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【江戸帰還編】
113 身支度
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――春日局が部屋から出て行った後、すぐに家光の選んだ柄の打掛が部屋へと持ち込まれた。
家光は殆どまったりする間もなくあれよあれよと着替えさせられ、椅子に座らされて化粧まで施されていたのだった。
春日局も準備があるらしく、家光の部屋には普段見慣れない従者達ばかりが忙しなく動いている。
そんな中、
「ちょっと邪魔するぞ」
秀忠の声が聞こえたかと思うと、スーッと部屋の襖が開かれ、粧し込んだ秀忠が威風堂々と御付きを従えやってくる。
着物は黒を基調とした銀鼠の龍……。昨日家光が候補にしていた柄の一つによく似ている。
明るい色を好む秀忠が普段は選ばないような落ち着いた色……、故・家康を意識しているのだろうか。
ゲッ!
家光は龍柄にしなくて良かったとほっと胸を撫でおろした。
しかしその柄、何だか極妻を連想させるなぁ……。
お母様、意外とそういうのも合うのね……。
家光は髪を結われながら秀忠がやってくるのを見ながらそんなことを思う。
「……ふむ、良い柄を選んだな。紫か……、新しいな。随分思い切ったな……。まあ、いいか」
「へ……?」
な、何か問題でも……?
従者に椅子を用意され、そこに腰掛ける秀忠の言い分に家光は自身の着物を見下ろしてから首を傾げた。
「……家光。儂は大御所となった。母上亡き後、これからは儂が徳川を率いて行かねばならん」
「え、ちょっとお母様、それ私の台詞なんですけど……?」
秀忠が腕を組み、頭に飾りを付けられている家光に告げると、家光は声を上げる。
「無論だ。……わかっている。だが、将軍に就任したお前の最初の仕事は……」
「仕事は……?」
あれか……、さっき福が言ってた……。
アレか!?
秀忠の言葉に家光はこくりと喉を鳴らした。
「……子を成せ。そうだな……、最低でも三人は産まねばならんな……。政に関わりたいのならせめて一人は産まねばな」
「やっぱそっちかー!!」
家光が額を抱えると「家光様っ!」と額から手を放すよう注意され、手を放す。
白粉が手について、控えていた従者が慌てて濡れ手拭で拭き取ってくれた。
いやいやいやいや……。
なんでそっち……!?
いや、跡継ぎ大事だけども、先ずはお仕事が先でしょ!?
あ、子作りが仕事なのか。
ふぅ、と家光の口から溜息が零れる。
「ん?」
「あっ、いえ……。お母様もそうだったと……お聞きしたことが……」
「そうだ。儂も始めは何も知らぬおぼこでな。……まあ、色々あったな」
秀忠の唇が弧を描く。
その笑みに全てが詰まっている気がした。
いつも言葉はそう多くはないが、今日はさすがの秀忠も緊張しているのだろうか直ぐ傍にお菓子が置いてあるのだが、目もくれていない。
「そんな短くまとめないで下さいよ……」
「……親のあれこれなど聞きたくはあるまい?」
「そりゃそうですけど」
「……はは。まあ、とにかくだ。お前も今日からは正式に将軍として振る舞わねばな。儂の後ろについて紹介されたら出るように。それだけ伝えに来たまで」
「そうだったんですか……。大御所自らわざわざ……」
髪の支度が整ったらしく、髪結いが「出来ました」と告げると家光は従者に手を引かれ立ち上がった。
「…………、ふむ。美しいな。…………、……儂には少々劣るがな?」
「っ、お母様がお綺麗過ぎるんですよっ!」
秀忠は家光を見上げて、二、三度満足そうに頷く。
すると家光は照れたのか頬をほんのり色付かせたのだった。
それからすぐ秀忠は「では、後でな」と家光の部屋を後にする。
「わかりました、何とか頑張ります!」
家光は敬礼とばかりにこめかみ辺りに手を当て、秀忠を見送ったのだった。
◇
秀忠が従者に先導され、お披露目会場である大広間へと移動する。
廊下を歩きながら、ふと、前を歩く者に秀忠は声を掛けた。
「なぁ、そこの」
「は、はい!」
「家光は美しかっただろう……? お前、見惚れていたものな……?」
秀忠はちらりと横目で冷ややかに視線を送る。
「っ、い、いえっ、秀忠様の方が……」
従者は睨まれた気がして額に脂汗を掻き出した。
「いや、お前……。ずっと家光を見ていたではないか。何、怒っているのではない。素直な意見が訊きたいだけだ」
「っ、……も、申し訳御座いません……。その……、はい。家光様は御美しく……」
私は初めて拝謁しましたが、天女かと思いました……。と従者はうっとりと家光を思い浮かべる。
すっかり家光の虜になっているようだ。
「……だよなぁ……。家光の奴は何を言っておるのだ……? お母様似のくせに……」
秀忠は首を傾げながら家光の云った、“お母様がお綺麗過ぎるんですよっ!”の言葉が引っ掛かって仕方なかった。
……いや、確かに儂は美しいが……、
家光も相当なものだと思うのだが?
あの調子で将軍が務まるのか……?
