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アイオーン

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 アスカと翔太は、そう遠くない場所で戦っていた。俺が駆けつけた時には、すでに激しい戦闘が繰り広げられていたのだ。翔太の金属で出来た左腕は、千切れ飛んで肩の根元から無くなっていた。だがそれでも翔太の戦闘意欲は、失われていなかった。翔太は、右腕を振り回しアスカへ攻撃を加えようとする。それをアスカは、天を突くような形で右足を上げて靴裏で軽々と受け止めた。

「止めろ……。これ以上は、無意味だ。人間を殺すと言う意志を持った私に……お前は、勝てない」

アスカは、翔太の腕を受け止めたままそう静かに言った。その事に翔太は、クッと顔を歪ませる。

「なんだ……いまさら……もう遅いんだ!! 手遅れなんだよ! 何もかも遅すぎるんだ。知ってたかよ? 人体の60%以上のサイボーグ化は、生身の身体がもたないだとよ。拒絶反応が凄くてな。だから、お前を倒し、燐を殺して……俺は、もう一度生身の身体に戻らなくちゃならない。そうしないと死んじゃうだろ?」

「とはいえ……この戦闘能力の差は、どうするのだ? お前は、どう足掻いても私には、勝てぬぞ……」

アスカが冷やかな笑みを浮かべて翔太を睨みつける。そんなアスカの姿を見て、翔太は、クスリと笑った。

「違うだろ? 勝てないのは、お前の方さ……。その出血、アンドロイドの身体でも相当キツイはずだ。無理してんだろ? 最初に手合わせした時に比べて、動きにキレがないよな? あと、どのぐらいもつんだ? その身体……」

アスカは、翔太に図星を突かれて表情を険しくする。翔太は、アスカの身体の事を知ってるようだ。翔太の身体をサイボーグ化したのがアル・デュークだと言うのなら、アル・デュークから何か情報を与えられていても不思議ではない。これ以上戦闘が長引けば、アスカが不利になっていくのは、明白だ。長引けば長引くほど、アスカの身体は発熱していく。そして、放熱機能が失われたアスカの身体は、その自らの熱の蓄積によって体内から崩壊する。だが、そんな事は、させるものか。俺が止めなければアスカは、自滅してしまう。

「翔太!! 止めろ!! これ以上は、無意味だ!!」

俺は、声を張り上げてアスカと翔太の前に進み出た。

「り~ん。そんな所に隠れて居たのか?」

翔太は、俺の姿を見るなりニヤリと笑う。

「燐? どうして……来たのだ?」

アスカは、少し不安そうな表情で俺を見る。

「翔太……そんなに俺が憎いか?」

「ああ、そうだな……憎いと言うより……俺の快楽の為だ。燐、お前が嘆き苦しむ様は、俺にとって快楽なのさ」

翔太は、とても嬉しそうに笑みを浮かべる。翔太は、俺が憎いはずだ。翔太は、その憎しみさえ通り越えて俺を苦しめる事で快楽を得ようとする。それは、サディズムか。いや、翔太の嗜虐性は、俺に対してのみだ。俺の苦しみを見る事で自分の無くした心の穴を埋めようとする翔太の心のバランス。

「だから、殺してやる! 俺の快楽の為にもがき苦しみなが死んで逝け」

翔太は、クルリと身体を俺の方に向けた。それを見て動こうとするアスカを俺は、左手を突き出して止めた。

「もう無駄なのか? もう遅いのか? 翔太……俺は、お前を止める事も……あの時の償いもできないのか?」

「何を言ってるんだ? いまさらだ……そんな事は、もうどうでも良い。俺は、俺の欲を充たすだけだ」

その翔太の言葉は、俺にはズッシリと重かった。こんな人間にその人格を歪ませてしまったのは、俺なんだ。あの時、翔太の手を掴み引き上げたなかった事が……悔やまれる。俺は、翔太を地獄の底へ叩き落した。だから、恨まれえるのは、当然だと思っていた。だが、それは俺の思い違いだった。翔太は、俺を憎んでいる訳ではなく、自分の心の乾きにもがき苦しんでいる。そして翔太の渇望を埋めるべき対象は、俺自身なのだ。それでも……俺は、この身を黙って翔太に捧げるつもりはない。護るんだ。茜をアスカを……俺の家族だから。

「翔太、お前の気持ちは……理解できるつもりだ。だが俺は、お前に大人しく殺されるつもりは無い。茜もアスカも俺が護る。俺の家族なんだ」

俺のその言葉を聞いた翔太の顔から表情が一瞬消えたかに思えた。しかし、直ぐに俺を睨みつけて翔太は、口を開く。

「クックック……家族ぅぅぅ? なんだよそれ? 燐の口からそんな言葉が出てくるなんてな。どうした……随分腑抜けになっているじゃないか。12年前のお前は、そうじゃなかったろ? 全てを憎んでいた。世の中の全てに敵意を向けていた。今の俺のようにな」

「そんな昔の事を……」

「燐? 護りだいのだろ? だったら、護って見せろよ。俺を止めて見せろよ。お前の大切な物を護りだちのなら……俺を殺す事だ! りぃぃぃぃぃん!!! 殺して見せろ!!!」

