逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

162 実は聞いていました

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「……………………」


 家光は諭すように言い聞かせてくる春日局の言葉に耳を傾け、黙り込む。


 ――うん、知ってる……振ちゃんは気が利くし、超が付く程優しい……人よ。


 私はそんな振ちゃんが大好き。


 ……だが、その大好きはラブではない。あくまで友達としてのライクの方である。
 振から告白され男性だと意識してみたが、それでもやっぱりまだ振は友達だ。


「……どうしても無理ならば仕方ありませんが、一度、御渡りはして頂きます。それでもやはり無理だというならば、他の人間を宛がうまで」


 春日局の声は決して冷淡ではない。
 家光を気遣う様にゆっくりと、だがしかし はっきりと。


 “振が駄目でも、逃げ場はもうありません”


 ……彼の目がそう語っていた。


「ぁ……、っ、そう、か……。他の人が……」


 春日局の言葉に家光は はっと気付かされる。


 ――側室とはそういうものだもんね……。


 男女が逆転しているのに、そこは変わらないなんておかしな話だ。
 女に負担が多過ぎるではないか。

 振とは仲良くなったが、よく知らない男と突然「はい、ヤリましょう」なんてまだ生娘の家光にできようものか。

 それならまだ友達として好きな振と致す方がいい気がする。

 ……この世界にやって来るまでは、独り妄想に耽り数々の恋人おもちゃと致しておいて、転生してからすっかりヘタレたものである。


「ええ、そうです。振が駄目なら、別の男が来るまでですよ。それはもう選り取り見取りの良い男をご用意しておりますから、私はそちらでも構いません」


 春日局は出来るだけ優しく伝え、考え込む家光に納得してもらうよう努めた。


 ……全ては決定事項であり、無情にも振が駄目なら別の男を……とまで既に用意されているのだ。

 春日局が別の男でも構わないという意味は、どの男も春日局が選んだ側室候補だからということ……。

 初めての相手がたまたま振というだけで、これまでの話から察するに今後家光は複数の男と交わらなければならない。


「っ……うーん……」


 ――この習慣さえなければ、いい世界なのに……。


 家の当主が複数の男と情を交わし、子を成す……というのは何も将軍家だけの話ではない。
 当主の男女が逆転している家でも そうでなくても、同じように側室が居る家はあるわけで。

 皆、それが常識だとして何の疑問も持たずに ぽこぽこ子を産んでいるというから驚きだ。

 家光も人伝に聞いているため知ってはいるし、後水尾天皇に秀忠という例もある。
 頭では理解しているつもりなのだが、家光にはまだこの世界の常識が受け入れられていなかった。


「……振との房事まではまだ一週間近く御座います。よくお考えになられますように」

「……そうだね……、考えてみるよ……」


 春日局が恭しく頭を垂れる。
 そして彼はそのままの姿勢で頭を下げ続けていた。

 その様子に家光は今一度真剣に考えることにする。


 ――振ちゃんと……。


 家光が振との共寝を考え始めた頃……――。


 ガタガタッ、と。
 襖が音を立てる。

 ……誰かが襖を叩いたようだ。




「……振か?」

『……左様に御座います。手拭いをお持ちしました……』


 春日局が頭を垂れたまま、ちらと閉じられた襖に目をやれば廊下から振の声が聞こえる。

 そういえば彼は手拭いを取りに行っていたのだった。


「っぁ、ふ、振ちゃん……!?」


 ――ど、どんな顔したら……!?


 家光は動揺し、瞬時に頬を赤らめる。
 友達とはいえ、振は初めての相手になるかもしれない男だ。

 ……何となく気まずい。


『入っても……宜しいでしょうか……』

「…………家光様」


 振の声に、春日局が今度は家光をちらり。一瞥しただけで再び深く座礼をした。
 ……いつもならさっさと顔を上げるのに、今回は家光が声を掛けなければ頭を上げるつもりはないらしい。

 春日局の頭を上げさせる……ということは、今この場に於いては房事に対して了承の意となる気がしてならない。


「っ……とりあえず、福は顔を上げて。振ちゃん入っていいよっ!」


 ――振ちゃんを待たせるのも悪いし……?


 春日局の言動、行動がいちいち意味深で嫌になる。
 家光は春日局、彼の肩を軽く叩き、また、襖に向けては振の入室を許可した。


「……失礼致します……。家光さま、遅くなりまして申し訳御座いません……」

「あっ、ううん……。あっ、畳、汚れあんまりついてないみたいでよかったね」


 振が静かに部屋に入るなり膝を折り深々と座礼する。

 家光はすっかり畳に染み込んだ すまし汁の跡に目を移し“ははっ”とぎこちなく笑ってみせた。


「……はい……」


 振は顔を上げ、ほんのり紅い頬の家光に目を細める。


 ――家光さま……、私を意識して下さっておられるのですか? だとしたらこれ程嬉しいことは御座いません……。


 ですが、まだ私は家光さまの“お友達”……。


 もう少し頑張って家光さまに意識して頂かなくては……と振は自分に言い聞かせ、汚れた畳を拭き始めた。


 ……実は春日局と家光の会話、一部始終を廊下で聞いていた振だった。


「……家光様。では、私の要件は以上ですのでこれで……」


 やにわに春日局が立ち上げり、話は終わったと家光と振の二人を横目に部屋を出て行こうとする。


「えっ、ちょっ、福 行っちゃうの!?(振ちゃんと、二人きりにするの!?)」

「……私がお邪魔だったのでは……?」


 立ち去ろうとする春日局に家光が身体を向けるも、彼はさっきとは異なり冷ややかに笑みを浮かべた。

 昼餉の始まりは家光が冷たい眼で春日局を見ていた気がする。今は逆になってしまっているではないか。


「っ……(イジワルなんだからっ!!)」


 ――くそぅ、福って絶対やり返してくるよね……!


 家光は むっとして下唇を噛み締める。

 ……春日局は根に持つタイプだ。
 そして、こういうところが少々子供っぽいと家光は思っているのだが、本人は気付いているのだろうか……。


「生憎……私も仕事が立て込んでおりまして……これにて失礼致します」

「ちっ……」


 春日局の勝ち誇ったような冷笑に家光はつい舌打ちをしてしまった。
 それを横目に春日局、彼は一瞬唇の端を吊り上げる。


「…………振、家光様のお着物が汚れている。新しいものにお召替えを」

「畏まりました」


 春日局は去り際 振に目を細めそう言い残し、部屋を出て行った。

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