逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

135 そして、二週間後

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 ……次の日、家光・正勝・白橿の三人から それぞれ報告を受けた春日局は孝に説教と再教育を施すことになった。
 孝が春日局の意図の範疇を超え家光の身体に痣を作ってしまったことから、さすがにやり過ぎだと判断したのだろう。春日局は孝に家光との面会をしばらく禁じた。

 そんなことがあり、ある一部を除き、何事もなく初夜から二週間の時が経った……。








 そして、二週間後のある日。


「……失礼致します。家光様、秀忠様よりお呼びが掛かっております」


 家光が自室で文机に向かい何やら書き付けていると、正勝が部屋に入って来るなり深々と座礼する。
 家光は正勝に振り向くことなく書付の続きを綴っていた。


「わかった。この書付を書き終えたら伺いますって伝えて」

「畏まりました。…………お茶が冷えてしまいましたね……お下げ致します」

「ん」


 文机の脇に茶と茶菓子の載った盆が置かれている。
 茶は多少飲んだようだが、茶菓子には手を付けられていない。

 今日の茶菓子は正勝の手作り“おはぎ”なのだが。


「振ちゃん呼んでくれる? 一緒に行くから」

「…………畏まりました。お呼び致します」


 家光が振り向かず告げると、正勝は盆を手に立ち上がる。
 初夜の一件以来、家光は正勝に冷たい。

 正勝は家光の邪魔をしてはいけないと静かに部屋を後にした。


 ――また食べて頂けなかった……それもそうか、私は過ちを犯してしまったのだから……。


 手元の一口も手を付けられていない おはぎを見て正勝が瞳を伏せる。
 正勝は初夜の翌日から家光にずっと避けられている気がしていた。

 この二週間、家光が正勝を無視するといった ようなことはない。だが、家光は質問には答えてはくれるが、必要最小限の会話しかしなくなってしまった。
 以前は対面で城下の話や座学の愚痴やらを気安くしてくれたものだが、今はそんな話を聞かなくなった。
 正勝はいつも家光の背を愛おし気に眺めるだけ。
 彼女は振り向きもしない。

 “恐らく護り切れなかった自分に失望したのだ、顔も見たくないのだろう……”そう思いつつ、正勝は僅かな時間ではあるが、毎日家光の顔を見ることが出来て幸せだ……と、伏せていた瞳を上げた。


 そんな想いを抱えながら、正勝は家光に云われた通り振を呼びに向かう。
 そして正勝が廊下を歩いていると、突然天井から人が降って来たのだった。


「正勝様」


 誰かと思えば風鳥だ。
 風鳥が正勝以外誰も居ない廊下に降り立ち、正勝と向かい合う。


「っ……風鳥……(吃驚した……!)」


 ――全く、忍びという者達は……!


 久しぶりの天井からの登場に正勝は息を呑む。
 急に現れると心臓に悪い。


「元気……無いですね……」

「いえ……そのようなことは……」

「……その内家光様からお声が掛かりますよ」

「……そうかな……」


 慰めに来たのだろうか。風鳥は正勝を見下ろし腕組みすると、朗らかに笑った。


「ところで、正勝様は知っておいでですか?」

「……何を……?」

「家光様が増えるそうです」

「…………ん?」


 風鳥の話に正勝は首を傾げる。


 ――家光が増える。一体なんのことやら……。


 正勝は振を呼びに行くのが先だと断りを入れ、用事を済ませた後で風鳥の話に耳を傾けた……。









 正勝が振を呼びに行っている間、家光は書付を書き終え筆を置く。


「ふぅ……。こんなもんかな」


 ――我ながら中々文字も様になって来たよね!


 これも写経の賜物ね! と自分の書いた文字に自画自賛し、目の前に高く掲げ眺めて自画自賛。
 次にその書付を丸め紐で纏めると、いつも正勝が控えている斜め後ろにそれを“ぽいっ”と投げた。


「正勝ー、それ福に渡しておいて~…………って、あ。……そっか。振ちゃんを呼びに行ったんだっけ……」


 丸まった書付は“からから……”と畳の上を転がっていく。


 ――正勝……。


「はぁ……」


 家光は痺れ始めた足で畳を蹴り、立ち上がった。
 転がった書付を拾い、小さく溜息を一つ。


 初夜以降正勝とは必要な事以外話をしていない。

 もう正勝は以前のように家光の傍にずっと居る人間ではなかった。
 正勝は京都から戻って来て以降、表で働き、中奥に来るのは朝、家光に前日の出来事を報告しに来るだけで、表で顔を見ることはあるが、たまに用事があればやって来る程度。
 今回もその急ぎの用たまにでやって来たわけだ。

 現在の家光の身支度は別の者が担当している。

 以前のように家光に世話を焼くことが出来ず、正勝は少しでも……と家光の好きな菓子を作ったり仕入れたりし、台所役人へと託していた。
 だが毒見を終えた菓子達は、この二週間食べられることは無く、御膳所(※)にそのまま戻されている。


「正勝が悪いわけじゃないのはわかってるんだけどね……」


 初夜の出来事は孝が悪いのであって、正勝が悪いわけではない。
 わかってはいるが、何だか もやもやして家光は正勝と以前のように楽しく会話が出来なくなってしまっていた。


「……これじゃ、八つ当たりだよね……」


 正勝は自分に好意を寄せてくれていて、部下でもあるわけだし、いつでも護ってくれると信じていた。
 けれど、それは勘違いで権力に屈して護ってくれなかったなんて……。


 ――いや、それでいいんだけどね……!


 家光は春日局に初夜の報告をした時のことを思い出す。









 ……初夜の翌朝早く、春日局の部屋へと出向き、家光は昨晩の事を話していた。
 日が昇り始め起きるにはまだ早い時間、寝ていた所を起こされ、始めは不機嫌そうな顔をしていた春日局だったが、家光の話に段々と眉根を寄せていく。


「……というわけで、孝の顔を暫く見たくない」


 駄目元で家光は手首に付いた痣に触れながら真剣に告げていた。

 春日局のことだ、宥めすかして「そんな我儘が通るとでも?(今朝から始まる)御目見え朝のお仕事を頑張りましょうね」と云うことも有り得たわけだが……。


 寝起きの春日局は褥の上に端座し家光の話を黙ったまま聞いていた。


「……それで……、貴女は……身体を……傷付けられた……、と……」


 そうして寝間着のままでやって来た家光を見下ろし、寄せられた眉の皺がどんどんと深くなっていく。
 膝の上に置かれた手が拳を形作り、手の甲の血管が浮き出ると春日局の開いた口から零れた声は震えていた。





※御膳所=台所
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