翔太は、激しく叫んだ。まるで、全ての感情を俺にぶつけているようだ。こうなった以上殺すしかない。殺してでも翔太を止めるしかないのだ。俺が翔太を……殺す。

「それしか、方法がないのなら。殺してやる!! 翔太、お前がそれで納得するのなら、俺は、お前を殺すぞ!!」

「ああ、それでいい。かかって来い!!」

翔太のその言葉に俺は、両目を瞑った。解っていた。俺は、もうセムリアの尖兵になったのだ。尖兵になると言う事は、簡単には死ねないと言う事だ。アスカと契約して俺は、人間でありながら人間ではなくなった。セムリアは、弱い尖兵など欲していない。セムリアが欲しているのは、決して死ぬ事の無いリンビング・デッド。アンドロイド様に任務を遂行するまで死なないタフで強靭な尖兵。アスカと契約した時、俺の口の中に押し込まれた硬い物質。それは、俺の胃壁に張り付き、そのから伸ばした触手がようやく俺の脳髄に届いたようだ。眩暈と吐き気がする中で俺は、奥歯を噛み締めてそれを耐える。流れてくる。俺の脳に流れてくる情報は、セムリアの技術、セムリアの知識、セムリアの記憶……そして、プロパトールの弱点。そんな情報の洪水が俺の脳髄に一瞬にして流れ込んできた。

「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

俺は、叫んで居た。そうやって全身の力を練り上げ、俺は翔太を睨みつけた。翔太もまたそんな俺の姿を見て

「ははははは」

と、笑っている。俺は、左腕に意識を集中する。俺の身体の中で増殖し拡散したセムリア製のナノマシンを左腕に集める為だ。既に俺の左腕は、ナノマシンの放つエネルギーで薄っすらと光を帯び始めていた。

「行くぞ!! 翔太!!」

俺は、そう叫んで走りだした。翔太もその声を合図に俺に向かって走り出す。お互いの身体が交差するまでの距離は、数メートル。時間にして3秒程。だが俺には、この時間がとても長く感じられていた。そう、3秒の時間がスローモーションの再生を見ているかの時間感覚で俺は、冷静に近づいてくる翔太の姿を眺めていた。翔太と交差する直前で俺は、腰を入れてナノマシンによって固められた左腕を翔太の胸に向けて打ち出した。

バシュッ

と左腕が空気が切り裂く。翔太は、それを察知した様子で右腕を突き出し、俺の左拳にぶつける様な形になった。

ガン

と、言う音と共に俺達の拳は、ぶつかった。

「クッ……」

翔太は、顔を歪ませて肩膝を折る。俺の左腕は、その翔太の右腕を粉砕してしまった。粉々に砕け散った翔太の鋼鉄の腕は、俺達の頭上に舞い上がる。俺の左腕は、その勢いを止める事なく翔太の胸に向かった。

「……」

もはや、俺の左腕を止める手段をなくした翔太は、成す術も無く俺の腕に貫かれるしかなかった。

ドシュ

と肉を突き破る音を響かせて左腕は、深く突き刺さった。胸の心臓まで届く距離だ。後、少しでも力を加えれば……翔太の心臓を難なく粉砕できる。

「クソ……俺の負けか……」

翔太は、虚ろな目で俺の姿を見ながらそう呟いた。

「翔太……すまない」

「何で……誤る? 俺は、お前を殺そうとしたんだぞ? 早く止めを刺せ……あの薬のおかげでそう簡単に死ねないだよ……お前が止めを刺さなければ……俺は……死ねない」

「……」

「薬の効果が切れれば……この傷では、もう助からない。その前にお前が止めを刺せ」

翔太は、少し皮肉な笑みを浮かべてそう言った。

「いや、その前に翔太……お前に聞きたい事がある」

「ククククッ……そうきたか……良いだろう。死ぬ前の俺からの餞別になんでも答えてやる」

「お前のその身体をサイボーグ化した奴は、誰なんだ?」

「アイオーン……と名のっていた薄気味悪い奴だ」

「アイオーン……」

何時の間にか俺の隣に来ていたアスカが翔太の言葉を繰り返し発音していた。

「アスカ? 何か知っているのか?」

「いや……だが聞いた事がるかもしれない」

俺の問いにアスカは、曖昧な返事を返す。おそらく、アルデュークの手先のようだが。

「燐、もういいだろ? 質問には、答えた……だから早く止めを刺せ!」

「……」

翔太は、俺を急かすように早く止めを刺せと言う。翔太の胸に突き刺さった俺の左腕を見れば……もう助からないは、わかりきっている。だが、それでも俺は……止めを刺すと言う行為に躊躇いがあった。

「ああ、そうだ……一つだけ心残りなのは、燐の悔しがる顔を見れない事だ。俺は、お前の全てを奪ってやった。もう何もかも手遅れだって事……忘れるなよ。ククククッ……燐……最後にこれだけは、言っておくぜ。俺やお前の様な生まれが不幸な奴は、どう足掻いたって幸せにはなれない。家族だと? ふざけるなよ……家族の様なもので自己満足しているだけだろうが。早く、夢から覚める事だな燐」

翔太のその言葉は、俺の心を揺さぶるものだった。家族。それは、俺が大切にしてきたものだ。やっと手に入れた大切なもの。例え偽物の家族でも俺には、必要だった。

「翔太!! お前に俺の何がわかるって言うんだ!? 俺には、家族が必要だった。必要だったんだ!!」

俺は、思わす左腕に力が入った。

ズブリ

と、左拳がさらに深く潜り込み翔太の心臓をノックする。

「ゲホッ……」

俺の拳は、翔太の肋骨をへし折り、折れた骨が肺に突き刺さったようだ。逆流してくる血液に翔太は、むせ返り……口から大量の血をはきだした。

「どうした……もう少しだ……もっと……腕に力をいれ……ろ」

翔太は、消えてしまいそうな声でそう呟く。呼吸もきれぎれで少しづつ翔太の瞳の色が失われていく。もう……助からない。俺が息の根を止めるしかない。

「またな……翔太。先に地獄で待っていてくれ」

「……くそったれ」

俺は、左手を捻り翔太の心臓を握りつぶしたのだ。
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