「……まあ、よい、先を行け」
「は、はいっ! こちらです」
秀忠は思案顔しながら従者に告げると、大広間へと向かうのだった。
家光は殆どまったりする間もなくあれよあれよと着替えさせられ、椅子に座らされて化粧まで施されていたのだった。
春日局も準備があるらしく、家光の部屋には普段見慣れない従者達ばかりが忙しなく動いている。
そんな中、
「ちょっと邪魔するぞ」
秀忠の声が聞こえたかと思うと、スーッと部屋の襖が開かれ、粧し込んだ秀忠が威風堂々と御付きを従えやってくる。
着物は黒を基調とした銀鼠の龍……。昨日家光が候補にしていた柄の一つによく似ている。
明るい色を好む秀忠が普段は選ばないような落ち着いた色……、故・家康を意識しているのだろうか。
ゲッ!
家光は龍柄にしなくて良かったとほっと胸を撫でおろした。
しかしその柄、何だか極妻を連想させるなぁ……。
お母様、意外とそういうのも合うのね……。
家光は髪を結われながら秀忠がやってくるのを見ながらそんなことを思う。
「……ふむ、良い柄を選んだな。紫か……、新しいな。随分思い切ったな……。まあ、いいか」
「へ……?」
な、何か問題でも……?
従者に椅子を用意され、そこに腰掛ける秀忠の言い分に家光は自身の着物を見下ろしてから首を傾げた。
「……家光。儂は大御所となった。母上亡き後、これからは儂が徳川を率いて行かねばならん」
「え、ちょっとお母様、それ私の台詞なんですけど……?」
秀忠が腕を組み、頭に飾りを付けられている家光に告げると、家光は声を上げる。
「無論だ。……わかっている。だが、将軍に就任したお前の最初の仕事は……」
「仕事は……?」
あれか……、さっき福が言ってた……。
アレか!?
秀忠の言葉に家光はこくりと喉を鳴らした。
「……子を成せ。そうだな……、最低でも三人は産まねばならんな……。政に関わりたいのならせめて一人は産まねばな」
「やっぱそっちかー!!」
家光が額を抱えると「家光様っ!」と額から手を放すよう注意され、手を放す。
白粉が手について、控えていた従者が慌てて濡れ手拭で拭き取ってくれた。
いやいやいやいや……。
なんでそっち……!?
いや、跡継ぎ大事だけども、先ずはお仕事が先でしょ!?
あ、子作りが仕事なのか。
ふぅ、と家光の口から溜息が零れる。
「ん?」
「あっ、いえ……。お母様もそうだったと……お聞きしたことが……」
「そうだ。儂も始めは何も知らぬおぼこでな。……まあ、色々あったな」
秀忠の唇が弧を描く。
その笑みに全てが詰まっている気がした。
いつも言葉はそう多くはないが、今日はさすがの秀忠も緊張しているのだろうか直ぐ傍にお菓子が置いてあるのだが、目もくれていない。
「そんな短くまとめないで下さいよ……」
「……親のあれこれなど聞きたくはあるまい?」
「そりゃそうですけど」
「……はは。まあ、とにかくだ。お前も今日からは正式に将軍として振る舞わねばな。儂の後ろについて紹介されたら出るように。それだけ伝えに来たまで」
「そうだったんですか……。大御所自らわざわざ……」
髪の支度が整ったらしく、髪結いが「出来ました」と告げると家光は従者に手を引かれ立ち上がった。
「…………、ふむ。美しいな。…………、……儂には少々劣るがな?」
「っ、お母様がお綺麗過ぎるんですよっ!」
秀忠は家光を見上げて、二、三度満足そうに頷く。
すると家光は照れたのか頬をほんのり色付かせたのだった。
それからすぐ秀忠は「では、後でな」と家光の部屋を後にする。
「わかりました、何とか頑張ります!」
家光は敬礼とばかりにこめかみ辺りに手を当て、秀忠を見送ったのだった。
◇
秀忠が従者に先導され、お披露目会場である大広間へと移動する。
廊下を歩きながら、ふと、前を歩く者に秀忠は声を掛けた。
「なぁ、そこの」
「は、はい!」
「家光は美しかっただろう……? お前、見惚れていたものな……?」
秀忠はちらりと横目で冷ややかに視線を送る。
「っ、い、いえっ、秀忠様の方が……」
従者は睨まれた気がして額に脂汗を掻き出した。
「いや、お前……。ずっと家光を見ていたではないか。何、怒っているのではない。素直な意見が訊きたいだけだ」
「っ、……も、申し訳御座いません……。その……、はい。家光様は御美しく……」
私は初めて拝謁しましたが、天女かと思いました……。と従者はうっとりと家光を思い浮かべる。
すっかり家光の虜になっているようだ。
「……だよなぁ……。家光の奴は何を言っておるのだ……? お母様似のくせに……」
秀忠は首を傾げながら家光の云った、“お母様がお綺麗過ぎるんですよっ!”の言葉が引っ掛かって仕方なかった。
……いや、確かに儂は美しいが……、
家光も相当なものだと思うのだが?
あの調子で将軍が務まるのか……?
「……まあ、よい、先を行け」
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秀忠は思案顔しながら従者に告げると、大広間へと向かうのだった。
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