逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

133 未遂に終わる

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 孝の舌が耳から首筋を這い顎を伝って、反対側の首筋へ。
 むず痒い感触に ぞくぞくぞくっと、家光の肌が泡立ってしまう。


「っ、嘘っ!」


 ぴちゃ。


 家光の瞳が見開かれると、孝は顔を上げた。
 恍惚とした表情で家光を見下ろし、耳にそっと触れる。


「嘘なもんか。俺が家門に報告すれば天子様からこちらに申し入れるだろう。そして……その申し入れを徳川は断ることが出来ない。正勝とやらがお前にどれだけ尽くしているのかは知らんが、夫婦の営みに自分の出世を棒に振ってまで乱入する必要があるか? ……ないだろ?」

「ぐっ……、卑怯者……!」


 うっとり顔で告げる孝の言葉に家光は彼をキッと睨み付けていた。


「……さっきも言ったが、俺もしたくてするわけじゃないんだ。許せよ」


 すーっと、孝の指が家光の胸の間を通り、下へ下へ。
 臍の周りをくるくると軽く擦り、整えられた枝垂れ柳の奥へとその指が這って行く。


「許せるかぁああああっ!! 嫌だぁああああっっ!!」


 ――そこは触るなぁああああっっ!!


 家光が叫ぶ中、孝の指は家光の蜜口の奥へと埋まろうとしていた。
 “初めてが無理やりとか酷過ぎる!”家光は出来るだけの抵抗をするが、孝は家光の足首までも掴み、押さえつける。


「ぃ……っぁんっ……!(やだっ、そこに触らないで……!)」


 くち、と孝の指が家光の蜜口から僅かに水音を立てたかと思うと……、孝の唇が歪んだ。
 家光の蜜口からはとろりとした蜜の感触がする。
 孝は安堵して家光の顔を見つめた。


「……家光、こんなことになって残念だけど……あ……い………………………………」


 家光に愛を囁こうとした所で、孝の目が白黒する。


「っ……ちょ、ちょっと……??」


 ばたり。


 眉根を寄せる家光の胸元へ、急に孝の顔が埋まった。
 突如孝の身体が家光の上に圧し掛かったのだ。


「やだぁああああっ!! ………………………………………………ん?」


 家光は突然の重みに叫んだが、それ以上孝に動く様子がないので、はたと気が付く。


「……孝……? おい……? おーい……?」


 何度か孝の名を呼んでみるが、孝から返事はない。
 ……どころか、孝からは ぐぅぐぅという寝息が聞こえて来たのだった。


「…………っ、まさか……」

『…………家光様。漸く薬が効いたようです……』


 家光が現状を把握しようとしていると、衝立の向こう側から正勝の声が聞こえる。


「っ! 正勝っ!? 起きてたのっ!?」

『……………………はい』

「っ、重っ……ちょっとこっちに来て早く孝を退けてくれない……?」

『はっ、只今……!』


 家光は正勝を呼ぶことにし、家光の声掛けで正勝が衝立の向こう側からやって来る。


「ぁ…………っ…………、申し訳御座いません……」


 褥に転がされた家光の格好に正勝が絶句する。
 家光の手首には帯が巻かれ、肌は暴かれ、髪は乱れていた。
 正勝は眉を顰めて唇を噛み締める。


「……謝るのは後でいいから、早く退けて。重いし、手首も痛いの」

「はっ……! 只今……!!」


 正勝は孝を家光から剥がし褥に転がすと、家光の開けた寝間着を心苦しそうに戻した。
 そうして、家光の身体を起こしてやる。


「…………家光様……、手首が赤く……」

「うん、痛い。早く取って」


 きつく結んだ手首の帯を、正勝は丁寧に解していく。


「…………申し訳御座いませんでした……。私が助け入っていればこのようなことには……」

「…………出世……、出来なくなるんじゃ しょうがないよね……?」

「私は出世など……!」


 家光の手首から帯が解かれると、彼女は手首をすりすりと撫でた。
 正勝は首を横にふりふり、家光を見つめる。


「……なら何で助けてくれなかったの……?」

「っ……それは……!!」


 家光が正勝を見上げると、正勝は息を呑んだ。
 家光の瞳は哀し気に揺れていた。


「…………ははっ、責めてるわけじゃないよ。正勝なら助けてくれるって思ってた私が莫迦だったの。…………お酒に薬が入っていたのね……?」

「はい……。春日局様よりそう伺っております」


 家光は正勝から目を逸らして口を歪ませると訊ね、正勝は聞かれるままに頷く。


「……福は……、こうなることわかってたわけ……?」

「っ…………、……………………はい」


 家光の質問に正勝は沈黙した後で静かに頷いた。


「ははっ! 正勝もグルだったんだねっ」


 まさか、正勝が自分ではなく春日局に協力するとは思わなかった。
 家光は完全に正勝を信じ込んでいた自分がおかしくて自嘲気味に笑う。


 正勝は所詮、ただの小姓に過ぎない。
 自分を慕っているとはいえ、春日局上司に逆らうことなんて出来ない弱い立場の人間なのだ。


「っ、違いますっ!! 効き目が出るには少し時間が掛かるとだけ! 手を出すなと……! っ…………家光様に人妻になったのだと意識して頂きたいとの……っ、ことで……っ! こ、ここまでとは……!!」


 正勝の瞳には家光の腕や首筋に赤い鬱血が映り、まだ未遂とはいえ、自分が助けられなかった事実に胸が痛くなる。


「…………はぁ。……あぁ……、福ならやりそう……。意識も何も……、時期が来れば私だって……(ていうかもう封印解いたんだから自覚してるっちゅーに……)」


 ――はぁ……。逃げていいって言ったのは自分の癖に、これはあんまりじゃない?


 正勝の言葉に家光は頭を抱え、深い溜息を吐いた。
 それは落胆ではなく、どちらかというと憤怒の溜息だった。

 明日春日局に会ったら一発殴らなければこの苛立ちは消えそうもない。
 全く、春日局という男は一体何を考えているのやら……。

 家光は布団を握り締め唇を引き結ぶ。
 そんな家光に正勝が静かに口を開いた。


「家光様……。恐らく孝様は朝まで起きません。このままお休みになられるのが宜しいかと……」

「…………そうだね。朝起きた時、上手く誤魔化さないとだし、そろそろ寝るよ」


 家光は孝の隣に寝転がると、眠る孝の額に手刀を入れる。


 ――この強姦魔めっ! 一度ならず二度までも襲って……!!


 孝は「ぅぅ……」と呻くがぐっすり眠っていて起きる気配はなかった。
 孝の立場からしたらさっさと子を成したいのだろう。その気持ちはわかるが、何も今日いきなり本気を出さずとも良いだろうに……、家光はそう思った。


 ――あんたと絶対しないとは言ってないんだから、ちょっとくらい待ってくれたっていいでしょうが……。


 家光は「まあ、こいつも可哀想な奴なんだよね……」少しだけ同情心を見せたが、やっぱり腹が立ったのでもう一度孝の額に手刀を入れておいた。
 本当ならもっとがんがん殴りたい所であるが、起こすと面倒なので一度のみだ。


「ぅぅ……」


 孝は眉間に皺を寄せ唸っている。


(反省しろっ! 莫迦野郎~!)


 心地良さそうに眠る孝を家光は睨み付けたのだった。


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