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ノアベルトレ・ライヒテントリット視点
しおりを挟む黒みがかった緑色の髪は短く目にかかる程だろうか、人間種では無いのを漆黒の獣人種の耳と尻尾が表している。
品行方正な風紀指導委員会委員長は、セリアル国出身の子爵位を持つ貴族階級である。指導委員会の面々は騎士科が連なる中、彼は貴族科だという事が不思議に見られる事も多々あった。
委員長誰かに譲ってしまいたいなあ。
ノアベルトレを崇拝する従者が聞けば目をひん剥いてしまうだろう事を、のんびり脳内で浮かべる。外見で言えば、機械的とさえ言える感情の希薄さ。その美しい容姿は、整っていると言うよりも人形めいているようだ。
彼の従者に言わせれば、未来永劫ネコの中で最上の美しさらしいが。
手元に持つ封のされた手紙を開き、よく手入れのされた指先で文字をなぞる。
『…ーー………バルディオス帝国への夜会には、我が家からは場所や年齢を考慮しノアベルトレを代表とする。だが18にもなり、ハレムに入っていないのは気恥ずかしい思いをするだろう。是非貴方に会いたいというタチの候補が上がっているので、気になる御方がいらっしゃるか少し考えてみなさい。……ー…』
第1正室からの手紙を読み終えて、もう一枚の紙に書かれたタチの名前を眺めていく。出身やクラス、家柄や周囲の評価等事細かに記載された文を見つめるが、特に目に留まる内容が無く微かに首を傾ける。
うーん…僕はただ、ヴィムと楽しく過ごせれば良いんだけれど。ヴィムを気に入ってくれて、可愛がってくれるタチが居ないかな。ああ、でも…ヴィムが僕よりも好意を向けたら、それはそれで寂しいかも。
幼い頃に拾った従者はあまりにも酷い有り様だった。あの子を誰よりも幸せにしなければと思って、ただそれだけを願って来た。だから、自分に来るハレムへの入室の話の数々を、裏でヴィムが必死に揉み消して回った事も咎めずにいたのだ。
特にハレムに入りたいという願望は、幼い頃から無かった。それでも将来は側にヴィムが居て、幾人か子どもを産んで何処かの屋敷で過ごす自分。妾では無く側室以上なら良いな…と思っている程度。
*
風紀指導委員会の定例会議の為会議室に向かうすがら、すれ違う十数名の一団に足を止めて口を開く。
「こんにちは、キャベンディッシュさん。」
「ライヒテントリット子爵閣下、ああ…風紀指導委員会ですか。」
「貴方は相変わらず固い物言いだね、もう少し打ち解けても良い間柄だと思っていたのに。」
足を止めたエドウィン・キャベンディッシュに僅かに苦笑する。エドウィンを残した一団が簡単に会釈して通り過ぎて行くのを見送り、ノアベルトレは気兼ねなく話を進める。
表情の変化の少ない一学年上の獣人の苦い笑みに気付いたのは、中等部でそれなりの付き合いがあったからだった。
「そうは申されても、同じ委員会であった先輩後輩という以前に他国の貴族と騎士…。礼節は弁えませんと。」
「ふう。それを言われてしまったら、貴方は将来帝国騎士団長で、僕は中流貴族だろう?身分で言えばキャベンディッシュさんは僕よりも上になってしまうよ。」
わざとらしく肩を竦める振りをすれば、生真面目な騎士科筆頭もつい零れる笑みを小さく咳払いで誤魔化す。
表情の読めないと評されるノアベルトレだが、親しい者にとっては、ただおっとりと長閑な性質だと知られていた。
ふと和んだ空気の中、家から届いた手紙の内容が脳裏に浮かぶ。そういえば目の前のキャベンディッシュさんは、最近ハレムに入ったと噂を耳にしたっけ。
「そうそう、貴方に聞いてみようと思っていたんだよ。」
「はい、何でしょうか?私に答えられる事なら…。」
「キャベンディッシュさんの夫君はどんな御方なんだい?」
「…え?それは、どういう…」
何故かみるみる顔色を悪くし視線を下げる後輩を見つめ「おや?」と首を傾げる。将来誰かのハレムに入る為、参考にならないかと聞いてみたのだけれど。
「…私の背の君にご興味がお有りなのですか?」
あっ!ああ、そういう事か。
僅かに含まれた戸惑いと焦りを感じ取り、やっと相手の感情を読み取った。普段は従者のヴィムが何でも気付いてくれるので、つい相手の気持ちを察するのが遅れてしまう。ヴィムは気にしなくて良いと言うが、自分では直さなければと思う所だ。
「…いいや。家族からハレムに入るよう、以前より話が出ていてね。タチと過ごす様子を具体的に想像していきたいけれど、身近にそういった者が居ないので。」
成る程…と頷く相手に笑みを浮かべる。何となく安心した雰囲気のエドウィンの顔を見つめる。柔らかくなったと確信出来る表情は、タチとの関係は悪く無いのだろう。
適当な返事を返す際、チラリと覗く首元に違和感を憶えてしまう。
「おや?そこ、虫にでも刺されたのかな。暖かくなってきたから気をつけて置いた方が良いよ。後で良い薬を……」
「そ、そそそうですね…お気遣い…っ痛み入ります。」
たわいない会話を取り入れたつもりだったが、エドウィンの頬に赤みが差したのと、素早く首元を手で覆う仕草は普通の反応とはかけ離れていた。
ノアベルトレにはその反応を理解出来ず、何か困らせてしまったのかと脳内で思案するに留めたのである。
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