逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【京都・昇叙編】

099 窮鼠

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「……家光はん。あんた何もわかってへんのやねぇ。……そもそも、朕の美しい顔を鼠が見ること自体、許されんことや」

「っ……(そうなのっ!?)」


 ていうか、鼠ってもしかして……、いや、もしかしなくても風鳥のこと……だよね。


 家光はこの部屋に入ってすぐの頃、久脩が云っていた『この部屋には私達三人と、が一匹しかおりません』の言葉を思い出していた。


「……それに加えて、朕に刃を突きつけるというのは……これは……、ほんま、あかんことやと思うで?」

「……私は……あなたに危害を加えるつもりは全く無いのですがっ」


 風鳥は諦めては居らず、何とか刀を後水尾天皇から引くように力を込めるのだが、やはりびくともしなかった。


(何て力だよ……、いや、これ……、俺の力が入ってないんじゃないのか??)


 風鳥は自分の手を見る。
 力を込めていたつもりなのだが、その感覚がまるでないことに気付く。
 後水尾天皇の手の力が強いのは確かなのだが、妊娠していて大きなお腹を抱えているが細身の女性の力がそんなに強いわけが無い。


(あ、駄目だ。これ、解ける気がしない……)


 何か訳のわからない力が働いているんじゃ?
 そんな気がして久脩を見ると、久脩は薄っすらと目を細めているではないか。


(っ、嵌められたっ!?)


 合点が行って風鳥の目は見開き、額から冷や汗が伝い落ちる。


「……つもりがあるとかないとか、そう言うことを言うてるんやない。朕の前に刃物を持って出たらそれだけで、不敬を働いたっちゅーことになるんよ」

「っ……!?」

「…………せやから、上に居りって言うたやろ?」


 風鳥の理解した様子を目聡く見つけた後水尾天皇は、にやり、と含み笑いを浮かべた。


「っ、家光様っ、これはわ」

「……っ、後水尾天皇、責任ってどうすればいいんですか?」


 風鳥が家光へ“これは罠です”と報告しようとする声に、家光の声が重なった。


「……………………、…………ふふっ。その言葉を待ってたんや」


 家光の言葉に後水尾天皇の声のトーンが上がる。


「え」


 そうして、後水尾天皇は喜色満面の顔で、あっさりと風鳥の手を放したのだった。


「……ほら鼠ちゃん、それを、はよお仕舞い。物騒で敵わんわ」

「……ぁ……、戻った……! はっ、た、只今っ」


 後水尾天皇の手が離れると、風鳥の手に力が戻り、短刀を鞘に収めたのだった。


「戻った……??」


 家光は疑問に思うも、すぐさま二人の元へと駆け付ける。
 久脩もそれに続いたのだった。


「だ、大丈夫ですかっ? さっきちょっと刃が触れちゃったんじゃ……!」


 家光は先ず、後水尾天皇の安否を確かめる。


「あー……、ちょっと切れたか?」

「……切先が衿に僅か触れたようですが、問題ありません」

「まぁ、痛ないしな」


 後水尾天皇が顎を上げると、久脩が見下ろして確認する。衿が少しだけ切れていた。
 怪我はしていないようだが、久脩は一通り後水尾天皇の全身を改めていく。


 そんな中、


「っ、申し訳ありませんっ!」


 すぐ傍で風鳥が膝を折り、手を畳に付け頭を垂れたのだった。


「……風鳥どうして刀を後水尾天皇に……」


 家光は一先ず風鳥に訳を訊こうとする。


「っ、申し訳ありませんっ! 私がこの場に下りたばかりに……!」

「……いや、だからどうして刀を後水尾天皇に向けたのって訊いてるんだけど……?」

「っ、申し訳ありませんっ!」

「ね、風鳥どうしちゃったのよ……(ちゃんと答えてよー!)」

「全部、私の所為です! 申し訳ありませんっ!」


 家光の問い掛けに風鳥は言い訳することなく、ただ謝罪の言葉を繰り返していた。
 失態を犯したと悟り、先程から額に滲む汗が頬を伝って、畳を濡らす。

 そこに。


「…………、……ええわええわ。もう済んだことや。朕は優しい女やからな。水に流したる。幸い、ここには朕と久脩しか居らんし」


 久脩の改めから開放され、後水尾天皇が涼しい顔で微笑んだ。


「あ、ありがとうございます……この度は……もうし……(でも、何か……わざとらしいんだよね……)」


 素直に謝ってもいいものか……。
 家光は躊躇う。

 武家の統領がそう簡単に謝っては秀忠や春日局に何を言われるか、わかったものじゃない。


 それに。


 後水尾天皇の表情といい、物言いといい、恩着せがましく感じてしまった家光は謝罪しなければならないのは承知の上、謝罪の言葉が出掛かって言葉を飲み込んだ。


「……ふふっ。家光はんが責任取ってくれはるんやろ?」

「……………………………………、はい」


 家光は頭を上げない風鳥を見下ろした後、楽しげに自分を見つめてくる後水尾天皇の厭らしい視線と、暫し見合ってから返事をする。


「ふっ、長っい沈黙やったなぁ……」

「…………何をお望みでしょうか」

「そうやなぁ……、三つ」


 後水尾天皇の指が三本立てられる。


「三つ……?」

「そう、三つ。うち・・の言うことを聞いてもらおか。ほんなら此度の一件は不問にしたろ。うち等も武家と争うつもりはまだ・・あらへん」

「っ、み、三つも……?(まだ・・って……いつかやるつもりなんかいっ!)」

「欲張り過ぎか?」

「あ、いえ……そんなことは……。私で出来ることでしたら……」


 一体何をさせる気なの……?
 と、家光は訝しげに眉間に皺を寄せた。


「ふふふ(ほんまに可愛ぇ子やなぁ……受け答えが家康はんによう似とる)」

「……天子様、もう一匹鼠が来たようです。どうされますか?」


 うっとりと家光を見つめる後水尾天皇に、久脩がこっそり耳打ちをする。


「……ああ、そうかぁ。さすがに二匹も鼠は要らんなぁ。庇い切れんで?」


 後水尾天皇は顎に手を当てて、天井を見上げた。
 するとカタッと、天井から小さな物音が聞こえる。


「っ、月花! 下りて来るなっ!!」


 咄嗟に風鳥は顔を上げて天井に向かって大声を張り上げた。


「え」


 家光が天井を見上げると一部分だけ天井板が外れており、そこから着物の一部が一瞬ひらり、ちらついたのだった。


『ひゃっ!?(な、何なん!?)』


 風鳥の声に揺れる着物が隠れ、月花の声が僅かに聞き取れる。
 しばらく四人は部屋で天井を見上げ窺っていたが、月花は留まったのか下りて来る様子は無かった。


「……可愛い鼠さんには暫くそこでお待ちいただきましょう」

「あ、えと……、そう、させます……」

「っ、月花。聞こえたか? そこで大人しくしていてくれ!」


 久脩の提案に家光が頷き、風鳥が天井に向かって告げると「はぁぃ」と小さな声が聞こえたのだった。
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