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シュタルト兄弟参る

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「あれえ?ミカちゃんいないねー。」

キョロキョロと辺りを見渡す愛らしい子どもの姿は、周囲から奇異に映る。学園都市ケラフの月曜日らしい賑やかさの中、高等部のガーデンテラスでのんびりとさ迷うのはグレイソン・シュタルトであった。

「…おなかすいちゃった。」

まったりとはぐれた兄弟を探していたのだが、ふいに腹の虫が悲しい声を上げる。
次第に込み上げる一人ぼっちで居る不安と、訪れた空腹にその場にしゃがみこみ、ぐずぐずとしゃくりあげていく。

「あれ?こんな所に子どもが居るよ?」
「…幼稚舎の子かな。」
「見学に来て親とはぐれたとか…」

タイミング良く通りがかったのは、実技を終えた騎士科の集団だった。合同の実技には学年問わず鍛練に勤しみ、腕を高め合っている。
この時通ったのは騎士科の中でも上背のある者が多く、その集団の雰囲気はグレイソンの恐怖を煽るには充分だった。
本人達の悪気は勿論無い。

「…う、うええええええええん!!」
「…!?泣いちゃった」
「ちょ、どうすんの?お前が怖いからだよ!」
「何もしてないだろ!」
「それより、泣き止ませないと…」

ケラフの生徒は名家の者が多く、一般の学生に比べて子どもの扱いに不慣れな者が多い。その上、騎士科といえば家庭的な者より日々身体を鍛えぬく者ばかり。結果的に、おろおろと子どもの前で狼狽えてしまうだけだった。

「…何を騒いでいる?」
「!キャベンディッシュ様。」

騒ぎを聞き付け現れたのは、騎士科のトップであるエドウィンだ。名門出身で実力でも騎士科随一、更に今や学園中の憧れであるアルフレッド・シュタルトの第2正室という立場には、口出し出来る者など居なかった。
エドウィンの姿に慌てて生徒達は背筋を伸ばすと、泣きじゃくる子どもを指し示す。

「…えっと、先程此処を通りがかった時に、この子が一人で泣いていまして。」
「…………」

泣きじゃくる子どもの側に近付き、静かに膝を着いて目線を合わせる。周囲を囲んで見ている生徒達へは、「余計怖がらせる」という理由で数人を残して帰らせておく。

「…大丈夫、もう怖い者は何も居ない。」
「……ほんとう?」

優しく語り掛けられた声に、やっとグレイソンの顔が上げられた。陽の光に輝く銀髪と、慈愛を含む微笑に目を瞬きやっと泣くのを止め、しゃくりあげながらも返事をする。

「…お兄ちゃん、きれい。」
「そうか、それは光栄だな。…此方においで。良い所に移動しよう。」
「うん。」

自然と差し出された手を掴み、手をつないで歩き出す。エドウィンが案内したのは、ガーデンテラスの休憩スペースだ。従者の一人に飲み物と菓子を用意させ、子どもへと勧める。
椅子に座り、グレイソンはようやく本来の朗らかさを取り戻して勧められた菓子を口にすると、笑顔を見せ始めた。

自らも紅茶を口にし、エドウィンは相手が落ち着いたのを確認してから、驚かせないよう注意して口を開く。

「落ち着いたようだな。…私はエドウィン・キャベンディッシュ。君はなんという名前なんだ?」
「うん!ぼくはねー、グレイソンだよ。」

グレイソン…とエドウィンは頷く。幼い子どもなのでファミリーネームは言えないだろうと、それ以上は深く聞かずに次の質問へと移る。

「そうか、ではグレイソン。君が誰と来たのか教えて欲しい。」
「ミカちゃんだよ。あのね、ミカちゃん迷子になったの。」

ミカちゃん…という言い方に親しさを感じ取れた。試しに家族かと問い掛けると、「お兄ちゃん」だと言う。グレイソンが兄の“ミカちゃん"と一緒に来たという事は、やはり学園の見学者なのか。それか、学園に在籍する知り合いに会いに来たかだ。

「…どうしてケラフに来たか分かるか?」
「うん!ミカちゃんが一緒に行こうって言ってたからだよ。」
「…そうか。」

年よりか利発そうに見えたが、子どもの言い回しでは情報に限界はある。せめて姓さえ分かれば良かったものの…。どうしたものか、と首をひねる。少し質問の内容を考えてみることにした。

「グレイソンは、誰かに会いに来たのか?」
「そうなの、ミカちゃんが来たいって言ってたんだよ。アルくんの所に行くって。」

新しい名前が出てきたか…。アル君。アル…がつく名前という事か。高等部に居る生徒をしらみつぶしに当たっていくのは、流石にキリが無いな。
グレイソンという子どもは整った顔立ちをしていて、翡翠の瞳は何処かで見たような既視感があった。きっと気のせいだろう。

「…お呼びでしょうか。」
「ああ、呼びつけてすまなかった。」

いえ、と不思議そうにグレイソンを見下ろすのは、エドウィンより呼ばれたジレスだった。ファビアンから謹慎を言い付けられているが、学園内での行動は制限されては居ない。
椅子から立ち上がるエドウィンは、子どもの頭を軽く撫でてジレスへと向く。

「…グレイソン。私は今から授業に出なければならない。その代わり、このジレスが世話をしてくれるから安心して欲しい。勿論、君の兄も必ず探そう。」
「…ぼく、エドちゃんがいい。」

しゅんと目を伏せる姿に、ネコとしての親性(母性)が湧いてくる。

「…大丈夫、ジレスは怖くない。」
「いやだもん。ジレスいや!エドちゃんがいい!」

面と向かって拒まれたジレスの方は少し傷付いたが、エドウィンは表情に出さず内心見悶えていた。なんて愛らしいのか…と。


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