逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

205 家光、逃亡を図る④

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「そんなっ……! 家光様も家族では御座いませんか……」


 家光の発言に正勝の眉が寄せられる。
 かつて家光が肉親から冷遇されていたことを、正勝は知っているから心苦しくて仕方ない。

 ……遠い昔、正勝を始め、他の小姓達と共に幼い家光が庭園で遊んでいた時、投げた手毬を拾いに行った彼女が、遠目に秀忠達三人が仲睦まじく散歩している姿を見つけ淋しそうに眺めていたことがあった。
 “竹千代様も一緒に散歩がしたかったに違いない……”、幼心に正勝は家光に慌てて駆け寄り、彼女の手毬を奪って秀忠達がいない方向目掛けて投げ、注意を逸らした。
 家光は急に奪われ投げられた手毬に注視し、走り出してすぐに笑顔を見せたのだ。

 今もまた、その時の淋しい想いをしているのではないのか……、正勝は国松が看病していることを正直に話すのではなかったと後悔した――のだが。


「……ふふっ! でも、お陰で夜伽のこと細かく突っ込まれないからおっけ~!」

「おつけって……家光様……」


 家光の顔は曇ることなく、笑顔で親指と人差し指で円を形作っている。

 正勝が憂慮した、秀忠達三人の姿を見掛けた当時の家光の精神は既に大人であり、その光景を見た彼女は“ああ、両親に相手にされない私って可哀想な子……”としんみりしつつも――


(歴史は繰り返すのか……、ま、しゃーない。切り替えて引き続きイケメン予備軍達と遊ぼ……)


 などと前世ではそこそこ親に愛された記憶があるためか、こういう親子もあるのだと目の前の現実をありのままに受け止め、正勝達との遊戯に興じた。
 転生し、どこか自分が自分ではない感覚のお陰か、心のダメージは殆どなかったのである。

 ……そんな家光の心の内など正勝が知る由もない。

 無理をしているのではなかろうか……。
 家光様はお優しいから――と、正勝の眉は歪んだままだ。


「いや、なんか義務的に週一で奥に通わされてるじゃない?」

「はい……、そう……ですね」


 春日局は不在だが、家光には奥へ週に一度通うことを義務とされている。
 どうせそう簡単に身体を許すことはないだろう――そう踏んだ春日局が家光に慣れてもらうために手配したのである。

 その甲斐あってか、家光も振に触れられることに多少は慣れ、最後まで致すまではなくとも、何度かは達することが出来るようになった。
 振も相変わらず優しく、触れ方が回数を重ねるごとに上手くなり、家光もそろそろ……と考えているところである。


「……最近、振ならって……漸く決心が付きそうでさ。次には脱・生娘できそうよ」

「っ……!」


 家光が笑顔のまま告げるが、諦めの微笑みにも見えて正勝は息を呑む。

 将軍として世継ぎの懐妊は避けられない、必ず達成しなくてはならないもの。
 家光は振を愛しているわけではないが、子は成さなけばならない。

 ……春日局の計画では今年中に一人目を懐妊させたいらしい。
 今年――年明けまであと二月も残っていないというのに……。

 家光を慕っている正勝が側室になれれば良かったが、それは出来ない。
 いつかは通る道だと解っているが、まだしばらく彼女にはのらりくらりと交わしていて欲しいというのは我儘なのだろう。
 御添寝役の正勝はその日が来なければいいのにと、毎回家光の嬌声を聞かされ胸を痛めていた。

 ……最近では、今夜も最後まではしないだろうと家光の艶声を楽しめるくらい慣れてきたというのに――。


「……正勝はまた御添寝役やるの?」

「はい……、私の仕事ですから……」


 訊ねられて、正勝は俯いてしまう。
 次の御渡りは明日の夜――。とうとう……。

 ……そう思うと正勝の胸は張り裂けそうに痛む。

 御添寝役といっても、衝立一枚隔てているわけで、実際に二人の睦み合いを目にしているわけではない。
 声だけでしか判断できないが、振は確かに優しく、家光をその気にさせている。
 彼ならば家光が心を許しても不思議ではない。

 なれど――。

 ……正勝の手に握った資料がくしゃりと音を立てた。


「ね、正勝」

「はい……」

「この間、椿ちゃんが中々様になって来たって話、してたじゃない?」

「え? あ、はい……、まだ完璧にとは言えませんが、私の補佐があれば概ね無難にこなせるかと……」


 俄かに椿の話をし出す家光に、正勝は椿の仕上がりの私見を伝える。

 ……この二月の間、椿はよくやっていた。
 憶えは悪いが、多少の粗があっても誤魔化しが上手くなった。
 元々家光とは瓜二つと言っても良い程にそっくりだからか、愛嬌を感じるから不思議である。
 正勝が隣に居れば、表の謁見を任せても大丈夫だろう。

 政務に関しては少々不安が残るが、そちらはもう一人の薊に任せればよい。


「そっかぁ、よかった。椿ちゃん、憶えが悪いから心配だったけど、簡単な書類の作成は薊に任せられるもんね」

「あ、はい。薊はそちらに関しては優秀ですのでご安心を」

「ふむふむ。あの二人で私一人って感じかな?」

「……本来なら二人共一人で立派にこなして頂きたいのですがね……」


 ――なぜ今、椿と薊の話をするのだろうか、まさか振の相手をさせようと……?


 それなら正勝としては大歓迎だが、影武者が懐妊するなど許されるはずがない。
 影武者の御渡りを春日局が許可するはずもなし――。


 ……何故か朗らかな表情で訊ねる家光に何か意図がある気がして、正勝は受け答えしながら様子を窺った。


「ねえ、正勝。もし、もしよ……? もしもの時のことなんだけど……」

「……家光様?」


 不意に家光が距離を詰め正勝の頬がぽっと赤く染まると、彼女は口元に手を添えこそこそと耳打ちし出す。
 ……それが逃亡計画だと正勝が理解したのは家光に手を握られ、心を奪われた後だった――。

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