪れなくなるが、直ぐに思考を切り替え微笑する。
うーん。少しキザかもしれないけど…。

「そこの可愛いらしい方、一曲お願い出来ますか?」
「…っえ、あ………は、い。」

胸に手を当てて優雅に一礼する。戸惑う側室に外したかと内心焦るが、ほんのり赤く色づいた頬とはにかむ姿に安堵する。
手を取って甲に口付けると、「ひゃ」と何とも可愛らしい声が耳に届いた。
アルフレッドが部屋に入る前から室内に流れる曲に合わせ、足を踏み出す。此方のリードに合わせ懸命にステップを踏むチコは、練習した日程がたった数日とは思えない程形となっていた。何度も足元を確認してしまうが、直ぐに顔を上げて口元に笑みを貼り付ける仕草はいじらしい。

「…此処まで頑張ってくれて有り難う。でも、君を苦しめるつもりは無かったんだ。…その、無理させてないかな?」

まるで時期を見計らった様に、途切れた曲に二人の足の動きが止まる。チコは何かを言おうと唇を開くも、音にならず微かな空気が洩れるのみ。
途端に俯いた側室の姿と次第に震える肩に気付き、やはり出席を辞めさせようと決意しかけた時だった…。

「…ふふっ…。」
「?!」

泣き出すだろうと構えた相手は、何故だか吹き出していたのだ。





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