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【新妻編】
119 婚礼会場へ
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「そろそろ刻限です」
「わかった。ちゃっちゃと終わらせちゃお!」
「……………………、……参りましょうか」
家光の言葉に、春日局はしばし間を置いてから手を差し伸べる。
信じては下さらないとは思いますが、
とてもお美しいですよ、家光様。
家光が春日局の手を取ると、二人は静かに歩き出す。
廊下へと出るが、
「あっ、ちょっと待って。ねえ!」
不意に家光は振り返り、部屋に残った着付けをしてくれた女性に声を掛けた。
「あっ、はい! なんでございましょう?」
女性は片付けする手を止め、返事をする。
「この紅ね、伊達のおじさまから戴いたのよ。どこで手に入れたかはおじさまに訊いてちょうだい」
「あっ、伊達様ですか……!?」
なるほど!
女性は合点がいったように深く頷いた。
その間に家光は春日局と共に行ってしまうが、女性は家光が質問に答えてくれたことに感謝する。
「うぅん……。流石は伊達様。粋な物を御贈りなさるわ……。けれど、伊達様に質問なんて……」
私には伝手が御座いませんわ、家光様。
女性はせっかく希少な紅の入手先を掴めそうだったのに……とほほ、と、化粧道具の後片付けを進めたのだった。
◇
それから家光は春日局と共に婚礼の儀が行われる会場へと向かう。
白無垢姿はいつもの小袖よりも重く歩きにくい為、家光は春日局の手を頼りに廊下を歩いていた。
春日局が云うには、もう孝は既に会場入りしているという。
そして会場が段々と近付いて来ると、家光の顔も段々と俯いていった。
そして完全に家光が下を向いた頃、春日局は口を開く。
「……孝様は……」
「……ん?」
「……少々、失言が多くはありますが……、そう悪い御人ではなさそうです」
「…………、…………そう?」
私、襲われたんだけど、知ってるよね……?
思いも寄らない春日局の言葉に家光は顔を上げ、眉間に皺を寄せ首を傾げる。
家光からすれば孝は暴漢の何者でもないわけで。
“次期将軍を襲っておいてお咎めなしとかふざけるなよ! 下手したら戦争になっててもおかしくないんだぞ!”と、思っていたくらいである。
「……あれは籠の鳥、恐るるに足りません。何事においても貴女が優位であることに変わりはありません。それは初夜の場に於いてもです」
「っ、初夜か……」
春日局の言葉に思わず家光は“チッ”と舌打ちをしてしまう。
苦々しく唇を噛みそうになったが、口紅が歯に着くとまずいので舌打ちだけに留めておいた。
春日局は話を続ける。
「……そうそう、孝様との御子は成す必要は無いそうです。いえ、むしろ作られては困る」
「え……?」
「…………秀忠様がそう、仰っておりました」
「と、いうことは、初夜パスしてオッケーってこと?」
子供を作る必要がない、イコールエッチしなくていいっ!?
それまでどんよりとした葬式フェイスの家光の顔がパッと明るくなった。
「……ぱすしておけ? ……何を仰っているのかはわかりませんが、形式上することはして頂かなければ、鷹司家が黙っておりませんよ?」
「っ……、じゃあ何でそんなこと言うのさ……」
子供作るな、でもセックスはしろ??
こっちじゃゴムないでしょ! 出来たらどうすんのさ!
家光は春日局を見上げじろりと睨み付ける。
ところが次に春日局が話す内容を聞くなり、家光は避妊具などどうでも良いと思わざるを得なくなるのであった。
「……初夜の御添寝役(※)は正勝がすると……。御伽坊主(※)には白橿が」
「白橿って……、あっ! おっぱいの人! 白橿のおばちゃん!」
御添寝役? 御伽坊主?
なんだそりゃ??
春日局に訊いてみなければと家光は先ずは“白橿”に付いて挙げてみる。
「おっぱいの人……コホン、そうです。家光様が完全にお食事が出来るようになるまでお乳を与えていた女性です。今は表で働いておりますが、特別な日だからと駆け付けるそうです」
「……駆け付ける……? で、御添寝役と御伽坊主……って何ぞや? え?(添寝?)」
ちょっと、嫌な予感するんだけど……?
