逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

233 満の事情②

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 褥に横になり、彼女に背を向け暫くすると、背後から寝息が聞こえ始めたため振り返る。疲れからか千代は邪気のない顔で深い眠りに就いていた。

 満、自らに好意を持つ女……武家の惣領だという、千代――。
 彼女程愛らしい女性に満は今まで逢ったことがない。


 ……満は世にも珍しい白金の髪と、藍宝石ネオンブルーの瞳に麗しい見目故、幼い頃から男女問わず如何わしい色眼鏡に晒され生きてきた。
 幼い頃、寝所に不埒な輩が潜り込んで来たことは一度や二度ではない。
 魔性の子だと姿を目にするだけで発狂し出す者もいる程で、側仕えの狂人に心中しようと命を狙われたことだってある。
 いくら側仕えを替えてもそれは変わらず、家の者は頭を抱えた。
 天子に訴え、陰陽師に世話になったこともある。

 ややあって最終的には仏門に下ることとなり、俗世を離れ仏の道を歩むことになった。
 僧侶時代は平和そのもの――とまではいかなかったが、頭を丸め、眉を染めていたためか、家に居るよりはずっとましであった。

 そんな満は実は女が苦手である。
 満から見た女はどちらかといえば恐怖の対象であり、迫り来る気狂い達に女が多かったため、いい思い出がない。
 だから僧侶時代は当たり障りのない受け答えと愛想笑いに終始した。
 笑顔で頷いていれば、相談に来た女達は勝手に喋って勝手に有難がって去っていく。

 ……どんな悩みも答えは自己の中にあるのだからそれで良かった。
 生臭坊主だと自認しているが、周りは見た目からか品行方正だと有難がるから困ったもの。

 そういう訳で今まで一度も女に心惹かれたことはない――というのに、千代を初めて見た時には驚いた。
 彼女を一目見ただけで雷を受けたように愕然とした。

 一度目、戸塚の出逢いでは、久方振りの乱闘に鼓動が逸っているだけだと思っていたが、違ったらしい。
 二度目に彼女を見掛けた時、無意識で古那に千代のことを訊ねていた。
 三度目で再会した彼女から向けられた好意に身は震え、やはり雷に撃ち抜かれていたのだと気が付いた。
 ……自分でもよくわからない大きな求心力が働くように、彼女から目が離せなくなり、今まで女に心惹かれなかったのは、彼女が存在したからなのだと腑に落ちた。


『んん……』


 寝返りを打たれ、思いがけず自らに身体を向けた千代の浴衣が開け、深い谷間が見える。
 呼吸に合わせ上下に動く白い果実に誘われるように、気付けば満の手には解けた帯が絡んでいた。

 ……眠っている千代の浴衣を暴いてしまった。


『はっ……ぅ……』


 嫌悪する対象であるはずの女の身体に劣情を抱いたのは久しぶりで、声を押し殺し彼女を見下ろし自己を慰めた。
 彼女を汚さないようにと僅かばかり距離を取り、申し訳ないと思いながら青白い肌を見下ろし、ただ手で握った己を扱く。
 一度吐き出した精でねちゃねちゃと水音がしたが、手は止まらなかった。
 その内何度目かの吐き出した白濁が千代の脇腹、柔肌に一部触れてしまい慌てて拭ったが彼女は起きず、ばれたりはしなかった。

 千代はきっと知らないだろう……。
 その詫びも込めた小袖なのだから、拒否せず受け取って欲しいものである。

 ……彼女は満――自らを元僧侶、性欲のない男だと思っているはず。
 だが、本当は違った。
 本能に抗うことは出来ず人並みに性欲は持ち合わせ、好きな女の前じゃ僅かなきっかけさえあれば発情する普通の男。
 自覚したのは昨日ではあるが――。




「襦袢ならもう乾いていると思いますから取って来ます」

「あっ、みちるさんっ……!」


 昨夜を思い出した満は千代の視線から逃れるように外へ出て、干されている襦袢の乾き具合を確かめ取り込んだ。


「千代さん、襦袢も着せましょうか?」

「へっ!? ぃっ、ぃえっ! さすがに襦袢は自分で着れますっ……!」


 部屋に戻ってきた満から、顔を真っ赤に染めた千代が外から持って来た乾いた襦袢を奪取する。
 千代は素早く枕屏風の裏側へと逃げるように行ってしまった。


「千代さん……」


 ――あんなに頬を赤く……恥ずかしがるあなたもとても愛らしい……。


 羞恥で頬を染める千代が、満はいじらしくて仕方ない。
 何せ満に襲い掛かる者達は、喜んで自ら着物を脱ぎ去るものばかりで羞恥心など皆無。
 初心な千代の反応が満にとっては新鮮で胸が疼いた。


「……っ、あのっ、襦袢が着れたら小袖も袖を通せばいいですかっ?」


 ……枕屏風の裏側から声が聞こえる。
 そういえば小袖も持って行ったなと満は気付き、先に小袖を渡したことを少しばかり後悔した。


「……はい、袖を通したらこちらに来ていただけますか……?」

「……はい」


 衣擦れの音が聞こえ少し経つと、千代が小袖を引き摺り枕屏風の裏から出て来る。
 文吉は満程ではないものの背が高く、大柄な女性であったためか小袖は千代には大きかった。
 こんな時着物は容易く調整が利くのがいい。


「……ふふ。襦袢は上手に着ることが出来るのですね。しっかりと結べていますよ。上手です」

「……みちるさん、それは馬鹿にしすぎでは……? 私だって襦袢くらいは着れるんですから」

「ははは。怒らせてしまいましたね」

「怒ったわけじゃないですけど……」


 千代が姿を見せるなり、満は帯を手に駆け寄り小袖に手を伸ばす。
 乾いた襦袢はしっかりと紐が結ばれており、衿の重ね方も合っていた。
 それを少々残念に思いながら、満の手は小袖の衿を重ねていく。


「……千代さんの身体は小さいので、文吉さんの小袖だとかなり折らないといけませんね」

「ですよね……」

「ここをこうして……――」


 ……やや早口の素早い所作で一つ一つ説明し、満の着付けが終わると千代の装いを無事終えた。


「……ごめんなさい、みちるさん。せっかく着付けを教えてくださったのに、憶えられませんでした……(くっ、早くてわからなかった……)」

「ふふふ。大丈夫ですよ、一度じゃ憶えられないですよね」


 ――一度で憶えられるように教えていませんから当然ですよ、千代さん。


 しゅんと落ち込んだ様子の千代の頭を満は優しく撫でる。
 一度で憶えてもらっては、千代との接触が減ってしまう。帰りにも着付けてやりたい満はわざとそうした。


「……ふふっ、ではまた帰りもよろしくお願いします♡」

「ええ、千代さん。よろこんで」

「っ……みちるさん……」


 花が綻ぶような顔を見せた千代に微笑み返すと、顔が暗く沈む。
 そんな顔をさせたくて言っているわけではないため、満は心苦しかった。
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