逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

238 二人の約束事②

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 満からは炊事・洗濯・掃除は任せて欲しい、買い物の代金・荷物は満が持つ、褥を別にする、食事を一緒にする……が挙げられ、家光は炊事・洗濯・掃除に関しては二人でしようと提案。買い物の代金は今持っている金子でどうにかやりくりするつもりだからと告げ、荷物に関しては大きさによりけりで、褥を別には却下で×を付けた。
 食事を一緒に……には二重○が付いている。


「……うーん、ですがやっぱり褥は分けた方が……。私のがま……あ、いえ……なんでもありません」

「みちるさんが私を引き留めたんですよ? それくらいのわがままは聞いてくれても……。……何もしませんから安心してください……ね?」

「っ……、……こほんっ、わ、わかりました。では褥は一組ということで……」


 纏めた用紙の“褥は一組で”という一文に満が難色を示すも、家光の反応は早かった。
 ちらっと上目遣いで満を見上げると、満は頬をほんのりと赤く染めて咳ばらいをする。その反応に嫌ではないのだとわかるのが何だかこそばゆい。


「ですが、千代さんのこれは絶対いけません」

「えー……でも、したくなるかもしれないじゃないですか」

「……したくなっても無理なものは無理なのです……。こればかりはすみません……。私も辛いのです……」


 満の骨ばった細い人差し指が示す先には“口付けをする”の一文が……。
 何度駄目だと言われても、キスくらいはしたい家光は諦めが悪い。

 ところがやはりキスは無理らしく、満が悲し気に目を伏せてしまう。
 軽く唇を尖らせる家光とは対照的に、満は今にも泣き出してしまいそうな雰囲気だ。


「みちるさん……」


 ……泣きたいのはこちらだけども……とは言わず、しょんぼりする満にこれ以上無理強いは出来ない。
 家光は“口付けをする”の一文、“する”部分だけに×を付けた。
 そして――。


「っ、ほ、ほら、×を付けておきましたよ!」

「ち、千代さん……それは……!」


 修正された“口付けをする”の一文は“みちるさんが口付けをしたくなったらしてよし”と書き変えられていた。


「私からはしません。満さんに委ねます。いつでもどうぞ」

「いつでもって……ぅー……っ。わ、わかりました……」


 にこやかに笑みを浮かべる家光の唇に自らの人差し指を当て、見せつけるようにとんとんと優しく弾く。
 ……満は頬をぽっと色付かせると困り顔で渋々了承した。


「……みちるさんが悪いんですよ?」

「え?」

「……こんなこと書くから……」


 懐紙に訊ねた希望を書き出したのはほぼ家光だったのだが、一枚だけ満自身が書いたものがあり、家光はその懐紙を拾い上げ満の前に広げてみせる。
 懐紙には美しい文字で“毎日抱きしめさせて欲しい”と書かれていた。

 ……毎日抱きしめさせて欲しい――なんて、願ったり叶ったりである。


「……は、はぐくらいいいではありませんか……」


 満が書き上げた懐紙を読み上げ、「毎日ハグ……?」と呟いたら首を傾げられたので、“ハグ”とは抱きしめるという意味ですよと教えた。
 ……それを憶えたらしい。
 彼は頬を色付かせたままごにょごにょ。声量小さく呟いたが、近距離ゆえにしっかりと聞き取れた家光の唇の端は上がった。


「毎日ハグだなんて……そんな嬉しいこと書かれたらちゅーしたくなっちゃうじゃないですか……」

「ちゅ? ちゅう……?(鼠……?)」

「……あっ、その唇も好き……、みちるさん、そのままでいてください……」


 毎日ハグなんてしたら、それ以上を望んでしまうに違いない。

 既に口付けを望んでいる家光には、次に湧き起こる自己の欲望が理解出来ている。
 ……そう、出来ることなら満と男女の関係になりたいのだ。

 僅かに尖った満の唇目掛け家光は満に近付いたが、気付けば満の片手の平が家光の顔を覆っていた。
 少しばかりしっかり顔を押さえられてしまい、それはさながらアイアンクロー……。
 まさか満がアイアンクローを知っているとは思わないものの、それに近いものを感じる。

 ……これでは身動きが取れないではないか。


「ちょ、千代さん、駄目ですよ……!」

「……むー……」


 ――私を好きな癖に、隙がない……。


 満の手に視界を遮られた家光の唇が窄められる。
 だが転んでもただでは起きない家光は、せっかくなので手の平に唇を押し付けておいた。


「っ! ……千代さん……あなたって人は……」

「大好きです。みちるさん……♡」


 手の平に触れた唇にびくりと肩を揺らし、満は慌てて家光の顔から手を離す。
 離れてしまった手を惜しみつつも、家光は悪びれなく直ぐ様無邪気な笑みを浮かべ、真っ直ぐに気持ちを伝えた。


「……ぁあ、もぅ……。あなたには敵いませんね……」


 家光の明るい笑顔に満の眉が歪められ、困ったように、しかし嬉しそうに微苦笑される。
 すると、満は顔に触れていた手の平を自らの口元に持ってきたかと思うと、家光の唇が触れたであろう場所に自らの唇を押し当てた。
 ……視線だけは家光の目をじっと見つめながら……。


「……っ……」


 ――みちるさん色っぺえぇええ~~ぃ!!


 満の振る舞いに、挑発するような色気を感じ取った家光は息を呑む。

 間接キスをされるなんて思いもしなかった。
 それに、何故じっとこちらを見つめてくるのか。

 ……真っ直ぐな瞳には熱が籠っている。
 キスさえしてくれない癖に、その目はなんなの……! 家光は問いたかったが、満が眩しえろ過ぎて何も言えなかった。


「……これくらいなら、許されますかね?」


 一転、先程までの妖しさはどこへやら。
 満は今度は口付けた手を開いて見せてにっこり、手を軽く振ってみせる。爽やかなはにかみに家光の目は大きく見開いた。

 ……その仕草にどきっと胸が疼き、興奮につい叫んでしまう。


「……っ、か、間接ちゅー!」


 ――直じゃなくてもちょーうれしーっ♡♡


 間接キスがこんなにも気持ちが昂るものだと知らなかった家光は、瞬時に失言したとばかりに慌て、自らの両手で口を覆った。


「……なるほど、“ちゅう”は口付け……ということですか」

「っ、はいっ!」

「……んー……、間接的にする“ちゅう”ですか……それくらいなら、たまにしてもいいかもしれませんね」


 聞き慣れない単語を満がふむふむと咀嚼する。
 家光の言葉は時々不思議な響きをするが面白く、満は気に入っていた。

 ……直接触れないのであれば、たまになら――。

 間接キスならば満も支障がないらしい。
 考えるようなそぶりを見せ、満の手が家光の後れ毛に伸びる。慌てて口を押さえた際に髪が乱れていたようで、耳にそっと後れ毛を掛けると微笑んだ。
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