家光は言葉を反復してみて改めて【御添寝役】と【御伽坊主】という名前に、それまで歩いていた足を止めた。
「……家光様。家光様の閨事は全て監視させていただきます」
「んなっっっ!!??(ウソでしょ!!??)」
春日局が目を細め薄っすらと口角を上げると、家光は目を大きく見開く。
「孝様が家光様に粗相をすることのないよう、きちんと監視します故、ご安心下さい。本来ならお相手は御台所ですから、監視を拒否することも出来るのですが、いやはや良かった。孝様は前科のお陰で拒否権は御座いません」
云い切った春日局は嬉々として家光を優し気に見つめていた。
「いやいやいや……。それって、やってる最中傍で見てるってこと!?」
「家光様達には背を向け横になり、更に衝立を隔てます故、はっきりとは見えないとは思いますが」
「いやいやいや……。っ、こ、声っ! 声聞こえるじゃん!?」
「声は聞こえますね。ですが、隣の部屋にも御中臈が寝ておりますし、問題ありませんよ」
家光が瞳をぱちぱちと瞬かせながら訊いていく中、春日局は涼しい顔で淡々と返してくるので……、
「も、も、も……大問題だっつーーのっっっ!!!!」
はぁっ!? 監視!? 意味わかんないっ!!
避妊がどうとか言ってる場合じゃないわっ!!
家光は春日局の手を振り払うのだった。
「……家光様。今宵は正勝が御添寝役です。どうぞ、その事をお忘れなきよう……」
春日局は振り払われた手を見下ろしてから、再び家光に手を差し伸べる。
「っ……?? 何、どういうこと……?(正勝に聞かれるってこと!?)」
「……婚礼の儀が終われば、私は自室にて仕事が御座います故、何の助言も差し上げることが出来ません。家光様、もし恐れなどを抱くようでしたら酒でもお持ち下さい。あれは時に人の気を大きくするものです。そして眠気を誘うもの……。正勝に言えば喜んで用意することでしょう」
家光がそっと春日局の手に掴まると、彼は僅かに口角を上げて告げた。
「…………っ? つ、つまり……?(……酒を飲んで酒の勢いでやれと……?)」
いや、待てよ?
……今、眠気を誘うって言った?
春日局の遠回しな云い方に家光は目を丸くする。
「家光様ならお出来になられますよね?」
「っ、つまり、逃げ」
逃げてもいいってこと!? と言い掛けると、その言葉はある人物に遮られてしまうのだった……。
----------------------------------------------------------------------
※御伽坊主と御添寝役について
将軍と閨を共にする際、お相手と二人きりではなく、御伽坊主と御添寝役(女)という二人が衝立を挟んで添い寝をし、翌朝御年寄に報告といったことが行われていたそうです。超オープン!
この世界では男女逆転しているので御伽坊主と御添寝役はどちらも男性が……とも思ったのですが、男二人に添われてはちょっと家光が可哀想なので、男女ペアにしました。
「わかった。ちゃっちゃと終わらせちゃお!」
「……………………、……参りましょうか」
家光の言葉に、春日局はしばし間を置いてから手を差し伸べる。
信じては下さらないとは思いますが、
とてもお美しいですよ、家光様。
家光が春日局の手を取ると、二人は静かに歩き出す。
廊下へと出るが、
「あっ、ちょっと待って。ねえ!」
不意に家光は振り返り、部屋に残った着付けをしてくれた女性に声を掛けた。
「あっ、はい! なんでございましょう?」
女性は片付けする手を止め、返事をする。
「この紅ね、伊達のおじさまから戴いたのよ。どこで手に入れたかはおじさまに訊いてちょうだい」
「あっ、伊達様ですか……!?」
なるほど!
女性は合点がいったように深く頷いた。
その間に家光は春日局と共に行ってしまうが、女性は家光が質問に答えてくれたことに感謝する。
「うぅん……。流石は伊達様。粋な物を御贈りなさるわ……。けれど、伊達様に質問なんて……」
私には伝手が御座いませんわ、家光様。
女性はせっかく希少な紅の入手先を掴めそうだったのに……とほほ、と、化粧道具の後片付けを進めたのだった。
◇
それから家光は春日局と共に婚礼の儀が行われる会場へと向かう。
白無垢姿はいつもの小袖よりも重く歩きにくい為、家光は春日局の手を頼りに廊下を歩いていた。
春日局が云うには、もう孝は既に会場入りしているという。
そして会場が段々と近付いて来ると、家光の顔も段々と俯いていった。
そして完全に家光が下を向いた頃、春日局は口を開く。
「……孝様は……」
「……ん?」
「……少々、失言が多くはありますが……、そう悪い御人ではなさそうです」
「…………、…………そう?」
私、襲われたんだけど、知ってるよね……?
