逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

166 月花のアシスト

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 ――正勝さまは、毎朝家光さまに甘味をお作りしているんですよ~……って、言えないけど……。


 月花は正勝が早朝、御膳所で家光の為の菓子を作っているのを目撃したことが何度かあり、気になって彼に訊ねたことがある。

 それに対し正勝は『家光様にはご内密に……』とまだ日も明けきらない暗い御膳所で薄ぼんやりした灯りの下、一人黙々と作業をしていたのだ。

 その傍には失敗したであろう菓子の山があり、月花は少々焦げた煎餅や形の歪なおはぎを毒見と称して貰っている(どれも美味かった)。
 ……失敗作は台所役人達できちんと食しているそうで、食材を無駄にはしていないらしい。

 更に訊いてみれば、家光は菓子を食べてくれないという。

 “今の自分が出来るのはこれくらいだから”と正勝は反省の意味も込め、家光が食べてくれるまで毎日甘味を作っているとのこと。

 その所為で寝不足なのか、最近正勝の目の下には隈が酷い。
 家光同様、正勝もここ数日仕事が忙しかったようで、遅くまで働いていたのだろう。

 菓子を拵えながら ぶつぶつと『家光さま……家光さま……』と念仏のように唱えていたのだから不気味なことこの上ない。

 月花が気を遣って「家光さまにお伝えしましょうか?」と申し出たが、“家光様にもしお話ししたら……”と手にした包丁を光らせ恐ろしい目で睨まれたため、月花は今の今でも黙っているというわけだ……。


「……月花、着付けありがとう。そろそろ行こうかな……」

「家光さま。正勝さまの“おはぎ”ってめっちゃ美味しいですよねっ!」


 湯殿を後にしようとする家光に月花は親指を一本突き出し、片目を瞑って“おはぎ”を勧める。


 ――そろそろ食べてやって下さ~い! 正勝さま、寝不足で死んじゃいますよ~!


 ……ってか、正勝さまの監視、正直しんどいんで、おなしゃす!


 正勝は家光に盲目過ぎて怖いし、自分には冷たい塩対応の為、本当ならあまり近付きたくない人物だ。

 だが月花は正勝を定期的に監視するようにとの密命を、春日局から受けており近づかざるを得ない。

 正勝に妙な動きがあれば報せろとのことだったが、正勝の様子は確かにおかしいが、毎日菓子を作っている以外は特に変なところはない。

 春日局に報告したらしたで「そうか」の三文字で済まされて終わり。
 関心がなさそうに春日局、彼は手を止めていた仕事に取り掛かってしまう。

 だから月花も「監視はもういいですかね?」と訊ねてみたが、「続けろ」と今度は四文字で返され、後は無視……。

 ……春日局は家光以外には氷点下の対応をするのだ。

 月花は報告を上げる度、しょんぼりしながら春日局の部屋を後にしていた。


 “局さまいっつも冷た~い、二枚目に毎度あんな冷たくされたら心の臓に悪いっちゅうねん……はぁ、ほんまめんどくさい親子やで……。”


 正勝の態度が父親に似ていることに気付いた時、風鳥と一緒にこっそり笑ったものだ。

 月花は春日局と正勝、親子共々厳しく冷たい態度に始めは恐怖していたが最近はそれも慣れ……、今はただ面倒臭い親子という認識である(まだちょっと怖い時もあるけど)。


 ……春日局が正勝の何を危惧しているのか、月花にはさっぱりだ。

 正勝の居場所は今の所固定……大体わかっている為、監視という程の監視ではなく、ご機嫌伺いという側面の方が大きい。

 だから月花は天井裏からの監視ではなく、本人に直接挨拶して近況などを訊ねている。

 月花の見立てでは、春日局はあれでも息子を心配しているのでは……と思っているのだが、正勝が家光に近いというのもあまりよくは思っていないようだし、果たして……。


 ……このまま家光が正勝を遠ざけてくれていた方が、春日局も喜ぶだろうということは月花にもわかっている。

 だが、家光が正勝のことを遠ざけたくて遠ざけているわけではないということも彼女の表情を見れば一目瞭然で……。


 家光はきっと正勝と元の関係に戻りたいと思っているはず。

 ……家光と正勝の仲立ちなど春日局も風鳥もしないだろう。

 正盛も重澄も、正勝を目の上のたん瘤だと思っている節があり、正勝が家光の補佐をすることに否定的である。

 唯一、仲立ちできるといえば、この隠密……月花なわけだが、正勝は誰の力も借りようとしないわけで……。

 家光から歩み寄ってくれれば すぐにでも二人は元通りになりそうなのだが、時間が経つにつれ、彼女はどうにも言い出し辛そうだ。


(お互い大切な者同士なんやから、早う仲直りして~な~……!)


 春日局の思惑も、正盛と重澄の想いも、純粋に家光の味方である月花には正直どうでもいい(風鳥は正勝のことなんて気にもしてないだろうから更にどうでもいい)。

 月花は主君の真の望みを読み取り、心の底から家光に笑って欲しいと思っている。

 孝との仲もそうだが、そろそろこっちも仲直りして欲しいなと、月花はそれとなく正勝をアシストしておくことにした。


 ……これぐらいなら正勝が怒ることもないだろう。


「ぁ……うん。最近ダイエット中で食べてなかったけど……、久しぶりに食べよっかな……」


 月花の勧めに家光は“おはぎ……”と呟き顔を綻ばせる。
 実はずっと食べたいと思っていたのだが、正勝を許せず手を付けられなかったのだ。


「だいえと? ……よくわかんないですけど……甘味を食べるとほっこりしますよ!」

「うん……、ほっこりするよね。正勝の作った“おはぎ”城下で売ってるのより おいしいし……」


 家光の返答に気を好くした月花は目を細める。
 すると家光は釣られるように月花を真似た。


「家光さま、夕餉は何もお考えにならず甘味をお楽しみくださいな。孝さまなんて無視しときゃいいんですよ☆」

「月花……。うん……ありがと……」


 月花に元気付けられ、家光は湯殿から出て行く。


「……正勝のおはぎ……。楽しみだな……」


 ――やっぱ疲れた時は甘いものだよね……!


 湯殿から出た家光は控えていた複数の付添人達に案内され、夕餉会場へと案内されて行った。









 ……今宵の夕餉は大奥の一室で摂ることになっているようだ。

 今の家光は側室を迎えていない為、中奥と大奥を結ぶ御鈴廊下で控える者はまだ誰も居ない。

 そんな誰も居ない薄暗くなり始めた御鈴廊下を付添人の持つ灯りを頼りに渡っていると、大奥側の襖の前で頭を伏せ座礼する者の姿が見えて来る。


「…………」


 ――あれはひょっとして孝……かな?


 髪の長さから、着物のセンス、肩幅を見るにその人物が誰であるか、悲しいかな心にイケメン手帳を持つ家光にはすぐにわかってしまうのだ。


 ……家光は無意識に鼻をひくつかせていた。

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