思いも寄らない春日局の言葉に家光は顔を上げ、眉間に皺を寄せ首を傾げる。
家光からすれば孝は暴漢の何者でもないわけで。
“次期将軍を襲っておいてお咎めなしとかふざけるなよ! 下手したら戦争になっててもおかしくないんだぞ!”と、思っていたくらいである。
「……あれは籠の鳥、恐るるに足りません。何事においても貴女が優位であることに変わりはありません。それは初夜の場に於いてもです」
「っ、初夜か……」
春日局の言葉に思わず家光は“チッ”と舌打ちをしてしまう。
苦々しく唇を噛みそうになったが、口紅が歯に着くとまずいので舌打ちだけに留めておいた。
春日局は話を続ける。
「……そうそう、孝様との御子は成す必要は無いそうです。いえ、むしろ作られては困る」
「え……?」
「…………秀忠様がそう、仰っておりました」
「と、いうことは、初夜パスしてオッケーってこと?」
子供を作る必要がない、イコールエッチしなくていいっ!?
それまでどんよりとした葬式フェイスの家光の顔がパッと明るくなった。
「……ぱすしておけ? ……何を仰っているのかはわかりませんが、形式上することはして頂かなければ、鷹司家が黙っておりませんよ?」
「っ……、じゃあ何でそんなこと言うのさ……」
子供作るな、でもセックスはしろ??
こっちじゃゴムないでしょ! 出来たらどうすんのさ!
家光は春日局を見上げじろりと睨み付ける。
ところが次に春日局が話す内容を聞くなり、家光は避妊具などどうでも良いと思わざるを得なくなるのであった。
「……初夜の御添寝役(※)は正勝がすると……。御伽坊主(※)には白橿が」
「白橿って……、あっ! おっぱいの人! 白橿のおばちゃん!」
御添寝役? 御伽坊主?
なんだそりゃ??
春日局に訊いてみなければと家光は先ずは“白橿”に付いて挙げてみる。
「おっぱいの人……コホン、そうです。家光様が完全にお食事が出来るようになるまでお乳を与えていた女性です。今は表で働いておりますが、特別な日だからと駆け付けるそうです」
「……駆け付ける……? で、御添寝役と御伽坊主……って何ぞや? え?(添寝?)」
ちょっと、嫌な予感するんだけど……?
家光は言葉を反復してみて改めて【御添寝役】と【御伽坊主】という名前に、それまで歩いていた足を止めた。
「……家光様。家光様の閨事は全て監視させていただきます」
「んなっっっ!!??(ウソでしょ!!??)」
春日局が目を細め薄っすらと口角を上げると、家光は目を大きく見開く。
「孝様が家光様に粗相をすることのないよう、きちんと監視します故、ご安心下さい。本来ならお相手は御台所ですから、監視を拒否することも出来るのですが、いやはや良かった。孝様は前科のお陰で拒否権は御座いません」
云い切った春日局は嬉々として家光を優し気に見つめていた。
「いやいやいや……。それって、やってる最中傍で見てるってこと!?」
「家光様達には背を向け横になり、更に衝立を隔てます故、はっきりとは見えないとは思いますが」
「いやいやいや……。っ、こ、声っ! 声聞こえるじゃん!?」
「声は聞こえますね。ですが、隣の部屋にも御中臈が寝ておりますし、問題ありませんよ」
家光が瞳をぱちぱちと瞬かせながら訊いていく中、春日局は涼しい顔で淡々と返してくるので……、
「も、も、も……大問題だっつーーのっっっ!!!!」
はぁっ!? 監視!? 意味わかんないっ!!
避妊がどうとか言ってる場合じゃないわっ!!
家光は春日局の手を振り払うのだった。
「……家光様。今宵は正勝が御添寝役です。どうぞ、その事をお忘れなきよう……」
春日局は振り払われた手を見下ろしてから、再び家光に手を差し伸べる。
「っ……?? 何、どういうこと……?(正勝に聞かれるってこと!?)」
「……婚礼の儀が終われば、私は自室にて仕事が御座います故、何の助言も差し上げることが出来ません。家光様、もし恐れなどを抱くようでしたら酒でもお持ち下さい。あれは時に人の気を大きくするものです。そして眠気を誘うもの……。正勝に言えば喜んで用意することでしょう」
家光がそっと春日局の手に掴まると、彼は僅かに口角を上げて告げた。
「…………っ? つ、つまり……?(……酒を飲んで酒の勢いでやれと……?)」
いや、待てよ?
……今、眠気を誘うって言った?
春日局の遠回しな云い方に家光は目を丸くする。
「家光様ならお出来になられますよね?」
「っ、つまり、逃げ」
逃げてもいいってこと!? と言い掛けると、その言葉はある人物に遮られてしまうのだった……。
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※御伽坊主と御添寝役について
将軍と閨を共にする際、お相手と二人きりではなく、御伽坊主と御添寝役(女)という二人が衝立を挟んで添い寝をし、翌朝御年寄に報告といったことが行われていたそうです。超オープン!
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